「9月入学は現場が混乱」 専門家が提言まとめる

「9月入学は現場が混乱」 専門家が提言まとめる
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政府などが検討を始めた9月入学について、教育学者らが検証した結果、導入による効果は限定的な一方、受験や就職などの競争が厳しくなり、費用負担も大きいとして、十分な効果は見込めないとする提言をまとめました。
提言をまとめたのは、教育制度などの専門家でつくる日本教育学会のメンバーです。

この中で、9月入学に移行した場合、国際化が促進されるという見方については、日本と同じ4月入学のインドや韓国では、日本より多くの学生がアメリカに留学しているなどとして、効果は限定的だとしています。

一方、デメリットとしては、移行期の学年が極端に人数が増えて、受験や就職などが厳しくなる可能性があるとしています。

また、待機児童の問題や、小学校から大学まで大幅なカリキュラムの見直しも必要となるほか、制度の切り替えだけで自治体と家計の費用負担は、合わせて数兆円に上るとして、9月入学は十分な効果は見込めず現場の混乱につながると指摘しています。

それを踏まえて、今やるべきことはオンライン学習の環境整備や低所得世帯への学習支援に注力すべきだと提言しています。

日本教育学会会長の日本大学の広田照幸教授は、「どういう制度にしても子どもたちにしわ寄せがいき、過大な負担がかかる。いまは9月入学を議論している場合ではない。目の前の教育の質の確保に人材や予算を手配すること重要だ」と話していました。

9月入学をめぐっては東京都の小池知事や大阪府の吉村知事などが導入を求めている一方、PTAの団体や全国市長会などからは慎重な議論を求める声が上がっています。

きっかけはネットの署名活動

9月入学を求める声は、先月半ば、インターネット上の署名活動という形で上がりました。

きっかけは、大阪の高校3年生が、休校による学習格差や失われた学校生活を取り戻すために始めたとされ、集まった署名は、今月2日までに2万3000人を超えたということです。

さらに先月下旬には、宮城県や東京、大阪の知事らが、それぞれ9月入学の導入に前向きな発言をし、政府与党でも検討が始まっています。

9月入学 その理由は

なぜ今、9月入学なのでしょうか?

背景には、新型コロナウイルスによる長期間の休校で、大幅に遅れた学習を取り戻すねらいがあります。

もし、来年度から実施すれば、今の学年で学ぶ内容を来年8月までの1年5か月かけて学ぶことができるためです。

さらに入学時期が秋になれば、海外の大学に留学しやすくなるため、教育のグローバル化も進められるとしています。

9月入学は2つの案

それでは、もし9月入学が導入される場合、どのようなパターンが想定されているのでしょうか。

文部科学省は、2つの案を示しています。

パターン1は、来年9月1日までに満6歳となる児童を新1年生にすることで、1年間で一気に移行するというもの。

パターン2は、2つ目が来年度から1学年を13か月としつつ、5年間かけて移行させるものです。

メリットとデメリットは

パターン1の場合、1年で移行が完了しますが、大きな問題となるのが、来年度の新1年生です。
今、年中クラスのうち、9月までに満6歳となる42万5000人が加わるため、従来の1.4倍もの数に急増します。
パターン2の場合、新1年生に新たに加わるのは、今、年中クラスのうち、5月までに満6歳となるおよそ8万人の子どもたちです。
パターン1と比べて急増はしませんが、完全に移行するまでの5年間、学年ごとに誕生日が異なる集団となるため、自治体の事務作業などが煩雑になることが予想されます。

対象となる幼児の保護者たちに大きな波紋

保育園の年長クラスに通うしゅうくん、5歳です。来年4月に、小学校に入学するため、すでにランドセルを決めるなど、楽しみにしている小学校生活。そんな中、議論が始まったのが9月入学でした。

母親のゆみこさんは、新型コロナウイルスによる教育の遅れは気になるというものの、突然の議論には戸惑いを隠せません。
「来年度からというのはあまりに急な話で驚きました。親だけでなく子どもにとっても心の準備が必要なので」

《心配の理由 (1)「卒園後の居場所や費用」》

まず、入学時期が9月となった場合、しゅうくんの入学は5か月遅れることになりますが、それまで保育園が預かってくれるか、不安だといいます。

《心配の理由 (2)「17か月の差は大きい」》

さらに、もし、パターンAになると、新1年生は1.4倍もの数にふくれあがります。また、年齢も最大17か月離れた子どもたちが一緒の教室で学ぶことになります。ゆみこさんは、保育士をしている経験上、その難しさを実感するだけでなく将来の受験や就職などで、不利にならないか、心配だといいます。ゆみこさんは、「学年の人数が増えることで今後の受験や就職活動などその年に生まれたというだけで競争率が高くなるのかなと、この先もそれを何年も背負わせるのは心配だし、かわいそうに感じています。また、月齢が離れた子どもたちの発達の差を学校の限られた人員でどのようにフォローしていくのかも心配です。日頃職場でたくさんの子どもたちを見ていても幼い時期は1年で大きな成長があり、精神的な面でも、差が大きく出てきます。同じ学年にまとめて授業を受けるのは子どもに大きな負担となると思います」と話していました。

保育の現場からも戸惑いの声

保育の現場からも、戸惑いの声が出ています。

埼玉県・久喜市の認定こども園です。0歳から5歳までのおよそ300人の園児が在籍しています。

このうち、満5歳となる年長クラスには86人が在籍していますが、もし9月入学となれば、この園児らが5か月間長くとどまることになり、今の保育士の数では、運営が難しいといいます。

さらに、スペースも確保する必要があるため、今、こども園が進めている新たな施設の建設計画などを9月入学に対応できるよう見直す必要があるということです。

認定こども園のこどもむら・栗橋さくら幼稚園の塚越優子園長は、「9月入学によって保育が抱える課題について考え直す機会になればいいのなと思っています。しかし、一時的に園児が増えるかもしれず、保育士が不足するかもしれないと心配もあります。保育の場は、ただ子どもを預かる場所でなく、子どもの発達段階に応じた教育を担保する必要があるので、そこをいちばん大切に制度を考えてほしいです」と話しています。

小学校の関係者も不安

小学校の関係者も、9月入学には不安を抱いています。

東京・多摩市の東寺方小学校です。ここには、毎年80人前後の1年生が入学していますが、来年度から9月入学となる場合、懸念されるのは、教室の確保だといいます。

《教室がない!!》

特に問題なのは、1年生が1.4倍になるというパターンAの場合。

この学校に、来年度、入学予定の新1年生は88人ですが、もし来年9月までに、満6歳となる児童を受け入れると新たに40人ほどが加わる試算となり、少なくとも、新たに1クラス必要となります。

しかし、学校には十分な教室の空きがないため、図工室を使うことも検討しなければなりません。新型ウイルスの感染防止のため、机の間隔を開ける必要もあり、さらに教室が不足するおそれもあります。

《先生も増やさないと!》

さらに、発達の違う子どもたちを受け入れることになれば、よりきめ細かな指導が必要となり先生の数も増やす必要があるといいます。

伊藤智子校長は「大規模校では100人単位で子どもが増えるでしょうし、教室の確保や教員の確保は大きな問題になると思います。コロナの感染防止という点でクラス内の密をどう避けるかという課題もあります。課題をどうクリアするのか、きちんと解決策が話し合われてからでないと、9月入学の見切り発進は厳しいのではと感じます」と話していました。

「丁寧に議論してほしい」

幼児教育などに詳しい保育システム研究所の吉田正幸代表は「今の議論は留学制度など高等教育の視点が多いが、やはり子どもの発達を考えると、就学前の幼児教育から、総合的に議論しなければいけない。そういう意味では現在の議論のバランスは必ずしも十分ではない」と指摘しています。

そのうえで、「仮に入学時期が変わるといまでも待機児童が多いなかさらに人材の確保が必要となる。当然、保護者も影響を受け家庭と仕事の両立も問題となる。小学校や幼児期は生涯の育ちに通じる重要な時期で、予算を出せば解決する課題だけではない。9月入学で、本当に教育の質を確保できるのか、丁寧に議論してほしい」と話しています。