触れ合わずには暮らせない 「盲ろう」の人たちのコロナ苦境

触れ合わずには暮らせない 「盲ろう」の人たちのコロナ苦境
「触れることは呼吸と同じ。コミュニケーションは生きることと同じ」。目と耳に障害がある「盲ろう者」を家族にもつ女性から寄せられたメールのことばです。新型コロナウイルスの感染予防として密閉・密集・密接を避けるよう求められる今、人との触れ合いを断たれると生活が行き詰まりかねない人たちがいます。
(ネットワーク報道部 記者 郡義之)

目が見えず耳も聞こえず 情報は「手」から

5月下旬、川崎市高津区の公園。私はそこで1組の親子と会うことができました。

井本千香子さんと娘の美希さん(13)。中学2年生の美希さんは生まれつき目が見えず、耳も聞こえない「盲ろう」です。“奇跡の人”と呼ばれ、世界的に有名なヘレン・ケラーもその1人です。

初夏の風を体で感じながら、一歩ずつゆっくりとしたペースで歩く美希さん。

穏やかな笑みがこぼれます。

「こうやって散歩するのは本当に久しぶりです」

母親の千香子さんは娘の様子に目を細めると、新型コロナウイルスによる深刻な暮らしへの影響を語ってくれました。

美希さんは2月末から両親と姉の家族4人で外出を控える生活を続けてきました。

外部との接触を断たれて毎日、自宅で過ごす生活。それは美希さんのような盲ろうの人たちにとって何を意味するのか。

最も大きな影響は「孤立感」です。

目が見えず、耳も聞こえないため、テレビ・ラジオ、新聞、インターネットから直接、情報を得られません。

代わりに美希さんは相手の手に触れて、そこからさまざまなサインを受け取り、意思疎通を図っています。
例えば何らかの作業を行って完了したことを示す「できた」のサイン。千香子さんは美希さんの手をとって左右の肩の辺りに1回ずつ当てる動作をとります。

コミュニケーションをとるには「接触」が欠かせないだけに、盲ろうの人たちにとって相手と触れ合わずに暮らすのは非常に困難です。
母親の千香子さんによると、美希さんはウイルスによって一変した状況をなかなか理解できず、自由な外出もままならない中、日増しにストレスを募らせていったといいます。
母・千香子さん
「夜寝ていて、いきなりわーって泣いてしまうとか、本人の中でストレスがたまって、爆発したのかなという気がします」
手のひらをひっかきすぎて皮がむけてしまったり、突然、泣きだしたりするなど精神面で不安定になる娘の様子を日々、敏感に感じ取っていました。
また、ストレスが募っていったのは家族も同じでした。休校によって日々の勉強のサポートも全て担い、千香子さんは「教材に触れるのも初めてでしたし、試行錯誤しながらやっていたので、それに対するプレッシャーみたいなものもありました」と話します。

さらに、こう訴えました。
母・千香子さん
「盲ろう者は人がいないと生活が成り立たないので、ウイルスによって『人と接することがダメ』となると、支援がすべて打ち切られてしまいます。盲ろうという障害を多くの人に知っていただき、必要な支援につなげてほしい」

深刻な声は各地から

私はさらに盲ろうの人たちの現状を探ろうと、東京にある社会福祉法人「全国盲ろう者協会」に話を聞きました。

「新型コロナウイルスに関連した情報を必要としていますが、その情報が盲ろう者には届いていません」

そう話すのは山下正知事務局長です。山下事務局長によると全国には約1万4000人の盲ろうの人たちがいるとみられ、協会には本人やその家族から相談が寄せられているといいます。

中でも目立つのが情報の入手に関するものです。

協会には「人に直接触れたり、近くに人がいたりしないと会話ができないので、自由に外出できず大変つらい」、「通訳や介助をする人たちの派遣を断られ、生活に必要なサポートを受けられない」といった深刻な声が寄せられているということです。
全国盲ろう者協会 山下事務局長
「情報から遮断されることが盲ろう者の大きなストレスになるだけでなく、家族のストレスにもなる。不可欠な情報がきちんと届くような方策を考えてもらいたい。また通訳や介助をする人たちが家に来てくれないと1人暮らしで外に出られない場合は何もできなくなってしまう。サポートを利用できるよう、行政が何らかの形で通訳や介助をする人たちに報いていくことも考えてほしい」

「どんどん感覚が奪われていく」

こうした現状について専門家はどう見るのか。自身も目が見えず、耳も聞こえない「盲ろう」である東京大学の福島智教授に通訳を介して聞きました。

福島教授の手の甲に通訳が手を添え、点字タイプライターのキーに見立てて文字を打つ「指点字」という方法で会話をします。
福島教授は「マスクをすると匂いもあまりしなくなり、最後に残された大切な感覚は『触覚=触ること』だが、人と触れ合うことを避けるよう言われ、どんどん感覚が奪われていく。盲ろう者にとって新型コロナウイルスは非常に過酷だ」と指摘します。

そのうえで「誰よりも触れることで生活している盲ろう者に消毒液を優先的に配布してほしいし、いろいろなつらさを抱えている本人だけでなく、家族へのサポートもきちんとすべきだ。ひとりひとりの支援者や通訳者を支えることはもちろんだが、その核となるNPOなどの支援団体を財政的に後押ししていくことも大事だ」と支援を訴えています。

国はどう考えるのか

こうした問題に厚生労働省はどう考えるのか。

障害者の地域生活支援を担う自立支援振興室の担当者は「現状では盲ろう者にしっかりと情報を伝えるツールや技術が開発されておらず、ウイルスの感染リスクが高い中、通訳介助員の派遣も強制できない」と話します。

ただ、盲ろうの人たちを取り巻く状況について改善の必要性は感じているとしたうえで「今後は通訳介助員の待遇改善も含め、予算の確保などを通じて情報保障の向上に取り組んでいきたい」としています。

誰もが漏れることのない「新しい生活様式」を

今、新型コロナウイルスの感染予防策として新しい生活様式への切り替えが呼びかけられています。

3つの密の回避、オンライン授業やリモート会議の開催、人との間隔をできるだけ2メートル空けることなどさまざまです。私も当たり前のようにその呼びかけを受け入れていました。

しかし、盲ろうの人たちにとってそれは当たり前ではありません。冒頭に紹介した女性のメールには、こんなメッセージもつづられていました。

「見えない、聞こえないことが孤独なのではなく、人とつながる術を断たれることを孤独というのだと思います」

目と耳に障害がある人たちも安心して生活できるようセーフティーネットから1人も漏れてはいけない、その取り組みも「新しい生活様式」の1つではないか。そう思わずにはいられません。
ネットワーク報道部 記者
郡義之
2010年入局 前橋放送局、釧路放送局を経てネットワーク報道部。現在、ネットニュース、調査報道など担当。