「気象庁はとんでもない」学者激怒 桜島“火山弾”めぐる混乱

「気象庁はとんでもない」学者激怒 桜島“火山弾”めぐる混乱
「今回の気象庁のコメントはとんでもないと思います」。

記者に届いた深夜のメールは、これまでにない怒りがにじむものだった。差出人は火山研究の第一人者で噴火予知連絡会の元会長、東京大学の藤井敏嗣名誉教授。怒りをあらわにしたのは、桜島で大きな噴石=火山弾が集落近くに落下したことが判明したあとの気象庁の対応についてだ。何が温厚な火山学者を怒らせたのか。問題を探る中で見えてきたのは火山防災をめぐる科学の限界だった。
(鹿児島放送局記者 山本健人 津村浩司/社会部記者 老久保勇太)

集落の近くに出現した“クレーター”

爆発的な噴火を繰り返す鹿児島市の「桜島」。
私(山本)の目に飛び込んできたのは直径6メートル・深さ2メートルの大穴だった。
このクレーターが見つかったのは海岸沿いに点在する集落からわずか100メートルほどの林の中。火口から放出された推定50センチ~1メートルの火山弾が深く地面をえぐった穴を見て「もし住宅を直撃していたら…」と身震いを抑えられずにいた。
爆発が起きたのは6月4日午前2時59分。高感度カメラの映像では、赤く熱せられた多数の噴石が山の斜面に次々と落下。
鹿児島地方気象台は映像などをもとに「大きな噴石が飛んだ距離は火口から2キロ以内」と発表。噴火警戒レベルは住民の避難を必要としない「3」が維持された。この時はまだ、事態が一転するとは誰も思っていなかった。

<4時間後>
爆発から4時間後の朝7時。桜島はいつもと変わらない朝を迎えた。島内の建設会社の社長、松元勝起さんは、従業員3人とともに資材置き場に集合していた。
そのとき、屋根にあいた穴に目がとまった。大きさは20センチほどで鉄骨の骨組みの一部もへこんでいる。
「いたずらにしてはおかしい」。

松元さんの脳裏には、噴石が飛んできたのか?という考えもよぎったが、ここは南岳の火口から南南西に約3キロ。噴石が飛んできたことはなく、半信半疑のままその日を過ごした。

<翌日>
翌5日昼。屋根の穴が気になっていた松元さんが周辺を調べたところ、資材置き場にほど近い林の中に、ぽっかりとあいた大きな穴を見つけた。あたりには石が転がり、かすかに焦げたようなにおいもする。「噴石か」と疑ったが、人為的に掘られたものかもしれないと自信が持てずにいた。

命に関わる火山弾 34年ぶりの事態

<4日後>
事態が動いたのは爆発から4日後の6月8日。島内の別の地域でも直径5センチほどの噴石(火山れき)が飛んでいたことを知った松元さんの疑いは確信へと変化。鹿児島市に写真を送信すると、すぐに市や気象台の職員と専門家が現地にやってきた。
クレーターは桜島から飛んできた噴石によるものと断定。推定で50センチ~1メートルの火山弾は衝撃でバラバラになっていた。直撃していれば命に関わる。
気象台は大きな噴石の飛んだ距離は火口から3キロを超えていたと訂正。この距離まで火山弾が飛んだのは34年前の1986年11月以来の事態だ。

活発な噴火活動を続ける火山島に暮らす高齢者の中には「いつものこと」と話す人もいた。一方で「雷みたいな音がして揺れ、普通の爆発ではないと思った」と答えた男性や「夫と『命の確保をしなければ』と話した」と証言した女性など、強い危機感を抱いた人もいた。

気象庁の「噴火警戒レベル」が導入されて10年あまり。桜島では初めて、住民の避難が必要な「レベル5」にあたる事態だったが、実際には5に引き上げられることはなかった。

気象庁「見逃しではない」

同じ頃、東京・大手町の気象庁。
社会部の担当記者(老久保)は3キロを超えて噴石が見つかったという情報を聞きつけ、詳しい情報を得ようと取材にあたっていた。
しかし幹部たちは協議を繰り返し、正式な発表は午後9時半までずれ込んだ。地元の鹿児島放送局では夜のニュースで事態の概要をすでに放送していた。

「レベル5の見逃しにあたる事態ではないのか」。

見解を求めた記者は、火山課幹部の回答に耳を疑った。
気象庁火山課幹部
「レベル5に引き上げる判定基準の『大きな噴石が火口から2.5キロ以上に飛散』とは複数の噴石が飛ぶことを指している。今回は噴石が1つなので、レベル5に上げる対象ではない」「レベル5の見逃しではない」
しかし、公開されている判定基準のどこにも「複数」という言葉はない。気象庁は“見逃し”を認めたくないがために、みずからの基準をねじ曲げて解釈しているのではないか。そもそも、桜島では火口から2.5キロ付近に集落があり、たとえ1つでも火山弾が到達すれば人的被害のおそれがある。幹部に食い下がるも回答は変わらなかった。

専門家から批判 気象庁OBも

“飛散とは複数の噴石のこと”という気象庁の見解に対し、火山学者からは批判的な意見が相次いだ。

冒頭に引用した藤井名誉教授の「気象庁のコメントはとんでもない」というメールが、まさにそれだ。
メールではさらに「直後に現地調査をして3キロを超えているからいったんレベル5に上げるか、警戒範囲を3キロに広げるべきだった。自らの調査・観測能力の不足を素直に謝罪すべきだと思います」と手厳しい。

また約40年にわたり、桜島のふもとで観測を続けている京都大学火山活動研究センターの井口正人教授はこう指摘する。
井口教授
「複数でなければ該当しないというのはおかしい。一つでも人は死んでしまう。南西側は監視カメラでも見にくいので、把握が遅れたのではないか。監視態勢は可能なかぎり強化する必要がある」
さらに、疑問の声は身内である気象庁地震火山部OBからも。
気象庁OB
「飛散=複数というのは聞いたことがない。なぜおかしな説明をしたのか。勘違いなのかよく分からない」

「説明が悪かった」気象庁 説明を修正

研究者などから相次いだ批判。気象庁は爆発的な噴火から8日後の6月12日になって「噴石が1つでも飛散とみなし、今回の噴火で、噴火直後に噴石を確認できていればレベル5に引き上げていた」とそれまでの説明を修正。かつて地震火山部長も務めた関田康雄長官は、記者会見で次のように述べた。
関田長官
「住民を避難させないといけないかを一生懸命議論していて、それ以外の部分がおろそかになっていたので説明が悪かった。噴石が1つだからレベルを上げないということはない」
地元自治体などと合意したはずの基準を気象庁の裁量で運用しているのではないかという指摘に対しては次のように述べた。
「そう受け取られたことは事実だが、我々の解釈で勝手にルールを変えることはない。我々の説明が十分ではなく誤解を招いてしまった。反省している」
関田長官の弁は、すっきりと納得できるものとは言えない。火山噴火に限らず、気象庁が発表する情報は自治体が住民に避難などを呼びかける根拠となる極めて重要なものだ。

なぜ本来の運用と異なる“不十分”な説明が行われたのか。国民の命を預かる防災官庁として徹底的に検証してもらいたい。

噴火警戒レベルの限界

今回の噴火は、突然活発化する火山噴火との向き合い方の難しさも私たちに突きつけている。「警戒範囲を超えて火山弾が飛ぶ」ことの前兆は観測されていなかったのだ。

噴火警戒レベルが導入された2007年以降に起きた大きな噴火でみると、広範囲に火山灰が降った2011年の新燃岳、死者・行方不明者が63人にのぼった2014年の御嶽山、住民が船で島外へ避難した2015年の口永良部島、スキー場で訓練中だった自衛隊員が噴石に当たって亡くなった2018年の草津白根山。いずれも噴火のあとに警戒レベルが引き上げられている。
また、御嶽山の噴火災害を教訓に導入された「噴火速報」は噴火が起きたことを知らせるものだから、噴石が飛んでくる範囲にいる人に対しては必ずしも間に合わないのが実情だ。藤井名誉教授はこう指摘する。
東京大学 藤井名誉教授
「噴火警戒レベルは予知情報ではなく、防災情報なのです。大きな噴石の飛ぶ距離を噴火前にあらかじめ推定することはできない。現実に起きたことに対してレベルを引き上げるしかないのです」

“住民ハ理論ニ信頼セズ”石碑が語るもの

活動の変化を捉えるのが難しい火山。私たちの1つの向き合い方を教えてくれる石碑が桜島にある。
「科学不信の碑」とも呼ばれる石碑だ。100年余り前の1914年1月に発生した「大正噴火」では地震など噴火の前兆とみられる現象が相次いだが、石碑には「測候所(気象台の前身)は噴火の可能性を否定。村長は残る住民に避難は必要ないと述べた」という経緯が記されている。

当時、その言葉を信じた人は島にとどまり、大噴火で急いで冬の海を泳いで逃げようとして命を落とした。村長の願いで残された石碑の碑文にはこう記されている。

「住民ハ理論ニ信頼セズ 異変ヲ認知スル時ハ 未然ニ避難ノ用意 尤モ肝要トシ…」。
理論を過信せず、異変に気付いた時には事前に避難することが大事だというメッセージだ。世界でも指折りの観測態勢が整備されている桜島でも、火山弾が集落のすぐそばに落下した。噴火警戒レベルという仕組みの隙を突くように。「科学不信の碑」に刻まれた言葉は、100年余り前のものとは思えない説得力で私たちに問いかけている。