感染中傷する電話やメール相次ぐ 国への相談800件 新型コロナ

感染中傷する電話やメール相次ぐ 国への相談800件 新型コロナ
新型コロナウイルスの感染者や家族などを中傷するような電話や、SNSの投稿などが相次ぎ、被害者から国に寄せられた相談が今月までに800件に上ることが分かりました。自治体の情報開示が悪用されたと見られるケースもあり、専門家は「必要な情報は早く提供する必要があるが、人権に配慮した公表の在り方を考える必要がある」と指摘しています。
新型コロナウイルスをめぐっては全国各地で、感染者やその家族、そして職場などに対して偏見や差別、中傷ととれる内容の電話やメールが相次ぎました。

福岡市では看護師が感染した病院を、ひぼう中傷する電話やメールが届いたほか、富山県では感染者が経営に携わる店の名前が公表され、ツイッター上などで「日本から消えて欲しい!」などと中傷される事態が起きました。

また、各自治体が公表している感染者の情報に対しても、ツイッター上で「住所と氏名公表しろよ」とか「くたばれ」「自業自得」などという投稿が相次ぎました。

法務省によりますと、ことし2月から新型コロナウイルスに関連し、偏見や差別に遭った被害者から相談を受け付けていますが、今月1日の時点で、全国で少なくとも800件に上ったということです。

バッシング受けた感染者家族は

新型コロナウイルスの感染者の家族が、NHKの取材に応じ、身内が感染してから相次いで受けたバッシングについて説明しました。

それによりますと、感染が確認されて、自治体が公表した2日後、自宅の留守番電話に男の声でメッセージが吹き込まれていました。

メッセージは、「お前の家族はコロナだろ。どこかにいかせろ。はやったらお前のせいだ」という内容で電話番号は非通知だったということです。感染者の家族は、「覚悟はしていたが、いよいよ来たかとひどく悲しい気持ちになりました」と話しました。

その後も、インターネットの掲示板などに、個人名を特定したうえで感染者本人や家族を中傷するような投稿が相次いだといいます。

中には、感染者が外を出歩いた、家族も感染した、県や保健所への報告がウソだったといった事実と異なるものも含まれていたということです。

こうした中傷などについて感染者の家族は「感染したことだけでも人生が狂ってしまうようなショックだったにもかかわらず、追い打ちをかけるように書き込みをされたことで、社会から孤立して誰も味方がいないような本当につらい思いをしました。事実かどうかを判断せずにどんどん拡散されるのが怖く、目に見えないウイルスよりも目に見える人のほうが怖いと思いました」と話していました。

公表・非公表で分かれる自治体

感染防止のための情報開示と、プライバシーの保護をどう両立させるべきなのか、自治体の判断も揺れています。

新型コロナウイルスは指定感染症とされたため、各自治体は、感染者が出た場合、情報を公表するよう法律で定められています。

国が示した公表の基準には、年代や性別、行動歴などが原則、公表する情報として、記されている一方、氏名や国籍、職業などは感染者の特定につながるおそれがあるとして、原則、公表しない情報と記されています。

各自治体が、これらの情報を、どのように開示しているのか、保健所が設置されている都道府県や政令市など、全国132の自治体の状況をNHKで調べた結果、年代や性別などは、ほぼすべての自治体が公表していましたが、原則、非公表の情報とされる職業については、北海道や福岡県など102の自治体、国籍は愛知県や埼玉県など、49の自治体、基礎疾患は大阪府や群馬県など14の自治体がそれぞれ公表していました。

これらの自治体を取材すると、住民からは、より詳しい情報を求める声が多いということで、個人情報をどこまで公表するか、自治体の間でも、対応が分かれているのが実情です。

苦悩する自治体

新型コロナウイルスの感染者の公表をめぐり、各地の自治体は感染拡大の抑止とプライバシー保護とのはざまで揺れています。

神奈川県横須賀市です。

これまでに55人の感染者が確認されました。

市では、本人の同意をとったうえで年代や性別、職業や行動歴などの個人情報を、ホームページを通じて公表していました。

しかし、感染が拡大するにつれて、市民からは、「感染経路や同居人の有無についても知りたい」などより詳しい情報を求める声が相次ぐようになったといいます。

市は検討した結果、先月から感染経路と同居人についても、公表する情報に加えました。市の担当者は、「市民からの要望があり、重要な情報だと考えた」と振り返ります。

市内にある自治会で、会長を務める木谷畑邦雄さんも市のこうした姿勢を肯定的に受け止めていました。

木谷畑さんは、市内で初めての感染者が出た翌日、市が公表した情報を、高齢者にも分かりやすいよう、大きな字で印刷し、自治会の掲示板に張り出しました。

年代や性別だけでなく、感染者の職業や、感染が発生した郵便局の名前も掲載しました。

自治会には高齢者が多く、新型コロナウイルスの感染に、強い危機感があったといいます。

(自治会長 木谷畑邦雄さん)
「高齢者は感染すると亡くなる可能性もありました。市が公表する感染者の情報はとても重要でした」。

住民にも感想を聞いてみると、高齢者を中心に、「パソコンが操作できないのでありがたい」と、好意的に受け止めていた一方で、「コロナにかかったら責められるような少し怖い感じがした」といった意見も聞かれました。

一方、先月、市内でも感染者が増え始めると、市は難しい局面に立たされるようになりました。

ある患者の家族から、「周囲に感染者だと気付かれた。ほかの人に同じような思いをしてほしくない」として今後、個人情報の公表を控えるよう、要望を受けたからです。

再度、検討を余儀なくされた横須賀市。今月からは、公表から2か月たった感染者の情報は、ホームページから削除することを決めました。

感染拡大を抑止しながら、個人のプライバシーをどうやって守ればいいのか、模索を続けています。

(横須賀市保健所 出石珠美 疾病予防担当課長)
「感染拡大の防止がいちばん大きな役割であり最低限の情報を公表しているつもりだが、個人が特定されてつらい思いをしているという声を聞くと本当に悩ましい。答えがない仕事で、どこまで公表すべきなのか悩んでいる」

東京都は統計データとして公表

感染者の数が最も多い東京都。

ことし3月から、新型コロナウイルスの感染状況を広く伝えるため、インターネット上に、専用のサイトを立ち上げました。

最新の感染者数や入院患者数、検査の実施件数などを、統計データとして、図表やグラフの形にして、公表しています。

一方で、感染者の特定につながりかねない個人情報は、現在、年代と性別に限り、明らかにしています。

東京都は、統計データを積極的に公表することで、個人情報だけに頼らなくても、都民の不安を解消することはできるといいます。

東京都新型コロナウイルス感染症対策 榎本光宏調整担当課長は、「感染したことが悪いことのように、捉えられることがあります。また、SNSなどが非常に発達しているので、公表する細かい情報をいくつか組み合わせることで個人が特定されるおそれがあり、どこまで情報を出していいかは非常に大きな課題だと思います」と話しました。

国の検討会 座長「人権配慮した公表を」

新型コロナウイルスという感染症に関わる情報開示はどうあるべきなのか。

国の公表基準を策定する検討会で座長を務める国立感染症研究所ウイルス第一部の西條政幸部長は「必要な情報はできるだけ早く提供することが重要だと思いますが、これだけ情報が行き交う社会にわれわれはいるので、情報の公表や共有の在り方は、考えていかなければならないと思っている。個人情報や、人権に配慮しない情報まで、公表することが、感染症対策につながるといったことは歴史上ない。感染症対策のために本当に必要な情報なのかもう一度検討する必要がある」と話しています。