危機対応で政治行政に問われるものは 国連 中満事務次長に聞く

危機対応で政治行政に問われるものは 国連 中満事務次長に聞く
霞が関の過酷な勤務実態を伝えた私たちの記事にある人物がこんなツイートを寄せてくれました。
「私の父も官僚でした。応援してます」
その人物とは国連の軍縮部門トップを務める、中満泉さんです。国際的な危機対応のプロの目に、各国の新型コロナウイルスの対応はどう映っているのか、そして、日本の政治行政をどうみているのでしょうか?
(霞が関リアル取材班記者 荒川真帆)

その女性は国連の軍縮部門トップ

中満泉さんは東京都出身で1963年生まれ。アメリカのジョージタウン大学の大学院を卒業し、1989年に国連難民高等弁務官事務所に入りました。あの緒方貞子さんのもとで世界中の紛争地域で難民問題などの対応にあたります。PKO局アジア・中東部長、国連開発計画の危機対応局長などを歴任し、2017年に軍縮担当事務次長・上級代表に就任しました。現在、日本人の国連職員としては最高位です。
その中満さんが、ことし3月に「霞が関のリアル」に掲載した『心身を病む官僚たち』という記事にこんなツイートを寄せてくれました。
海の向こうで活躍する人物から日本の官僚に送られたエール。しかも、新型コロナウイルスでまさに霞が関の対応が問われているさなかです。

「危機対応のプロは今の状況をどう見ているのか」

知りたく思い、早速取材を申し入れました。

「キッチンテーブルがオフィスです」

取材は先月半ば、ニュージャージー州にある中満さんの自宅とビデオ通話を使って行いました。国連本部といえばニューヨーク州ですが、新型コロナウイルスの感染者拡大で、国連職員もすべてテレワークとなっていました。

国連の軍縮部門トップというと威厳たっぷりですが、本人はいたって気さくな感じで、こう語り始めました。
中満さん
「仕事は基本的にすべてオンラインです。150人をつなげて会議をやることもあります。自宅では家族4人がそれぞれパソコン画面に向かっていますが、私だけ自分の部屋がないので、キッチンテーブルが私のオフィスですよ。でも実は、いまいちばん困っているのは美容室。スーパーや薬局以外はすべて閉まっているんです。髪の毛がぐちゃぐちゃで、娘たちから『ママどうするの?』といつも言われています!」

父は日本の官僚、夫はスウェーデンの官僚

記事に関心を持ってくれたきっかけは自身の父親も官僚だったからでした。旧文部省に勤務していた父親から、子どもだった中満さんは「うちは公務員家庭だから、人様にご迷惑をかけてはいけない。正直に、まじめに、身を正して」と毎日のように言われて、育ったといいます。
中満さん
「父はいわゆるキャリア官僚の典型でした。転勤も何度もありましたが、本省にいた時は国会対応などもあり、そのころがいちばん時間的に大変だったと言っていました。常々、『公務員とは、国というより国民の利益のために奉仕する仕事だ』と話していましたね。私は国際公務員ですが、父と似たように、加盟国というよりも、そこに住む人々の利益になる仕事をしなければいけないと常に考えています」
さらに、中満さんのスウェーデン人の夫は外交官。同じ「公務員」であっても、日本とスウェーデンとでは大きな違いがあると言いました。
中満さん
「働き方という点では、これは羨ましいほどワークライフバランスがとれていて、国連の私よりも夫のほうが休暇も格段に取りやすいですね。例えば夫は、夏休みが4、5週間くらいの申請だと『そんなに短くていいのか?』と念を押されるくらいです。夕方5時前にスパッと仕事を切り上げて保育園に子どもを迎えに行くことなどは、男女とも当たり前ですし、転勤も本人が希望を出してポストに応募するシステムです。日本のように辞令が来て任命されるという形ではありません。それから年功序列でなく、若くても幹部職員になることは当たり前ですし、年長者が部下にいることもごく普通です。一方で、スウェーデンはかなり官僚機構に政治色があり、私はあまり好ましいことではないと思っています。保守党(穏健党)と社会民主党で政権移行があるたびに、局長レベルくらいまで人事が変わります。官僚であっても、政党員であることも認められています。時の政権に属する若手の職員が選挙のあと、いきなり事務次官に昇進したなどという話もあります」

危機対応に問われるものとは

中満さんには、紛争地域で難しい交渉を進めたり、災害現場で支援策をまとめたりしてきた豊富な経験があります。今、世界各国が新型コロナウイルスをめぐる「危機対応」で何を大事にすべきと考えているのでしょうか。

本人にそう問いかけたところ、今回の対応で評価できる具体例として挙げたのが、深刻な感染拡大の中にあっても、そのリーダーシップが注目されているニューヨーク州のクオモ知事でした。
中満さん
「クオモ知事は毎日、会見で1時間くらい自分のことばで質問に答えています。いろいろな統計や科学的、医学的な専門家のアドバイスを駆使して、パワーポイントも使いながら丁寧にプレゼンをする。データや根拠を示しながらの説明には、『頑張れば大丈夫なんだ、この危機を乗り越えられるんだ』と聞き手が感じられます。つまり、信頼感や安心感があります。危機におけるコミュニケーションが非常にうまいなと思います」
日本でもデータを駆使しながら粘り強く訴えかけるクオモ知事の姿が印象に残っている人も多いかと思います。

さらに、中満さんは「危機対応の極意」を次のようなことばで表現しました。
中満さん
「『危機対応』にはマニュアルがないんです。だからこそ、全体像を見て優先事項を決め、最低最悪のシナリオを想定し、同時並行的にさまざまな準備を進めることが重要になります。今まで私も多くの『危機』に直面してきましたが、記憶に新しいのは7年前、国際テロ組織アルカイダ系のグループに国連職員が拉致された事件です。拉致された期間は8か月にも及びました。人質解放の対応マニュアルは一切ありません。私はPKO局のアジア・中東部長として、部局を横断した対応チームを立ち上げ、関係諸国との折衝や拉致グループとの交渉などに動きました。このとき『最悪』の事態、つまり万一、職員が殺害された場合も同時に想定し対応策を考えていたんです。コロナとは全く異なる性格の『危機』ですが、重要な点は同じです。マニュアルにないことを柔軟にみんなで考えて、ひとつになって対応していかなければならないのです」
さらに、この危機対応に必要な要素として、中満さんは「信頼」ということばを口にしました。
中満さん
「職員の人質事件では、関係者との信頼関係も非常に重要でした。拉致された職員の出身国の政府や家族には逐次、透明性をもって情報をシェアし、1日に何度も連絡を密にして、コミュニケーションをとるようにしました。国連から『情報を隠さない』ということを徹底したんです。今回のコロナでいえば、政府や行政に対する『国民の信頼』が非常に大きな鍵だと思います。例えばヨーロッパでも、今回の事態で外出制限のような方策を講じていますが、多くの国民は政府の言うことを信頼しています。今回は命に関わる、社会の維持に関わることなので、とりあえずいまは政府の言うように外出をしないで、みんなで頑張ろう、という気持ちに国民がなれるのは、彼らが政府、そして行政機構に信頼度を持っているというのが1つの理由なのかと思います」
この信頼をどうやって培うのか。中満さんが強調したのが「透明性」ということばでした。
中満さん
「例えば夫の出身、スウェーデンではともかくすべてのレベルで透明性が高く、政治家も官僚も国民にいい意味で監視されています。冗談ではなく、ある閣僚が、公的活動のみに使用を許されている政府発行のクレジットカードで、誤って土産として5ドルくらいのチョコレートを買ってしまい、辞任に追い込まれたこともありました。行政府が透明性を確保することで、国民は役人が高い行政サービスのために働いてくれていると理解でき、信頼できます」

緒方貞子さんのことばを胸に

政治や行政に求められる「信頼」、そして「透明性」。こうしたことばは今の日本の状況を考える時、身につまされる気がしました。

長く海外で活躍する中満さんの目にはどう映っているのか。そう思って聞くと、尊敬するあの人物の名前を挙げてこう語りました。
中満さん
「かつてご一緒した緒方貞子さんには、『公の仕事に関わるものは常に歴史を考えて仕事をせよ』と言われました。その意味で、透明性や信頼という点で日本の政治行政には課題が多いと思います。今回でいうと、私権制限の議論がありましたが、危機の状況になってそういう議論が出てくるというのは平時から政府に対する『信頼度』に問題があるからだと思います。公文書の情報開示にしても、いつも黒塗りで出てくることに強烈な違和感を覚えています。文書の書き換えや記録の不存在はもってのほかです。こうしたことを真剣に考えて仕事することが、政府、行政への信頼にもつながるはずです」

コロナ禍のあとに見直しを!

最後に日本の公務員の皆さんになにかメッセージをと声をかけると、こんなエールを送ってくれました。
中満さん
「現場の公務員の皆さんは本当に大変だと思いますが、今回の事態で国民にも、パブリックセクターの役割の大きさ、重さが分かったように思います。こういう危機が起きると、民間セクターだけでは対応できないのです。日本ではこれまで官僚や公務員へのバッシング、そして人や予算を削るという行革が進んできた側面があるかと思います。願わくばこのコロナの終わったあとには、どういう国の形を作らなければならないのか、行政への信頼度を深めるためには何が必要なのか国民全体で考え直す機会になってほしいと思います。そのためにも、官僚の人たちにも働きにくさの根幹がどこにあるのかを見極めてほしいと思います。応援しています!」
「コロナ危機をいい機会に変えてほしい」と語った中満さん。私たちもポスト・コロナ時代のそうした動き、しっかり見届けたいと思います。
社会部記者
荒川真帆