“司法と行政” 2つの顔のはざまで~検証・黒川前検事長問題~

“司法と行政” 2つの顔のはざまで~検証・黒川前検事長問題~
今の国会での成立が見送られた検察庁法改正案。世論の強い反発を招いた一連の事態の発端は「官邸に近い」とみられていた東京高等検察庁の黒川前検事長の前代未聞の定年延長でした。私たちは検察トップの座をめぐる人事の舞台裏を徹底取材。見えてきたのは「司法」と「行政」、2つの顔のはざまで揺れる法務検察当局の姿でした。
(社会部司法クラブ 森龍太郎 橋本佳名美 守屋裕樹 宮崎良太 高橋歩唯)

黒川氏は検事総長候補ではなかった?

政府が「必要不可欠な存在だ」として法解釈を変更してまで定年を延長した東京高等検察庁の黒川弘務前検事長。しかし先月、賭けマージャンをめぐる問題で辞職したあと、元検察幹部の1人は黒川氏についてこう語りました。

「彼は極めて優秀で破格な人材だった。組織にも絶大な貢献をしてきた。しかし首脳陣は彼を検事総長候補とはしていなかった」。

また、現職幹部の1人は「黒川氏に頼りすぎたことを組織は反省すべきだ」と述べました。

こうした言葉は何を意味しているのか。私たちは黒川氏を知る関係者を徹底取材。一連の事態の真相を探りました。

黒川弘務前検事長とは

一連の騒動の中心となった黒川氏はどんな存在だったのか。

黒川氏は東京大学法学部を卒業後、昭和58年に検事に任官。後任の東京高検検事長となった林眞琴氏など優秀な人材が多く、「花の35期」と呼ばれる任官同期の中でも黒川氏と林氏は早くからその実力を高く評価されてきました。
2人は東京地検特捜部でも活躍し、黒川氏は平成9年に配属されたあと、4大証券による利益供与事件などの捜査を担当しました。

黒川氏の当時の上司の元特捜部長で今回の検察庁法改正案について再考を求める意見書を提出した熊崎勝彦氏。
2人は捜査の実務能力にたけた逸材だったと振り返ります。
熊崎氏
「黒川君は非常に柔軟で視野が広い。誰にでも合わせて快く付き合えるタイプ。林君も頭が良く、筋を曲げない独特の魅力があった」
黒川氏はその後、法務省に異動し、刑事局の総務課長や秘書課長などの要職を歴任。一方、林氏も矯正局の総務課長や人事課長などを歴任しました。

検察取材を担当する司法記者の多くが「2人のうちのどちらかが将来、検事総長になるだろう」と見ていました。

2つの顔を持つ「法務検察」

「法務検察」と呼ばれ一体の組織としても扱われる法務省と検察庁。最難関の司法試験を突破した検事は主にこの2つの組織で仕事をしますが、その役割や仕事の性質は大きく異なります。

検察庁は法務省に属する「準司法機関」と位置づけられ、警察の捜査を指揮し、「公益の代表者」として被告を起訴する権限を原則、独占しています。汚職事件などの独自捜査で政治家を逮捕することもあり、政治からの「独立性」や「中立性」が求められます。捜査情報を扱うため保秘の徹底も求められ、検事たちは、政治家や記者とは距離を取るよう育成されます。

一方の法務省。
▽刑事関係の法律を所管し、検察庁に関する事務を担当する「刑事局」や▽刑務所などの運営を担当する「矯正局」▽国会との連絡・調整を担う「大臣官房」などで構成される行政機関です。

トップは政治家である法務大臣。一般の国家公務員も勤務していますが、事務次官を筆頭に、刑事局や大臣官房などの主要ポストの多くは検事が占めています。しかし、法務省ではほかの中央省庁と同じように法案や予算を通すため国会議員に頭を下げて根回しすることも業務の1つ。政策の意義を伝えるために記者にレクチャーする機会も多く求められる仕事の質は現場の検事と全く異なります。
「司法」と「行政」、異なる顔を持つ2つの組織をまたいで検事の人事異動が繰り返されているのです。

法務検察関係者の間では特捜部など検察庁での勤務が長い検事は「現場派」、法務省勤務が長い検事は明治時代に作られた法務省の旧本館=「赤れんが棟」にちなんで「赤れんが派」と呼ばれてきました。
法務検察は首脳クラスの幹部の序列も独特です。一般の中央省庁では官僚トップのポストは事務次官。

しかし、法務検察の序列では▽検事総長を筆頭に、▽東京高検検事長、▽大阪高検検事長などが続き法務省の事務次官は全体の5位か6位とされています。ただし、事務次官の経験者は東京高検検事長などを経てその多くが検事総長に就任してきました。

法務官僚として頭角

黒川氏は東京地検特捜部での活躍後、平成10年以降はキャリアのほとんどを法務省で過ごした「赤れんが派」の代表格でした。平成22年に大阪地検特捜部の証拠改ざん事件が発覚した際には、松山地方検察庁のトップの検事正に異動したわずか2か月後に「特命担当」として本省に呼び戻され、検察改革を議論する有識者会議で事務局を務めました。
会議には検察のあり方に厳しい意見を持つ弁護士やジャーナリストも参加し、特捜部の廃止まで議論されました。意見の調整は難航しましたがこの会議で取りまとめられた提言は、▼取り調べの録音・録画の義務化や▼司法取引を含めた新たな捜査手法の導入など刑事司法制度の見直しにつながりました。

この会議の座長を務め、その直前まで民主党政権の法務大臣だった千葉景子氏。会議の成功に黒川氏が果たした役割は大きいと考えています。
千葉氏
「法務官僚として非常に有能だが、官僚然とした態度を取らない。厳しい意見を言うメンバーとも人間関係を築き、提言の取りまとめに向けた調整も矢面に立ってやってくれた」

霞が関で高まる存在感

黒川氏は、この会議のあと、平成23年から7年あまりにわたって、国会対策や官邸との折衝を担う官房長と事務次官を務めました。

当時、法務省は検察不祥事の逆風の中で、▽刑事司法制度改革の関連法や▽「共謀罪」の構成要件を改めて「テロ等準備罪」を新設する法案など、さまざまな立法が求められ、複数の幹部は「黒川氏の手腕が欠かせなかった」と証言します。

さらに黒川氏の功績の1つとされているのが「訟務局」の設置です。「訟務局」は国が当事者となる訴訟で国の代理人を務める検事や裁判官が所属する部署で、平成13年の省庁再編で大臣官房の一部門になっていましたが、黒川氏が官房長だった平成27年に再び「局」に格上げされました。格上げにあたっては国が被告となる訴訟のリスクを未然に防ぐ「予防司法」という考え方が新たに導入され、法務省には政策の立案段階から各省庁からの相談が寄せられるようになりました。アメリカ軍普天間基地の移設問題など国の重要政策に関する多くの情報が法務省に集まるようになり、官邸とのパイプ役も務めた黒川氏は政権のブレーンとして霞が関の中で存在感を高めていったといいます。

法務省の現職官僚の1人は黒川氏には枠にとらわれないスケールの大きさがあったと述べました。
現職の法務省官僚
「黒川さんは発想が柔軟で、役所の縦割りやむだを省いて新しい体制や仕組みを整えることを繰り返してきた。法務省が持つ知見を組織の枠を超えて霞が関全体に提供し、必要な施策を実現させるためには官邸とのパイプも使っていた。刑事司法だけでなくもっと幅広く社会全体を見ていた」

“政治と近い”への懸念

法務検察の枠にとどまらず活躍の場を広げていく黒川氏。検察取材を担当する私たちも官邸と太いパイプがあり次々に成果を上げる黒川氏の存在感が法務検察の内部で増していくのを感じていました。

しかし、関係者によりますと当時の首脳陣は、組織への貢献を高く評価しながら、黒川氏を総長候補とはしていなかったというのです。

このころ、月刊誌や週刊誌などで「官邸の代理人」「官邸の守護神」などと黒川氏を批判的に取り上げる記事が増えていました。当時の状況を知る関係者によりますと黒川氏が総長候補とされなかった理由は「政治に近い」とみられていたまさにこの点。「検察の公正らしさに悪影響を及ぼしかねない」と懸念されていたというのです。

黒川氏の上司だった元検察幹部は「彼を長年、政治との調整役として『便利使い』していたことについて申し訳ないという気持ちがある」と打ち明けました。

法務検察と官邸すれ違う人事構想

黒川氏の能力を高く評価しながらも検事総長候補とはしていなかった法務検察。しかし4年前の平成28年夏、黒川氏の人事をめぐり、水面下で首脳陣の間に、衝撃が走る出来事があったといいます。

関係者によりますと法務検察当局は当時、▽刑事局長だった林氏を、将来の検事総長にするため登竜門となる事務次官に、▽官房長だった黒川氏を地方の検事長に転出させる人事案を作成し、官邸に承認を求めました。

検察官の人事は▽一般の検事の任命権は法務大臣が▽検事総長や検事長などの任命権は内閣が持っていますが、実際には検察側が作成し、総長の了承を得た人事案を大臣や内閣が追認することが長年、「慣例」として行われてきました。

しかし、関係者によると官邸など政府側が難色を示し、その年の9月の人事異動では黒川氏が事務次官に昇格、林氏は刑事局長にとどまる結果になったというのです。官邸側の意向で検察側の当初の人事案が覆るのは異例のことでその後、林氏が事務次官のポストに就くことはありませんでした。
すれ違う検察と官邸の意向。私たち司法記者もこのころから2人の人事の行方に高い関心を寄せるようになります。

黒川氏は去年1月、事務次官から東京高検検事長に就任。検事総長に就任するリミットは定年の63歳になる前日のことし2月7日でしたが、通常は発令の3週間ほど前には内示される新たな人事の情報は1月下旬になっても伝わってきませんでした。

人事をめぐって何が起きているのか。やはり黒川氏ではなく林氏が次期総長なのか…気をもみ始めたさなかの1月31日、私たちが予想もしていなかった異例の定年延長が閣議決定され、黒川氏の検事総長への道が開かれたのです。

“政治に近い”が打撃に

戦後の検察史をひもとくと、検事総長と政治家との関係の近さが組織に打撃を与えた出来事もありました。

その1つが昭和43年の「会食事件」です。東京地検特捜部が「日通事件」と呼ばれる政界の汚職捜査を手がける最中、当時の井本台吉検事総長が、のちにこの事件で在宅起訴される池田正之輔衆議院議員、それに自民党の福田赳夫幹事長(当時)とともに都内の料亭で会食していたことが報じられたのです。
会見した井本総長は「会食は総長の就任祝いのお返しで事件の話はしていない」と述べましたが、「検察の中立性が疑われる」として国会でも追及される事態に発展しました。

東京地検特捜部はその後、ロッキード事件まで8年間、政治家を逮捕していません。この問題をきっかけにした井本総長と「現場派」の対立が人事にも波及し、特捜部が長い眠りにつくきっかけになったとも指摘されています。

元法務大臣が語る政治と検察の距離

黒川氏をよく知る元法務大臣の千葉景子氏。政治と検察がとるべき距離感の難しさを次のように語ります。
千葉氏
「民主党政権でも法務大臣だった私に対して『検察に圧力をかけてほしい』、『牽制してほしい』とプレッシャーを感じたことがあった。政治家は検察が何を調べ、どこまで証拠を持っているかわからないから検察をコントロールしたがる面はあると思う。その意味で政治と検察は非常に微妙な関係で成り立っている」

黒川氏の真意はどこに

黒川氏をよく知る複数の法務検察幹部やOBは取材に対していずれも異口同音に「もともと黒川氏は自分が総長になるつもりはなかったと思う」と証言します。

幹部の1人は、「黒川さんは人事や出世より施策の実現に興味があり、国会対策や議員への根回しも楽しんでやっていた。しかし断ることができた定年延長に同意したのは事実で、最後は総長になる意思があったのではないか。どうして気持ちが変わったのかはわからない」と述べました。

法解釈を変更した前代未聞の定年延長に批判が相次いでいた当時、NHKは黒川氏に話を聞きました。
「官邸に近い」という批判を浴びても検事総長に就任する意向があったのか。しかし取材に対し、黒川氏がその真意を語ることはありませんでした。

混乱の原因はどこに

黒川氏の人事をめぐる混乱の原因はどこにあるのか。

昭和36年に検事に任官し、法務省の人事課長や官房長も務めた堀田力さんは戦後、検察では政治が人事に影響を及ぼすことを防ぐため、検事総長の候補を早くから絞り込む慣例が作られたと指摘します。
堀田さん
「昭和40年代ごろまでは、検察内部にも政治の力を借りて出世しようという幹部がいた。政治の干渉を許すと事件の捜査にも影響が出るので政治に横やりを入れられないために検察内部で数代先まで人事を固める仕組みが出来た」
そのうえで、稲田伸夫検事総長と黒川氏本人の責任は大きいと指摘します。
堀田さん
「稲田氏は定年延長について報告を受けた段階で『それはありえない』と判断すべきで、止められたのは総長のほかにない。検察のあり方に大きな影響を与える動きに対して黙認は許されず責任は決定的に重い。黒川氏も官邸から定年延長の話が出た時にはっきり断るべきだった」

現場は何を思ったか…

現職の法務検察の幹部は一連の事態をどう受け止めているのか。多くの現職幹部が指摘したのが1人の人材に頼りすぎた組織の問題です。
現職検察幹部
「スーパースターである黒川氏に頼りすぎたことを組織は反省すべきだ。官房長を5年以上も務めさせたのは良くない。同じポジションが長くなるとどうしても上は頼り、下はそんたくするようになるので健全ではない」
現職法務省幹部
「法務検察の堅い人たちが柔軟な黒川氏に国会や官邸への対応の多くを長年にわたって全部任せていた。それぞれの年代で責任をもって人材を育てるべきだった」
一方、司法と行政の2つの顔を持つ特殊な組織の中でどのように職責を果たしていくか現場の検事たちは今も悩み続けています。
現職法務省官僚
「もともとは正義のために検事に任官し、政治との距離を保つよう教育されるが法務省に来たらそれでは仕事にならないこともある。法務省で求められる政治との距離感は何が正解か答えはない。定年延長を受け入れた黒川さんはもしかするとこちらより半歩か一歩、政治に近くなってしまったのかもしれない」
中堅幹部
「なぜこんな事態が起きたのか、何が悪かったのか、毎日考えている」「同じような事態に陥らないようにするために自分たちの世代が真剣に考えないといけない」

何を教訓にすべきか

ロッキード事件の捜査と公判に参加し法務省と検察庁の現場の双方で政治と対峙した経験がある堀田さん。
「検察の使命」を理解する幹部を育成し、登用していくことが極めて重要だと指摘します。
堀田さん
「検察には、『事件の真相を解明してほしい』という国民の支持が何より重要で、検事たちが国民の期待に応えることを絶対の任務として自覚し、仕事ができるよう支えるのが法務省の役目だ。そのことを感覚として理解する幹部を登用していくべきだ」

傷ついた信頼の回復へ

今回の一連の問題をめぐって国民の検察への信頼は大きく傷つきました。黒川氏の後任の検事長に就任した林氏は「検察官は政治との一定の距離を保って職務を遂行すべきだ思う。距離感が近くなると、国民から何か関係や癒着があるのではないかと、公平らしさが疑われる可能性がある。国民の信頼なくして、検察権の行使はできない」と述べています。どのようにして失った信頼を取り戻していくのか。私たちは引き続き取材を続けていきます。
社会部司法クラブキャップ
森龍太郎
社会部司法クラブ記者
橋本佳名美
社会部司法クラブ記者
守屋裕樹
社会部司法クラブ記者
宮崎良太
社会部司法クラブ記者
高橋歩唯