都心で急増 “見えないオーナー”不動産 その正体は?

都心で急増 “見えないオーナー”不動産 その正体は?
「カラスの死骸が落ちていたこともありました。家主とは連絡がつかずどうしようもなく困っています」
こう話すのは東京 目黒区の高級住宅地の住民。このエリアにある“豪邸”が長期間、空き家状態となり周辺住民たちが頭を悩ませていました。全国で深刻化する空き家問題かと思いきやくわしく調べてみると、少し事情が違いました。そこには海外の法人、“見えないオーナー”の存在が……。
(社会部 記者 藤本智充/渡辺謙/齋藤恵二郎)

高級住宅地の“空き家”所有者は

目黒区の高級住宅地にある空き家状態の家を訪ねてみるとー。
玄関付近にはライオンのオブジェが飾られ、建物はガラス張りの3階建て。さらに庭まであって、まさに“豪邸”です。
ところが外からよく見ると、敷地内は雑草が生い茂り、ごみも散らばっていて「荒れ放題」の状態でした。
近所の人たちに聞いてみると、以前は、会社経営者の男性が住んでいたということですが、数年前から空き家状態になったといいます。
困った住民たちが所有者を調べたところ、所有者は個人ではなく、いわゆる「タックスヘイブン(租税回避地)」にある法人。
住民たちが連絡をとろうと思ってもとれないというのです。
実際、記者が登記簿をとって調べてみると、確かに、その家の所有者はタックスヘイブンとして知られるイギリス領バージン諸島にある法人でした。
そしてその法人の住所は私書箱。つまり、オフィスを持たない「ペーパーカンパニー」でした。その後、敷地内の雑草が刈り取られた様子もありましたが、空き家状態は変わらず、オーナーが誰なのかは今も分かっていないということです。

「タックスヘイブン」法人の所有実態は?

記者はこれまでも北海道 ニセコエリアなどで海外の富裕層やタックスヘイブンの法人が所有する不動産の実態などを取材してきました。
タックスヘイブンは、税率を大幅に低くして企業や富裕層の資金を呼び込んでいる国や地域のこと。そこではペーパーカンパニーと呼ばれる、匿名性の高い法人が数多く設立されています。
海外の富裕層の中には、不動産取引などでこれらを利用する人たちも少なくなく、十分な課税ができないなど世界的な問題にもなっています。
東京でいったいどのくらい、こうした法人が不動産を取得しているのか、調べてみることにしました。ただ、タックスヘイブンと呼ばれる国や地域は数多くあるため、今回は代表的なところの一つ、イギリス領バージン諸島の法人に絞ることにしました。

地図にプロットしてみると…

実際に不動産の登記簿をとってみるとー。
都内では、少なくとも437か所もの土地や建物を所有していることがわかりました(去年10月現在)。
それらを地区別で見てみると、港区が175、渋谷区が81、千代田区が28と、やはり都心の不動産が多く買われていました。
それだけでなく、足立区や立川市、八王子市など幅広いエリアに及んでいたのです。
そして、これらの物件を地図上に落としてみるとー。
港区では赤坂、青山、麻布の「3A」と呼ばれる人気エリア、渋谷区では表参道や神宮前の物件が多くなっています。
よく見ると、ほとんどが青色で示した駅の近く「駅チカ」に立地していることがわかります。つまり、地価の上昇や安定性が見込める場所をしっかりと選んで投資している様子が見てとれるのです。

東日本大震災後に急増

次は、これらの不動産が取得された時期で見てみました。
最初の物件は平成5年に取得された千代田区内のマンションの1室。
その後は、年に数件から10数件のペースで伸び、リーマンショックや東日本大震災の影響で地価が下落したあとの平成25年以降になると、急増。
取得エリアも都心から郊外へと広がっていました。
さらに驚いたのは、その物件の種類です。
詳しく分析してみると、マンションの部屋や住宅が224件、土地が133件、店舗が49件などとなっていました。
最高価格が15億円ともいわれるタワーマンションの最上階の部屋やビジネスホテル、カフェなどが入ったビル、それにコンビニや商店街の店舗など多岐にわたっていました。
これらの法人の住所を調べてみると、ほとんどが私書箱、つまりペーパーカンパニーです。こうした法人が、なぜ、海外の富裕層に人気の高級マンションだけでなく、ビルや店舗などの不動産を次々と取得しているのか?疑問は深まるばかりです。
手がかりを探るため、実際にこれらの物件を訪ねてみることにしました。

なぜ「タックスヘイブン」法人がビルを取得?

最初に訪ねたのは大田区のスーパーマーケットが入ったビルです。このビルの一部を所有しているのもイギリス領バージン諸島の法人で、住所が私書箱のペーパーカンパニーでした。
この法人は、ほかのビルや店舗なども含め都内に少なくとも合わせて45もの不動産を所有していました。スーパーマーケットに取材したところ「賃料を毎月指定の口座に振り込んでいるだけで、法人のオーナーとは会ったこともない。ペーパーカンパニーであることも知らなかった」とのこと。
そこで、ビルを管理する不動産会社を訪ねてみると、担当者が取材に応じてくれました。
この担当者は、法人のオーナーは台湾にいて、窓口役の人物とたびたび中国語でやり取りしていることを明かしました。法人が所有するほかの物件の管理も任されているといいます。
こうした法人が、なぜ、高級マンションではなく、スーパーマーケットや店舗などの不動産を取得するのか?これについて担当者は次のように話していました。
ビルを管理する不動産会社 担当者
「東京の不動産のメリットは、海外のほかの都市と比べて価格が安いことだ。しかも、税制改正などでタワーマンションへの投資にうまみがなくなる中、テナントから安定した賃料が入る物件はアジアの富裕層にとって非常に魅力的に映っている。都内ではそうした物件が売りに出ることはほとんどないが、彼らはこの店舗のように駅が近く、集客力がある物件をめざとく見つけてくる。マーケットをよく分析していると思う」
さらに、日本の不動産会社や銀行が、国内よりも海外の富裕層に物件を紹介する傾向が強まっているとも話していました。
ビルを管理する不動産会社 担当者
「アジアをはじめとする海外では、日本人とは比べ物にならない富裕層がどんどん増えていて、日本のいい物件を虎視たんたんとねらっている。私たちが日本の投資家に勧めて渋るような物件でも即決してくれるので、おのずとねらいは海外の富裕層にシフトする。彼らはまだまだ買いますよ」
実際、日本の不動産会社の仲介で、バージン諸島の法人に都内の土地を売却した人もいました。
元所有者の女性は、土地の買い手がつかなかったため、ある不動産会社に相談したところ法人を紹介されたといいます。法人のオーナーが姿を見せることはなかったものの、不動産会社の仲介で交渉はとんとん拍子で進み、結局、3億円以上で売れたということです。
元所有者の女性はこう話しています。
元所有者の女性
「あれだけ売れなかった土地を高値ですぐに買ってくれたのでほっとしました。外国人と聞いていますが、私にとっては本当にありがたいです」
海外からの不動産投資を呼び込むことは、たしかに経済効果を生むという点で大きなメリットがあります。
しかし、匿名性が高く、課税逃れにもつながりかねないペーパーカンパニーを使って不動産を取得する手法に、本当に問題はないのでしょうか。
先ほどのペーパーカンパニーが所有するビルを管理する会社の担当者に疑問をぶつけてみると。
ビルを管理する不動産会社 担当者
「ペーパーカンパニーとは知らなかった。オーナーとも直接話したことがないので、詳しいことは分からない」
オーナー側への取材を申し込みましたが拒否され、担当者がそれ以上口を開くことはありませんでした。

“見えないオーナー”開示する仕組み作りを

東京で次々と不動産を取得しているタックスヘイブンの法人。
国際税務に詳しい、元東京国税局統括国税調査官の中山正幸税理士は、そのリスクについて指摘しています。
税理士 中山正幸さん
「今回の調査結果は、タックスヘイブンの法人がマーケットにかなり浸透していることを示すもので、東京でこれほど不動産を取得していたのは驚きです。今回は対象をイギリス領バージン諸島の法人に絞っているため、実際にはさらに多くの法人が都内の不動産を所有していると考えられます。海外の富裕層などがこうした法人を使う理由は、一般的に投資していることを知られたくないということ。匿名性が高く、税務署が不動産の売買などの取引の事実をつかんだとしても課税することは極めて難しいのが実情です。大きな問題であり、放置してはならない」
そのうえで、中山さんは次のように指摘します。
税理士 中山正幸さん
「タックスヘイブンの法人が日本の不動産を取得する場合は審査を行い、真のオーナーを開示させる仕組み作りが必要です。法人を使う富裕層の中には日本人が含まれている可能性もあり、このままでは歯止めがきかなくなってしまう」

新型コロナウイルスによる影響は

私たちが取材を始めたのは去年10月。その後、新型コロナウイルスの影響で世界の経済情勢は大きく変わりました。
今回明らかになったタックスヘイブンの法人による不動産投資にも影響が出るのか、最後に関係者に取材しました。
タックスヘイブンの法人を使う顧客も多いという外資系不動産会社の担当者は次のように話しています。
外資系不動産会社 担当者
「大型連休前から再び上海や香港、台湾の富裕層からの問い合わせが相次ぐようになりました。5億円から10億円の高級物件を求める富裕層が多いほか、『安く売り出している物件があったら教えてほしい』という問い合わせも来ています。彼らは経済情勢が悪化し、都心の不動産価格が下がる時こそ『買い』だということを知っているのです。新型コロナウイルスの影響は限定的で、台湾の富裕層が日本の不動産を買いに走った東日本大震災の後と同じような現象が起きるのではないでしょうか」
新型コロナウイルスが終息したあと、日本の不動産をめぐる情勢はどう変わるのか。
そして、タックスヘイブンの法人を使った不透明な取引は再び増えるのかー。
これからも取材を続け、課題を探っていきたいと思います。
社会部 記者
藤本智充
社会部 記者
渡辺謙
社会部 記者
齋藤恵二郎