“不運”では終わりたくない 学生たちの苦悩

“不運”では終わりたくない 学生たちの苦悩
「うちにはお金がない。悪いけど大学に行くのは諦めてくれ」。そう言われて進学を諦めざるを得ない若者は少なくないのかもしれません。学校に行くのはタダじゃないのはわかっている。でも夢を追わずに後悔はしたくない。これって学生のわがままでしょうか? 新型コロナウイルスは夢に向かう若者の人生を左右しかねないほど深刻な影響をもたらしています。
(熊本局 記者 杉本宙矢 木村隆太)

開発職目指し大学院に進学するも…

「家計と夢の間でずっと悩んでやっとの思いで進学したのに、それをこんなにすぐに簡単に諦めないといけないのでしょうか」

こう話してくれたのは熊本県内の国立大学に通う出口由希乃さん(22)です。

出口さんは化粧品メーカーの開発職を目指してこの春、大学院に進学しました。

しかし、進学は学費が壁となって親から反対されました。国立大学の学費は4年間で240万円、大学院に進学するとさらに2年で135万円かかるうえに、長崎県出身の出口さんには1人暮らしの生活費もあります。

父親の単身赴任に加え、弟が東京の私立大学に入学したこともあって、親に仕送りを頼れる状況ではなかったといいます。
出口由希乃さん
「『できれば就職してほしい。大学院に行かせるのは金銭的に厳しい』って言われましたね」
それでも夢を諦めたくないと奨学金を受けるだけでなく、熊本市内のそば店と居酒屋の2つのアルバイトをかけもちして自分の力で学費と生活費をまかなうつもりでした。

コロナで状況一変 バイト収入激減

ところが、新型コロナウイルスの影響で状況は一変。アルバイト先が休業や営業時間を短縮し、あてにしていた収入が激減してしまったのです。

月10万円を見込んでいた5月までの3か月間、実際に稼げたのは月3万円ほどでした。出口さんは後期の学費の支払いを前に不安を覚え、大学院をやめることも考えたといいます。

ことし4月に学生団体「高等教育無償化プロジェクトFREE」が全国の大学生など1200人から集めたアンケートによると、ウイルスの感染拡大による影響で「アルバイトの収入が減った」、または「収入がゼロになった」と答えた人はおよそ70%。さらに20.5%、実に5人に1人の学生が今後退学を検討していて、すでに退学を決めた人もいるということです。

支援制度も…

「申請すらできないっていうのはけっこう辛いです」

出口さんは大学や行政のホームページ、日々のニュースをチェックして少しでも支援を受けられる制度がないか探しました。

5月後半、国は休業の影響で1月以降アルバイト収入が減少するなどした学生らに10万円、所得が低く住民税の非課税世帯の学生らには20万円を給付する対策を決定。熊本県も独自に5万円を給付する支援策を発表しました。
しかし、出口さんの家は住民税の非課税世帯ではないため、国と県の制度の対象にはならず、申請できない見通しです。

また、大学院入学直前の1月は卒業研究や院試で忙しく、アルバイトを一時的に減らしていたため、国の10万円給付の対象にもならない可能性があるといいます。

今はわずかな収入と奨学金、それになんとか工面してもらった家族からの仕送りでしのいでいるものの、このまま卒業まで学費を払い続けられるか、卒業したとしても奨学金として借りた約360万円の“借金”が返せるのか、不安は募るばかりだといいます。
出口由希乃さん
「少しでも多くの人を救済してくれるといいのですが…。夢に向かって頑張りたいという純粋な気持ちだけで何の不安もなく勉強に集中できたら素晴らしいですけどね」

東京で美容師になる夢が…

就活生からも悲痛な声が聞こえています。

「本当に計画が狂いました。就職活動どころか生活するのでもういっぱいいっぱいです」

こう話すのは熊本市在住の上西桃母さん(20)。美容師を目指して専門学校に通う2年生で、来年3月の卒業を前に現在、就職活動のまっただ中です。
ファッションやヘアメイクの流行の最先端・東京で、美容師としての腕を磨きたいという上西さんは年明けから就職活動を本格化。宿泊費や交通費など1回で合わせて5万円はかかりますが毎月、東京を訪れ、20以上の美容室に足を運んできました。店ごとに技術や教育体制が異なるため、一軒一軒訪れては担当者と個別に面談し進めていくことが多いそうです。
しかし、4月に緊急事態宣言が出ると県境を越える移動ができなくなり東京での就職活動は事実上ストップ。追い打ちをかけるようにアルバイト先の居酒屋の休業や営業時間の短縮で、最低でも月10万円あったアルバイト収入は半分以下にまで減少しました。こうした切迫した状況を知ってほしいと、上西さんは生活費の預金通帳を見せてくれました。
残高はおよそ17万円。あと数日すると、ここから家賃や光熱費、携帯料金など合わせて7万円ほどの引き落としがあり、就職活動の費用を捻出できないといいます。

民間の調査会社「ディスコ」の調べによると、去年、学生たちが就職活動にかけた平均的な費用は「関東」でおよそ11万4000円なのに対し、「九州・沖縄」はおよそ17万3000円。地方と都市部の学生の格差が浮き彫りになっています。
「この就職活動に今までの全てをかけているんです」

向上心が人一倍強く、東京にこだわる背景には、上西さんが抱える厳しい家庭環境がありました。小学生のころに両親が離婚。生活は苦しかったものの、高校の学費も奨学金を借りてまかないました。すでにアルバイト収入で返済を終え、今は1人暮らしの生計も立てています。
「東京で技術を磨き、一人前の美容師として生計を立てたい、そしていつかは自分の店を開きたい」

その一心で学業に励み、成績は常に上位をキープ。就職活動はやっとめぐってきた人生のチャンスだったといいます。
5月下旬、2か月半にわたって休校していた専門学校が再開しました。勉強に打ち込める喜びをかみしめる一方、美容師の国家資格を取るのに2000時間必要とされる授業の遅れを取り戻すため夏休みは短縮されました。休校中に臨時で行っていたアルバイトも辞めざるを得なくなり、スケジュールが大幅に狂います。就職活動の資金を貯めるめどは立たず、戸惑いを隠せません。

コロナの影響で美容業界は“狭き門”に

東京を拠点に全国で美容室を展開する大手美容チェーンの人事担当者によると、トレンドの中心・東京で仕事を始めたいと望む地方の学生は多い一方、就職活動は店の雰囲気を知るため、来店してもらったうえで説明や面接を行う形が一般的だということです。

企業の間では「オンライン面接」を導入する動きが広がっているものの、美容室の業界内は手探りの状態が続いているそうです。

また、店の休業などが相次いだ影響で美容師の採用人数が例年より減って「狭き門」となっているケースも出ているということです。

それでも頑張るしかない

「本来なら不安も無く、ちゃんと就職活動ができていたはずなのに、東京に行けないと思うと、ものすごい焦りがあって…」

それでも「自分で頑張るしかない」と自らを奮い立たせる上西さん。就職活動で常に持ち歩いているという手帳には、力強いタッチでこう書かれていました。
「くやしくてみかえしたくてがんばる」

どんな思いを込めたのか聞いてみました。
上西桃母さん
「高校の学費すらやっとなので、進学なんてできないと思っていたけれど、ようやく夢のスタートラインに立てたんです。夢が見えたのに失いたくない。夢が描けなかったときの自分に戻りたくないんです」

“不運”として終わらせないためにも

新型コロナウイルスの学生への影響を調べようと始めた今回の取材で次第に見えてきたのは、学費や生活費をアルバイトで工面しながらギリギリで学びを続ける若者たちの苦しむ姿と、公的な支援が行き届かない現実でした。

日本学生支援機構の最新のデータ(平成28年度)をみても、今や大学生の2人に1人が奨学金に頼らなければいけない時代です。学生たちの状況を単に不運として終わらせないためにも、支援制度を拡充するのはもとより、学生たちが学びを諦めることが無いよう、さらに対策が必要だと強く感じました。