木村花さんの死が問いかけるもの

木村花さんの死が問いかけるもの
先月、1人の女性が亡くなりました。シェアハウスでの共同生活を記録する番組「テラスハウス」に出演していた、女子プロレスラーの木村花さん。警察は番組内での言動に対してSNSでひぼう中傷が相次いだことを苦にして、自殺したとみています。人格さえも否定することばの分析から、見えてきたものとは。
(ネットワーク報道部 SNS取材班)

彼女に何が起きたのか

木村花さんは2016年にプロレスデビュー。スター選手として活動しながら、シェアハウスでの共同生活を記録する人気番組「テラスハウス」にも出演していました。
ひとつ屋根の下で暮らす若者たちの恋愛を軸にさまざまな人間模様を描く「リアリティーショー」と言われる番組で、フジテレビが制作・放送し、インターネット動画配信サイトのネットフリックスでも配信されていました。
問題となったのは、ネットで「コスチューム事件」と呼ばれた、3月31日に配信された回です。
花さんがプロレスで使っていた衣装を男性出演者が誤って乾燥機にかけたシーン。番組では花さんが男性を強い口調で叱責する様子などが取り上げられました。

これ以降、SNS上で花さんを批判・攻撃する動きが相次いで起こったのです。

リプライ約2200件 詳細分析

私たちはツイッターのデータを解析出来るシステムを使って、花さんの投稿へのコメント「リプライ」を詳しく見てみました。

確認できたのは「コスチューム事件」が配信された3月31日から、亡くなる前日の5月22日までのおよそ2200件。半数以上は今回の件とは無関係のものや、花さんを応援・擁護するような内容などでした。

一方で「不愉快」や「お前が悪い」などの批判的な内容のほか、「(番組から)出ていけ」とか「消えろ」などといった、攻撃的なツイートが4割近くに上っていました。

一連のリプライの中には「死ね」といったことばまでありました。
関係者によりますと、書き込みの一部は花さんのスマートフォンに保存されていたということです。

否定的な投稿 配信や放送直後に集中

時系列で分析してみると、番組の配信や放送などのたびに批判的な投稿が繰り返されていたことも分かりました。
グラフの縦軸は日ごとのリプライ数、赤い部分が批判的な投稿です。

最も投稿が多かったのは3月31日とその翌日。
花さんの番組内での言動に対する批判や攻撃的な内容が書き込まれました。

4月上旬にトラブルとなった男性出演者の卒業が発表されると、「やめるのはお前だ」など、花さんへの批判的な投稿が投げつけられました。

そして5月中旬。ユーチューブ上で「テラスハウス」の未公開シーンの配信が始まり、花さんが所属する女子プロレス団体がライブ配信や関連グッズ発売を発表した時期には、番組内での言動だけでなく、人格や容姿などをけなすものも多く見られるようになっていました。

花さんのことは 考えなかった

私たちは、花さんのツイッターにリプライを送った複数の人物に話を聞きました。
「コスチューム事件は100%花さんが悪いと思っていました。その感想と、思ったことをそのままツイートしました」
こう話す男性は、画面の向こうで繰り広げられる人間模様に感情移入しやすく、身近な存在と感じていたといいます。

男性は、番組で感情をあらわにした花さんの様子に「泣いてて笑える」などと投稿していました。

投稿を読んだ花さんが傷つくことは考えなかったのか、質問しました。
「よぎりませんでした。考えていなかったです」
「早く出ていけ」と書き込んだ別の投稿者は、番組での花さんの言動が人を侮辱しているように感じたといいます。
「彼女の言動で不愉快な気持ちになったので、傷つく傷つかないは関係なく、とりあえず自分の思いを言いたかったです。(出演者の男性の)仕事に対して、フラフラしてて何も考えないで過ごしてて…と、頑張っている人を侮辱するような言動。どういう気持ちなのか知りたかったので、送りました」
「消えてほしい。かわいくもない」などと書き込んだ別の男性は。
「リアリティー番組というフィクションの、登場人物への批判という意識でした。発言が非常に不快だったので、それに反応しただけです。ほかのテレビ番組でも出演者のアカウントに意見を書き込むことがあります。タレントとして活動する人の個人アカウントへ意見を発信することに問題があるとは考えなかったです」

ほとんどが1回の投稿 “ツイ消し”も

番組を見た感情そのままに書き込まれた、ひぼう中傷のことば。
解析システムでこうしたリプライをしたアカウントを調べてみたところ、3分の2では1回だけの投稿でしたが、中には同じアカウントから数十回繰り返されていたものもありました。

また、花さんを批判・攻撃していたリプライの多くが現在は見られなくなっていて、アカウントごと消えてしまっているものも少なくありません。

「正義感」から攻撃 新型コロナウイルスの影響も

ネット炎上の問題に詳しい、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授は、ネットの特性に加えて、花さんが人気番組の出演者だったことも多くの投稿につながったのではないかと指摘しています。
山口真一准教授
「ネット上でひぼう中傷する人の多くは、自分の価値観で持っている『正義感』から『いいことをしている』と思い、他人を攻撃しています。テラスハウスは人気番組だったこともあって、極端で攻撃的な意見が集まりやすい素地があったほか、相手の顔が直接見えないため、出演者の男性に感情移入したユーザーの中には放送を見た時の一時的な感情にまかせて攻撃してしまった人も多かった」
「さらに今回の事態を加速させたのが、新型コロナウイルスではないでしょうか。外出自粛が続いてSNSを利用する時間が増え、仕事や日常生活がままならないストレスが、木村花さんへの攻撃に向かったとも考えられます」

突然のひぼう中傷 知人さえも

ネット上でひぼう中傷を受けた人はどんな気持ちになってしまうのか。

首都圏に住む会社員の女性は、勤務先へのいたずら電話がきっかけで、匿名掲示板で自分をひぼう中傷する大量の書き込みがあることに気付きました。
掲示板には実名だけでなく勤め先や家族の詳細に加え、「ブス」や「気持ち悪い」「泥棒だ」などと書かれていました。
「気付いたら2年ほど前から書き込まれていて、ショックでなにも手につかなくなりました。本当に許せなかったのは、まだ幼い子どものことも悪く書かれていたことで、子どもの将来のために立ち向かうと決めました」
女性は弁護士に相談し、特に悪質だった10件の書き込みについて対応を依頼しました。
複数のアカウントを利用するなどして合わせて4人が書き込んでいたことが判明し、そのなかに過去にプライベートで交流のあった人物がいたことも分かりました。
この人物からは文章で謝罪の連絡があり、女性が日常の生活について投稿したブログを見て一方的に妬みの感情を募らせていたと弁明したということです。

ほかの書き込みをした人物とも示談や和解をしていますが、誰一人として、直接会って謝罪することはなかったといいます。
「弁護士に相談するにも貯金を切り崩さざるを得ず、どうなるかとても不安でしたが、泣き寝入りをしないでよかったと感じています。家族にも分かってしまうし、示談金なども支払わなければいけなくなることを加害者がはじめから分かっていれば、書き込まなかったのではないかと感じています。誰でも被害者にも加害者にもなりうることを知ってほしい」

投稿者の特定に壁 “泣き寝入り”する被害者も

こうした対応をとる人がいる一方、現状では投稿した人を特定しようとしても時間や費用がかかるため、泣き寝入りする人も多いとの指摘もあります。
ひぼう中傷の問題に詳しい佐藤大和弁護士によると、ネット上の書き込みなどでひぼう中傷を受けた場合、「プロバイダ責任制限法」に基づいて投稿した人の情報を明らかにするよう請求できます。

具体的には裁判所を通じてSNSの運営会社にIPアドレスの開示を請求し、その後アドレスに基づいてネットの接続業者に書き込んだ人の名前や住所などの情報開示を求める必要があります。

被害を受けた人が損害賠償を求めるにはその前提として投稿した人を特定する必要があり、一連の手続きにかかる労力の大きさが課題となっているのです。
佐藤弁護士
「損害賠償請求の手続きには通常1年ほどかかるほか、費用も数十万円と、賠償金を得られたとしてもかけた費用に見合わないケースが多くあります。1つの手続きで多数の投稿者の情報を開示することはできません。ひぼう中傷した投稿者を特定しやすくするほか、加害者が多数いる場合にどう被害者を守るか、法制度を改善していく必要があります」

ひぼう中傷 業界の取り組みは

ネット上のひぼう中傷をめぐっては、事業者も対応に動き出しています。

ツイッター社では、脅迫や嫌がらせなどを禁止するルールが設けられ、違反行為に対しては表示を制限したり、ツイートの削除を求めたりするほか、著しいルール違反にはアカウントの永久凍結などの強制的な対応が取られることもあります。
また、被害を受けた人がツイッター社に削除を求めることもできます。

「誰かを傷つけるおそれがないか 考えて」

IT大手のヤフーは、ニュースサイトで読者のコメントを受け付けています。
現在、専門の監視チームのほか、AI=人工知能の技術を使ってルールに違反した投稿の検知や削除をしていて、1日に寄せられる29万件ほどの投稿のうち、2万件ほどをAIで削除しているということです。
さらに悪質な投稿の削除などをめぐる法律や実務上の問題を有識者と議論する検討会を今月中に立ち上げるとしています。

ヤフーでは「投稿してもよいコメントなのかどうか、誰かを傷つけるおそれがないかどうか、考えたうえで投稿していただくことを今一度お願いしたい」とコメントしています。

ひぼう中傷に触れない “すみ分け”も

国内200社以上のSNSやウェブサービスのルール作りに携わってきたコンサルタントの藤澤寿文さんによりますと、投稿を監視するのには膨大なコストがかかり、企業側で悪質な投稿を完全に排除できていないのが現状だそうです。
さらに、ユーザーにルールの徹底を呼びかけても特に著名人は標的になりやすく、悪質な投稿そのものをゼロにすることは難しいと指摘します。

藤澤さんはそのうえで、利用者をひぼう中傷から守るためには、不快に感じる投稿を表示しないようにするなどの取り組みが求められると指摘しています。
藤澤さん
「大事なことは交流すべきではないユーザーどうしのすみ分けです。嫌な意見はブロックしたり非表示にしたりしていいんだよということを知ってほしい。企業側も事後的に削除するだけでなく、悪質な投稿が存在することを認識したうえで、健全な議論ができる仕組みやルールを考えなくてはいけない」

あなたのことばに“責任”を

リアリティー番組に感情移入して顔の見えない相手に厳しいことばを投げかけ、それがいくつも重なって受け手にのしかかっていった今回の問題は、SNSが身近になった私たちが目を背けることができない現実です。
誰とでも気軽につながれるけれど、誰かを傷つけてしまうかもしれない。
画面の向こうにいるのは生身の人間だということを、決して忘れないでいたいと思います。