「濃厚接触の可能性あり」コロナ対策アプリで知りたい?

「濃厚接触の可能性あり」コロナ対策アプリで知りたい?
「濃厚接触した可能性があります」こういう通知がスマホに届くとしたら、アプリをダウンロードしますか?緊急事態宣言が解除されたあとの感染対策はどうすればいいのか悩んでいる人も多いと思いますが、濃厚接触した可能性がある場合に自動的に通知が届くアプリの開発がいま、日本でも進んでいます。データを使った対策は、公衆衛生のために必要か、それとも監視社会につながるのか。アプリ開発の現場を取材しました。(経済部記者 伊賀亮人)

なぜスマホでわかる?

このアプリはBluetoothというスマートフォンに内蔵された通信技術を使います。「濃厚接触」の定義は「1メートル以内に15分以上いた」とされていますが、アプリをダウンロードしてほかの利用者と濃厚接触した可能性があるとそのデータを記録します。利用者の誰かが新型コロナウイルスへの感染が確認された場合に、本人がアプリにそのことを登録すると、濃厚接触した可能性がある人に自動で通知されるのです。
感染者が自分の行動を覚えていない場合でも濃厚接触した可能性がある人にいち早く知らせることができるとしていて、日本政府は6月中にアプリの提供を始めたいとしています。

位置情報で隔離も

海外では感染拡大の早い段階から個人データが積極的に活用されています。韓国では、クレジットカードの利用履歴やスマホのGPSの位置情報、防犯カメラの映像も分析して感染者の行動をたどっています。
氏名は伏せるものの、おおまかな住所のほか、移動経路や立ち寄った店などが分刻みで公開されています。それを見て自分が濃厚接触した可能性があるかどうかを確認できるというのです。また、海外から韓国に帰国した人が自宅で隔離されているかをGPSの位置情報を使って確認するアプリもあります。

政府の監視との声も

一方で、行動履歴が匿名とはいえ公表されることや、自宅にいるかどうかを常時、把握されるとしたら、抵抗を感じる人も多いのではないでしょうか。実際にデータの活用は、政府による個人情報の収集や監視につながるのではないかと、世界的な議論を呼んでいます。
濃厚接触者を追跡するためのアプリを3月に導入したのはシンガポールです。当初は感染拡大を防いでいると注目を集めていましたが、徐々に限界も。

アプリには、電話番号を登録する必要があり、誰と接触したかというデータも国が管理するサーバーで保管されます。このため、いつ誰と接触したかを国が把握できることへの懸念が出ています。アプリの利用者は現在、約150万人。国民の6~7割が利用することで効果を発揮するとされていますが、2割程度にとどまっているのです。

各国で分かれるプライバシー保護

中国では、感染リスクを3段階で表示する「健康コード」と呼ばれるシステムを各地で導入しています。公共施設や飲食店などに入る際に提示が求められることが増えていますが、具体的にどのようにデータが収集・分析されているのかは明らかにされていません。

インドやイスラエルで導入された濃厚接触者をデジタル追跡するアプリでは位置情報も活用。これに対してドイツやフランスなど、プライバシー意識が強い国では電話番号や位置情報を使わない形が検討されているのです。

日本では民間主導で開発

では日本はどうなのでしょうか。アプリの開発は民間のITエンジニアなどでつくる複数のグループがボランティアで進めてきました。そのうちの1つ、「コード・フォー・ジャパン」は、社会的な課題の解決にIT技術を役立てることを目的に2013年に設立された団体です。
関代表
「こういう活動は『シビック・テック』と呼ばれていて、コロナ対策についても市民みずからが行動を変えていかないといけないという中で、草の根でやれることをやっていこうと始めました」
3月から始まった開発プロジェクトには、エンジニアのほか、デザイナーやコピーライター、弁護士など、50人余りが参加しています。感染予防のためオンラインの会議やチャットサービスを使って進捗状況を確認しながら進めました。技術面だけではなく、プライバシー保護の対策やアプリのネーミングにデザイン、PRの方法とさまざまな面から検討を行ったと言います。

目的は「行動変容」

その結果、アプリは濃厚接触をした可能性が通知されるのは利用者本人のみで、政府もアプリの開発者も知ることができない仕組みにしました。

誰といつ接触したかは匿名のデータとして本人のスマホのみに保管。陽性判定された利用者が自分でそのことをアプリに登録することで自動的に通知されます。通知を受けた人が自主的に行動することで初めてアプリの効果が生まれます。
位置情報を使ったり接触データを政府が保管すれば、より詳細な感染状況の把握や感染者の隔離に活用できますが、プライバシー保護を重視することで普及させることを優先しました。アプリの目的も利用者の「行動変容」にあると強調します。
関代表
「強制的にインストールできるものではないので透明性高く説明をして納得してもらうことが重要です。自分だけのためというよりは、大切な人を守る、家族とかを感染から守るためのツールだという風に理解してもらえればと思います」

プラットフォーマーへの批判も

こうして開発が進められたアプリですが、5月、方針転換を迫られました。アプリに使う通信技術を共同で開発しているアップルとグーグルが1つの国につき1つのアプリしか認めないという方針を決めたためです。
この技術は、iPhone(アップル)のiOSとグーグルのアンドロイドという、異なる基本ソフトを使うスマホどうしで通信を行うために必要なものです。日本のスマホのシェアはこの2つの基本ソフトで二分されているので、この技術が使えなければアプリは効果を発揮できません。

日本政府は両社に複数の事業者がつくるアプリも認めるよう働きかけたものの、受け入れられなかったということです。そこで、これまで開発を進めてきた民間の複数のグループのどれかを選ぶのではなく、厚生労働省が1つのアプリを提供することにしました。

一方、カナダやイギリスの公衆衛生当局が感染拡大の防止に活用するために、より詳細なデータを求めたところ、アップル・グーグル側は、プライバシー保護の観点から拒否したと報じられています。このため、当局にとって使い勝手がよくないとも指摘されています。

プラットフォーマーと呼ばれる巨大IT企業の影響力に対して各国政府は厳しい目を向けていますが、日本の政府関係者は「プラットフォーマーの影響力の大きさを再認識させられることとなった」と話します。

コロナ時代のデータの活用は?

日本版のアプリは、民間団体が開発してきた仕組みに沿って政府が提供する予定です。日本でのデータ活用は、他の国と比べると匿名性を高くすることが重視されています。一方で、強制力が弱いことから、感染拡大を防ぐ効果は限定的だとも言えます。

これについて、専門家は「効果が発揮されない場合はより踏み込んだ対応が必要になり、結果的にプライバシー保護の水準が下がるおそれがある」とも指摘します。また、「国家権力が強い強制力を持つ国がコロナの封じ込めに成功し、プライバシーなど人権に配慮する民主国家では感染が拡大してしまっては、民主主義の在り方が問われることになる」(政府関係者)という声も上がっています。

個人データの活用とプライバシー保護のバランスはコロナウイルスの感染拡大前から世界的な議論となっていましたが、それが一気に表面化した形です。「新しい生活様式」の模索が続く中、感染拡大を防ぐためにどこまでなら許容できるのか、待ったなしの課題となっています。
経済部記者
伊賀 亮人

平成18年入局
仙台局 沖縄局 経済部 ネットワーク報道部を経て
再び経済部