“感染症と闘う” 新千円札の顔

“感染症と闘う” 新千円札の顔
人類は、これまで、さまざまな感染症の脅威と闘ってきました。今回は感染症の歴史で知っておきたい人物に関する問題に挑戦してみましょう。

問題に挑戦

問題
「ペスト菌の発見で知られ、2024年度から1000円札に描かれる予定の人物の名前を答えなさい」
新しい紙幣のデザインについては、去年4月のニュースで話題になりましたよね。すぐに分かった人も、あれ、誰だったっけ?という人も、ヒントを出していきますので、一緒に考えましょう!

新千円札の顔 感染症と闘った人生

その人物は、幕末の1853年、熊本県小国町に生まれました。
東京大学医学部の前身となる「東京医学校」を卒業。
その後、ドイツに留学して本格的に細菌学を学びます。
そこで、当時不可能とされていた「破傷風菌」の純粋培養に成功。
さらに、治療法も確立しました。
1894年、香港でまん延していたペストの原因調査のために現地に行き、ペスト菌を発見したのです。
そして去年、「近代医学の父」とも呼ばれる功績の大きさが評価され、新しい千円札の肖像画になることが発表されました。
この人物の名前を冠した大学もありますよね。
ということで、正解は「北里柴三郎」でした。

“感染症と闘う” 北里の果たした役割

北里柴三郎は、明治時代、近代国家を目指す日本で特に感染症の治療や予防で大きな役割を果たしました。その功績は、今の時代にも生きています。北里柴三郎記念室の医学博士・森孝之さんにお話を伺いました。
森さん
「そもそも感染症、伝染病というのは、病原菌、つまり目に見えない病原体というものがいて、それが人から人へ伝ぱするんだというところまで、当時はみんな考えが及ばなかったんです。原因はウイルスだとか細菌だとか、伝染性を持った物質だということが、北里たちの細菌学をもって初めて分かったんです」

近代化と予防医学

北里柴三郎が生きた、明治時代。日本が近代化の道を駆け上がろうとしていたそのころ、世界では、長年人類を苦しめてきた感染症の正体がようやく分かり始めていました。
ドイツでは、コッホが結核菌やコレラ菌を発見し、細菌が感染症の原因となることを科学的に証明。北里はそのもとで、最先端の医学をどん欲に吸収したのです。その後、破傷風の治療法の開発など、数々の実績を積み上げました。研究活動の原点には、「ある思い」があったと言います。
森さん
「医学というのは、病を未然に防ぐことが大事なんだと。病が起こらないように医術だとか薬剤の研究を進めて予防に努めることが最善の方法であると北里は考えていました。それまで主流になっていたのは“治療医学”です。外科的な手術で治しましょうとか、内科的な処置をして痛みを軽減しましょうとか。“予防医学”と“治療医学”が車の両輪だと北里は表現していますが、この両者が協力していかなければ日本の医学の発展はないんだということまで言っているわけです」
北里は、一般の人たちに公衆衛生の大切さも訴えています。
これは当時、北里が監修して作った結核予防の啓発の冊子です。せきや話をするときに出る「飛まつ」には病原体がたくさん含まれていると説明したり、食事の前には手を洗うようにと呼びかけたりしています。

感染症との闘いにかける思い

一生をかけて感染症と闘い、私たちに多くのものを残した、北里柴三郎。講演会で、みずからの研究の目的について、こう語ったといいます。
森さん
「『病気を予防して、無病息災延命にして国家の幸福を増進するをもって目的とする』と、自分たちの学問の神髄を述べています。当時、北里が日本の全地域の関係者に伝染病の恐ろしさ、あるいは市民に対して衛生思想を植え付けたために、行政と市民が一体となって伝染病の恐怖を感じながら封じ込めに動いたんです。新しいお札から当時の先生たち偉人の活躍を思い出すきっかけになればいいのかなと思います」
日本の「近代医学の父」とされる北里柴三郎。森さんは、新型コロナ対策の最前線に立つ医療従事者一人一人に北里の志が受け継がれていて、感染拡大をなんとか食い止めようと闘っていると話していました。
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