“香港が香港でなくなる” 「国家安全法制」の衝撃

“香港が香港でなくなる” 「国家安全法制」の衝撃
中国の全人代=全国人民代表大会で導入が決定された香港の「国家安全法制」。中国の一部でありながら、高度な自治を保障し中国とは異なる制度を認めてきた「一国二制度」の崩壊とも指摘されている。香港の市民の間では「香港が香港でなくなってしまう」というかつてない危機感が高まっている。
(香港支局長 若槻真知)

再び街に出てきた人々

「香港を守れ!」「悪法を許すな!」

5月24日午後。中国が香港に「国家安全法制」を導入する方針を明らかにした直後の日曜日だった。香港島の繁華街では、市民の怒りがわきあがっていた。

どれだけの人が集まるだろうかと、その場所に立つまで半信半疑だった。

香港では、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため9人以上で集まることが禁止され、集まるだけで罪に問われるからだ。

しかし、地下鉄駅を出て驚いた。通りには身動きがとれなくなるほど、人が集まり、「『一国二制度』がなくなってしまう」などと悲鳴のような声を上げていた。

中国が決めた「国家安全法制」とは

中国が全人代で導入を決めた香港の「国家安全法制」。

「国家の分裂」「政権の転覆」「テロ活動」「外国勢力の干渉」を挙げて、取り締まるとした。

さらに、必要に応じて中国の治安部門が香港に出先機関を設けて活動を行うとしている。

香港で去年6月から続く抗議活動を抑え込むことを目的としているのは明らかだ。

「一国二制度」崩壊の危機感

「一国二制度」の崩壊との危機感が高まる理由は、中国が主導し、香港の人たちの手の届かないところで決まる、という点だ。

本来、高度な自治が認められている香港では、中国本土の法律は適用されない。

しかし、今回は例外扱いだ。香港の憲法にあたる基本法には、中国本土の法律は基本法の「付属文書」として追加することで、例外的に適用できるという規定があり、これにしたがって手続きを進めるという。

どんな行為が罪となるのか、どれくらいの刑罰を科すのか、具体的な条文を決めるのも、中国だ。香港にとっては自分たちに適用される法律であるにも関わらず、中国からそのまま押しつけられる、ということになる。

デモができなくなる? SNSも監視対象に?

「取り締まりの対象となるのは、ごく一部だけ。多くの市民には、何も影響はない」

香港政府トップの林鄭月娥行政長官は何度もそう強調する。しかし、そのことばを信じる市民はどれだけいるだろう。多くの人が言論の自由が損なわれ、集会やデモが制限されることになると感じているのだ。
例えば、1989年に北京で民主化を求める学生らの運動が武力で鎮圧された「天安門事件」の犠牲者を悼む追悼集会。中国本土では許されていないが、香港では毎年、行われてきた。しかし、「国家安全法制」によって、来年以降、禁止されるのではないかと危惧されている。

さらに、SNS上での書き込みなどが監視され取り締まりの対象となるのではないか、という不安も広がっている。
市民団体の幹部・鄒幸トウさん
「天安門事件の追悼を行う私たちのような団体は、もう活動ができなくなるでしょう。さらに怖いのは、新しい法律が社会に恐怖感を植え付け、人々を沈黙させてしまうことです」

香港警察 締めつけ強める

こうした中、香港の警察は、抗議活動に対する締めつけをいっそう強めている。「国家安全法制」の導入を先取りするかのようだ。

今、抗議活動の現場では商店の破壊行為など、かつてのような過激な行為はほとんど見られない。それでも抗議活動が呼びかけられるたびに、違法な集会に参加したとして一度に数百人が逮捕される状況が相次ぐ。

警察はデモの動きを早めに抑え込む方針を打ち出し、街のあちこちで武装した警察官を見かけることも多くなった。抗議活動の現場で、一時拘束された立法会議員のコウ俊宇さんは、警察がこれまでにないほど過度に武力を行使していると指摘する。
コウ俊宇さん
「警察の権力が乱用され、警察社会になってしまったら、香港のイメージを損なう大きな打撃です。私たちを怖がらせようとしているのならば、それは間違いだ」

「香港独立」の主張 隠さない若者も

強硬な一手にも負けまいと抵抗を続ける人は多い。

蕭浩然さん(26)は、中国政府に批判的な議員の事務所で働きながら、毎週欠かさず街に出て抗議活動に参加している。
蕭浩然さん
「もう1年。こんなにも長く抗議活動を続けることになるとは思いませんでした。でも、声を上げるのを止めたら弾圧が強まってしまう。だから闘いをやめるわけにはいかない。逮捕され刑務所に送られる覚悟もできています」
蕭さんも参加する抗議活動では、参加者たちの主張に変化が出ている。スローガンには「香港独立」というフレーズが目立つようになった。多くの人たちが、これまでためらいがちに語ってきた独立の主張を、もはや隠さなくなっているのだ。

無力感を感じる人たちも

一方であきらめを感じ始めている人も出てきている。

広告制作会社を運営する易卓邦さん(26)。去年11月、警察と若者たちとの激しい衝突のあった香港理工大学の付近で「暴動に関わった」として起訴され、今は裁判を受ける身だ。

「暴動罪」は最高刑が禁錮10年。保釈されたものの、週1回、警察署に居場所の報告に行かなければならず、仕事で海外に行くこともできない。裁判に影響が出ることも考慮し、当面、抗議活動に参加するのはやめることにした。
易卓邦さん
「抗議活動に参加したこと自体には後悔はないけれど、私の人生はレールを外れました。でも、もっと怖いのは、国家安全法制で香港の将来がどうなってしまうのかです。香港は行き止まりまで追い詰められました」

民主派団体 望みをかける国際社会の支援

圧倒的な力で抑え込まれる抗議の声。市民が取り得る選択肢は多くない。

将来への不安から、香港を出ていこうという動きも出始めていて、台湾やヨーロッパなどへの移住手続きを代行する業者には問い合わせが殺到している。

抵抗を続ける人たちが、望みをかけるのが国際社会の支援だ。これまでもアメリカに対して、中国への圧力を強めるよう求めてきた民主派の団体は、連日記者会見を開き、支援を呼びかけている。
民主活動家・黄之鋒さん
「香港は国際的な都市であり、中国は国際社会の反発と反対を無視できないはずです。アメリカなどが制裁を実施すれば、香港にとっても影響は避けられませんが、その責任は中国の指導部が負うべきなのです」

激化する米中の対立 香港のこれからは

5月29日、アメリカのトランプ大統領は「中国は『一国二制度』を『一国一制度』に変えた」と述べて、これまで香港に認めてきた貿易などの優遇措置の停止に向けた手続きを始めると発表した。中国と香港の当局者に制裁を科す方針も示し、対決姿勢を鮮明にした。

これに対し、中国は内政干渉だと猛反発し、対抗措置も辞さない考えを表明。米中の対立は激しさを増している。

「国家安全法制」は、この夏には、どのように運用されるかが決まる見通しだ。

いずれにしても香港の人たちが去年6月以降、抗議活動を通じて守ろうとしてきた香港の自由が狭められていくことになるだろう。

その行方は今後、中国、アメリカを取り巻く国際社会にも大きな影響を与えていくことになることは間違いない。
香港支局長
若槻真知
国際部、ソウル支局、
富山放送局を経て
2018年から香港支局