「半分しか理解できない」新型コロナ 手話通訳が広がる中で…

「半分しか理解できない」新型コロナ 手話通訳が広がる中で…
新型コロナウイルスの感染状況や対策を伝える都道府県の知事会見。感染の拡大を受けて聴覚に障害がある人にリアルタイムで情報を届けるために、手話通訳の導入が全国で広がりました。
しかし、取材を進めると「会見の内容で理解できるのは半分程度しかない」という声も聞かれました。さらに「クラスター」など専門用語の表現方法が通訳によってばらばらだという課題も出ています。各都道府県で改善の取り組みが進められていますが、大切なことは「必要な情報が住民一人一人にきちんと届くこと」だと改めて気付かされました。(盛岡放送局記者 二宮舞子)

“情報交換の場が閉鎖された”

岩手県聴覚障害者協会で副会長をつとめる高橋幸子さん(70)です。
高橋さんは聴覚に障害があり東日本大震災などの際にも行政の情報を入手しにくいと感じていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大でその思いを強くしました。
ウイルスは目に見えないだけに情報が得られれば安心にもつながり自分自身で感染を防ぐ対策も徹底できます。高橋さんは聴覚障害者にも情報をリアルタイムで伝えてほしいと訴え、岩手県では4月23日の知事会見から手話通訳士が導入されました。要望した理由を聞くと切実な思いを話してくれました。
高橋さん
「新型コロナウイルスの影響で情報交換の場が閉鎖されて不安だという聴覚障害者の声を聞いていました。それで県民みんなに平等に情報を提供してほしいと思い県に要望しました」

コロナの影響で手話サークルも中止に

高橋さんが語った「情報交換の場が閉鎖される」とはどういうことなのか。高橋さんによると聴覚障害者のなかには口話を中心に学ぶため、日本語の読み書きが苦手な人も少なくないといいます。
そうした人たちは文字情報だけでなく、手話での情報伝達を必要としていて通常、手話サークルなどで健常者と交流する中で行政の情報を得ています。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて交流の場が中止されるなど、聴覚障害者にとって大切な情報交換をする場が閉ざされてしまったというのです。

岩手県などによりますと手話サークルは5月から徐々に再開されていますが、依然として情報交換の場を設けづらくなっているということです。

新型コロナウイルスで手話通訳拡大

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて手話通訳の導入はどうなっているのか、全国47の都道府県に取材しました。以前から知事会見で手話通訳を導入していたのは、北海道や鳥取県など合わせて11の道と県。
その後、重要な情報が伝えられる機会が増えたこともあり、聴覚障害者の団体などから要望が相次ぎました。

それを受けて導入が一気に進みます。4月1日には16都道県。
全国に緊急事態宣言が拡大された4月16日には31都道府県。
その後、5月1日には44都道府県にまで拡大し、5月22日に岡山県に導入されるとすべての都道府県で配置されるようになりました。

フェースシールドも原因

要望を受けてようやく始まった手話通訳ですが、高橋さんからは満足できるものではないという反応が。
高橋さん
「非常にありがたいとは思います。ただ、正直内容で理解できるのは4割から5割しかなく残念です。私たちが納得できるのは8割以上なので、低い伝達量だと思います」
理解できない理由の一つは画質が悪いことです。
県のホームページで中継を行っていますが、現状ではアナログの回線を通さなければなりません。画質が粗く、白くぼやけています。手話は手や顔の細かい動きで単語の意味が変わるため、これでは理解しにくいといいます。

また、通訳士がつけるフェースシールドにも、理解を妨げる原因がありました。
光が反射してしまい、意味を伝えるのに重要な口の動きや表情が見えにくくなっています。

こうした声を受け、岩手県では改善に向け取り組みを始めました。

岩手県も改善に力を入れる

会見の中継については回線の関係ですぐに画質の向上はできませんでしたが、会見後、なるべく早く画質がいいものをホームページにアップロードすることにしました。

また、フェースシールドは口元だけカバーする小さなものに変更し、反射を抑えました。

次々と出てくる専門用語

機材だけでは解決できない新型コロナウイルスの会見ゆえの難しさもあります。「クラスター」や「オーバーシュート」など次々と出てくる専門用語です。
緊急事態宣言が全国に広げられたあとに行われた岩手県の会見では、2人の通訳士が手話通訳を行いました。

同じ「緊急事態宣言」という用語ですが、その訳し方に違いがありました。1人目の通訳士は「緊急」という単語を、親指と人さし指を使って素早く動かす手話で表現しました。
一方、もう1人の通訳士は救急車などのサイレンの動きの手話で伝えました。
同じ「緊急」の意味を持つ表現ですが、サイレンの動きのほうがより命に関わるというニュアンスがあります。高橋さんは別々の手話で表現されると、混乱が生じると話しています。
高橋さん
「緊急を2種類で表現されてしまうと、聴覚障害者が緊急事態宣言という言葉を理解するのが難しくなります」

表現の統一に向けて検討

手話表現が別々になってしまったのはなぜか。

実は手話では、新しい用語が出てきた場合、全国で表現を統一させるには時間がかかります。「クラスター」や「緊急事態宣言」、それに「不要不急」など、新型コロナウイルスに関する用語をどう表現するのか各地域ごとに検討が行われてきました。
今月13日と14日に日本手話研究所が開いた全国の会議では、各地域から出された案から統一した表現方法を考えました。

その結果決まった手話表現です。通訳者によって表現が分かれた「緊急事態宣言」については、すでにある手話を用いて表現することになり、「すぐに・緊急」を表す手話に、「事態」や「宣言」の手話を組み合わせたものに決まりました。
また、感染者が集団発生したことを表す「クラスター」については、「感染」という手話に、「小さい・かたまり」という意味の表現を組み合わせて表すことになりました。
「ロックダウン」については、全国の9地域からいろいろな案が出されたということですが、最終的には「門を閉じて鍵をかける」という関東の地域から出された案が採用されました。
通常であれば候補の手話表現について、パブリックコメントの募集などが行われて最終的に確定しますが、今回の新型コロナウイルスに関する時事用語は緊急性を要するとして、会議をもって表現方法が確定しました。今後、全国で標準となる表現が動画で公表される予定です。
統一表現が決まらない中での手話通訳の際には、会見前に通訳士どうしで表現をすりあわせることが大切です。

岩手県では、通訳士が十分な準備をできるよう、会見における記者との質疑応答で想定される内容を事前に渡すようにしました。
県の担当者
「相当なスキルを持った手話通訳士さんでも予備知識がないとなかなか訳すことが難しいだろうなと思いまして、なるべくこういう形の質問がでるんじゃないかなということは事前に手話通訳の方とお話ししながら通訳に臨むようにはしております」

全国各地で改善を模索

改善に向けての模索は岩手県以外でも全国各地で続けられています。

京都府などでは、画面上、はっきり見えるよう大きな枠の中に手話通訳を配置しました。
大阪府や奈良県などでは、発言する知事がマスクを外しました。知事の口元を見ることでより理解が深まるという聴覚障害者の意見を受けたものです。
また、静岡県では、会見の映像に字幕をつけてほしいという要望を受け、ホームページに載せる会見映像に字幕をつけるようになりました。中途失聴の方などにとっては、手話に加えて字幕がつくことで、理解を補完できるといいます。

手話通訳の現状

各地で改善が進められる一方で根本的な課題も浮き彫りになっています。それは担い手不足です。

岩手県で国の手話通訳士の資格を持つ人は18人しかいません。最も少ない佐賀県では9人、島根県では14人などと、地方では手話通訳士の人数が少ないのです。また、多くの人が他の仕事と掛け持ちをしながら、通訳を行っています。
新型コロナウイルスを契機に急速に広まった会見での手話通訳ですが、長期的な視点で、通訳士を養成していくなど行政がサポートを続けていくことが重要だと思います。
盛岡放送局 記者
二宮舞子
平成29年入局 愛媛県出身 警察取材を担当後、去年8月から県政を担当