日本酒とランドセル コロナの時代の老舗企業は

日本酒とランドセル コロナの時代の老舗企業は
シリーズ「コロナに負けるな!中小企業」。今回は、創業100年を超える2つの老舗企業を紹介します。新型コロナウイルスの影響で伝統的な産業を取り巻く環境が大きく変わるなか、新しい時代のビジネスはどうあるべきか。悩みながらも前を向いて進もうとする経営者に話を聞きました。(松江放送局記者 三井 蕉子・神戸放送局記者 大畠 舜)

変化を迫られる酒造業界

世界遺産の石見銀山遺跡がある島根県大田市。そこに120年以上続く老舗の酒造会社があります。従業員は8人。4代目の浅野浩司代表(58)は地元で栽培された酒米や山麓から湧き出る水にこだわり、昔ながらの方法で酒づくりにあたっています。主力の商品はフルーティーですっきりした口当たりの日本酒ですが、スパークリングの日本酒やバラを使ったリキュールなど新商品の開発にも力を入れています。4年前からは中国にも輸出しています。
しかし、新型コロナウイルスの影響で日本酒の販売環境が一変。取引先の販売店や飲食店の休業に加えて輸出がストップしたことで4月の売り上げは例年の半分程度に落ち込みました。5月はやや改善したということですが、元に戻るまでにはかなりの時間がかかるとみています。浅野さんは、コロナの時代の酒造業界は、変化を迫られていると考えています。
浅野代表
「コロナが収束しても、飲食業界のスタイルが変わってきます。すぐに元に戻るというのは難しいのではないでしょうか。これから商売を維持していくためには私たちも変わらなければなりません」

前を向いて挑戦を

感染拡大に伴い、浅野さんがまず取り組んだのが、医療現場で役立ててもらうために消毒用アルコールの代替品を生産することです。醸造用アルコールに水を加え、代替品として使用可能な高濃度エタノールを5月になって4000本生産し、このうちの200本を大田市に寄贈しました。いまはネットなどで一般向けにも販売しています。

また、日本酒に関連したイベントの中止が相次ぐなか、7月には、島根県や地元の酒造会社などとともに、オンラインの試飲会を開くことを計画しています。日本酒とつまみのセットをあらかじめ消費者に送っておき、当日は、オンラインで消費者の感想を聞くというもの。浅野さんは、新たな消費者とつながりをもちたいと期待しています。
浅野代表
「画像で商品を紹介するのとは違って、オンラインの試飲会という形をとることで私たちメーカーとしても味について会話をすることができます。こうした取り組みの流れで商品の購入につなげるということもできると思っています」

「言霊」の力で前向きに

浅野さんの会社は、2018年4月に起きた島根県西部を震源とする地震でも大きなダメージを受けました。大田市では震度5強を観測。3つの大型コンテナに保管していた一升瓶などが崩れ落ち、合わせて数千本が割れたほか、建物の外壁や屋根の一部が崩れました。当初はどうしていいかわからなかったという浅野さん。そのころ手に取った企業経営者の本に、みずからポジティブなことばを発することで状況を改善することができるという一節があり、これを読んで前向きな気持ちになったといいます。
浅野代表
「『言霊』の力というものがあります。『ありがとう』ということばのように、自分で前向きなことばを出して課題に向かっていくというのがいちばんよいと思いました。それからは、気持ちを切り替えて、挑戦することを忘れずにやってきました」
2年前の地震被害を乗り越えた経験を踏まえ、前を向くしかないという浅野さん。コロナの時代を乗り切るためのキーワードも「挑戦」だといいます。
浅野代表
「コロナや地震で、どん底に突き落とされた気持ちになるんですよね。そういうときって、どうしようかと考えるんですが、そこで新たなビジネスの糸口が見つかることもあります。新しい販売方法に取り組む上で、サイトの強化は避けて通れないでしょう。SNSで商品についての情報を一気に発信してくれるインフルエンサーやイベントなどをPRするアンバサダーの協力が得られるような仕掛けも考えていきます。伝統は大切で引き継いでいくものです。ただ、昔のこだわりだけでやっていけるという時代ではないでしょうから、新しいものは当然取り入れていく、新たなことに挑戦していきます」

ランドセル業界にも打撃

兵庫県西部のたつの市に本社を置く創業101年のランドセルメーカーもコロナの時代の販売の在り方を模索しています。泉貴章社長(45)にとって、感染拡大がこの業界にもたらした影響は、これまで経験したことがないものでした。この会社では、4月中旬から5月の大型連休明けにかけて直営の10店舗すべてが営業停止となり、商品を卸しているデパートも軒並み休業。ランドセル商戦がスタートする大型連休中に店舗で商品が販売できない状況となったのです。
泉社長
「ちょうど私が入社したときは10年前でリーマンショックのあとの厳しいなかでしたが、コロナはそれ以上にインパクトがあるなと感じています。直営店にきていただいてわれわれのランドセルコンシェルジュと会話をしながら商品を選んでいただくというのが本来の姿ですが、感染拡大によってそれが難しくなり、こうした状況でお客さまにどのようなサービスが提供できるのか社内で議論しました。コロナの時代には、世の中の動きに対してフレキシブルにスピーディーに対応していくことが重要だと考えています」
その結果、5月20日から始めたのがランドセルの貸し出しサービスです。専用ページからモデルや色を選んで申し込むと、自宅にランドセルが届き、試着できる仕組みです。こうした新しいサービスを加えたことで、ネットでの販売は、大きく伸びているといいます。
一方、緊急事態宣言の解除に伴って営業を再開した直営店では、いわゆる三密を避けるため、完全予約制で対応しています。

ものづくりの魅力とは

泉社長は、大学院で遺伝子工学を研究したあと大手飲料メーカーに就職し、商品開発や工場の生産管理などを担当しました。この間、国内の大学のビジネススクールにも通って経営学を学んだそうです。こうした中、先代の父親からあとを継いでほしいと言われ、悩んだ結果、ランドセルメーカーの経営に携わることになりました。
社長に就任したのは2011年2月。その翌月、東日本大震災が起き、会社にはランドセルが流されてしまったという相談や修理の依頼が相次ぎました。泉社長は被災地に1万個のランドセルをおくることを決め、その際、従業員がひとつひとつのランドセルに「新しいランドセルで思い出を作ってください」といった手書きのメッセージを添えたそうです。泉社長は、ランドセルを使う子どもや保護者などとのつながりを通じて、ランドセル作りの魅力を感じているといいます。
泉社長
「飲料は機械で大量に作るもので、当然その中でも品質の作り込みもありますが、ランドセルの製造はいわば『愛情のものづくり』。子どものために両親や祖父母が愛情をもって選ぶ製品だということを認識してものづくりに取り組んでいます。ランドセルを買っていただいたり、修理に出していただいたりしたお客様から、感謝の手紙やメールをいただきました。それを一つ一つ見ながら本当に世の中の役に立っているやりがいがある仕事だと感じています」

コロナの時代のランドセルは

この会社が2003年に発売した製品は、ランドセルの高機能化の先駆けとなりました。ランドセルの肩ベルトの付け根に羽の形をした樹脂を入れることで、かばんをより背中に密着させ、体感重量が軽くなるように改良したのです。この製品がヒットしたことで、会社は急成長。その後も子どもの体にかかる負荷をできるだけ軽くするための研究開発に取り組んでいます。泉社長は、コロナの時代のランドセルビジネスはどう変わるのか考え続けています。そこでは時代の変化への対応力がますます問われることになると指摘します。
泉社長
「コロナの時代にランドセルがどう変わるのか、経営者として当然考えなければならないと感じています。オンラインでの授業が広がってくると、ランドセルに入れるものも変わると予測しています。具体的にどうなるのかは学校の授業がどう変わるのかを見ないとわかりませんが、ランドセルに求められるものは何なのかを考え、すぐに対応できるようにしたいと考えています。情報を察知するアンテナを張って何か起きればスピーディーに対応していく。それによってランドセルの価値をさらに高めていきたいと思っています」
時代に合わせてビジネスも変える。こうした経営者の覚悟と挑戦が伝統ある産業を守り、発展させるための原動力となっています。
松江放送局記者
三井 蕉子
令和2年入局
神戸放送局記者
大畠 舜
令和2年入局