横田滋さん死去 妻の早紀江さんら会見「全身全霊 頑張った」

横田滋さん死去 妻の早紀江さんら会見「全身全霊 頑張った」
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北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父親で、被害者の救出活動の先頭に立ってきた横田滋さんが今月5日に亡くなり、9日、妻の早紀江さんら家族が都内で記者会見を行いました。早紀江さんは「夫は全身全霊で打ち込み頑張ったと思っています。何年たってもめぐみを必ず取り戻すため頑張っていきたい」と話しました。
横田滋さんは、昭和52年、中学1年生の時に新潟市の学校から帰る途中、北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父親で、娘の救出のために半生をささげてきました。

「拉致被害者の救出運動のシンボル」として、妻の早紀江さん(84)とともに活動の先頭に立ってきましたが、体調を崩して、おととし4月から川崎市内の病院に入院し、今月5日、老衰のため87歳で亡くなりました。
早紀江さんと、双子の息子で兄の拓也さん(51)と弟の哲也さんの3人は、9日午後、都内で記者会見を行いました。

早紀江さんは「長い闘病生活でしたが、いつも穏やかでいつも笑顔でした。なかなか解決には向かわず難しい問題だとつくづく思わされていますが、思い残すことがないほど全身全霊で打ち込み、二人三脚で頑張ったと思っています。本当に安らかに静かな顔で見送ることができました。これまでの支援に感謝しています」と話しました。

また、滋さんと最後に交わしたことばについて、「耳の近くまで顔を寄せて『お父さん、気持ちよく眠ってください。私が行くときまで、忘れないで待っていてね』と声をかけると、片目を少し開けて涙を流したような気がしました。それから眠るように亡くなっていきました」と話しました。
また、拓也さんは「父は姉を目の中に入れても痛くないほどかわいがっていたので、どれほど会いたかっただろうと思うと悔しくてしかたがない」と話しました

そして、「国際社会がもっと北朝鮮に強い制裁を科してこの問題が解決することを強く期待している。私たちを支援してくださった安倍総理も無念だと思う。総理とともにこの問題解決に取り組みたい」と話しました。
哲也さんは「拉致問題が解決しないまま父が他界したことに私たちは憤りと無念を感じています。父が果たせなかった遺志を受け継いで、墓前で『帰ってきたよ』と報告することが使命だと思っています」と話しました。

そして、今後の活動について早紀江さんは「最後に主人と話をしたときに『これからも絶対に頑張るから、大丈夫だから』と言いました。何の罪もない女の子がこんな目にあっていることが放置されないよう、何年たってもめぐみを必ず取り戻すため、子どもたちの力を借りながら頑張っていきたい」と話しました。

横田滋さん 入院後の日々

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの父親の横田滋さんは、体調を崩し、おととし4月から川崎市内の病院に入院していました。

ことし84歳になった妻の早紀江さんは、体力の衰えを感じながらも毎日必ず病院を訪れ、面会を重ねてきました。

自分の足で立つことが難しくなった滋さんは、車いすに乗って早紀江さんと病院の敷地内を散歩したり、リハビリを行ったりして体力の維持に努めてきました。

早紀江さんは滋さんの手足の関節が硬くならないよう毎日マッサージをしてあげていたということです。

早紀江さんが病室に置かれためぐみさんの写真を見ながら、「あと少しで会えるかもしれないからがんばろうね」と声をかけると滋さんは「うん」とこたえ、励まし合っていました。

最近は、新型コロナウイルスの感染防止のため直接会うことができなくなりましたが、タブレット端末を使ってテレビ電話で顔を合わせていたということです。

拉致被害者家族 今後の活動は

北朝鮮による拉致被害者の家族たちは高齢化が一段と進み、解決が時間との闘いとなる中、「肉親と生きて再会できなければ解決とは言えない」として、日本政府に被害者全員の帰国に向けた具体的な取り組みを求めるとともに、北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)委員長に対し、被害者を返す決断を呼びかけていくことにしています。

拉致問題は、最初の事件からことしで43年となり、政府が認定している拉致被害者のうち安否が分かっていない12人の親で、子どもとの再会を果たせずに亡くなった人は、平成14年の(2002年)日朝首脳会談以降だけでも、横田滋さんで8人になります。

ことし2月には、有本恵子さんの母親の嘉代子さんも亡くなり、今も健在な親は、横田めぐみさんの母親の早紀江さんと、有本恵子さんの父親の明弘さん(91)の2人となりました。

家族会では、数年前から滋さんの長男の拓也さんらが中心となって、救出活動を行っていますが、早紀江さんとともに、「拉致被害者の救出運動のシンボル」として先頭に立ってきた滋さんが亡くなったことで、被害者家族は「生きているうちに再会を果たしたい」という思いをこれまで以上に強くしています。

拉致被害者の家族会は長年、北朝鮮への圧力を高めることで拉致問題の解決を求めてきましたが、北朝鮮のキム・ジョンウン委員長が、アメリカや韓国との対話に乗り出す中で、去年、キム委員長に初めて直接メッセージを発信し、すべての被害者の早期帰国が実現すれば、日朝国交正常化を妨げないことなどを伝え決断を促しました。

米朝間の交渉は行き詰まり、拉致問題の先行きは見えない状況が続いていますが、家族たちは政府に対し、主体的に戦略を練って被害者の帰国を実現させる糸口をさぐり、肉親との再会が果たせないという悲劇をこれ以上繰り返さないよう強く求めています。

有本恵子さんの父親は

拉致被害者、有本恵子さんの父親の明弘さん(91)は、横田早紀江さんらの記者会見を神戸市内の自宅で見守り、「横田夫妻はこれまでたくさんの講演活動を行い、家族会のために尽くしてくれた。早紀江さんにはこれからはゆっくりしてほしいと伝えたい」と述べました。

明弘さんはことし2月、妻の嘉代子さんを亡くしています。

政府が認定している拉致被害者のうち、安否が分かっていない12人の親で今も健在なのは明弘さんと早紀江さんの2人となり、拉致問題の解決は時間との闘いになっています。

松本京子さんの兄「ゆっくり休んでほしい」

横田早紀江さんらの記者会見を自宅のテレビで見守った鳥取県米子市の拉致被害者、松本京子さんの兄、孟さんがNHKの取材に応じました。

このなかで、孟さんは「横田滋さんには長年、救出活動の先頭に立って頑張ってもらったので、今はゆっくり休んでいてほしい。早紀江さんも体調がすぐれない中での会見だったと思うが、持てる力をすべて出して会見に臨まれていたと思う。早紀江さんの『必ず取り戻す』ということばを肝に銘じて、ほかの拉致被害者家族とともに力を合わせて一日でも早く家族が帰ることができるよう頑張りたい」と話していました。

小泉元首相「残念だ」

横田滋さんが亡くなったことについて、小泉元総理大臣は、9日夜、東京都内で記者団に対し、「残念だ」と述べました。