“密室”の恐怖 虐待やDVの被害者を救って

“密室”の恐怖 虐待やDVの被害者を救って
「元夫がずっと家にいる年末年始が恐怖でした」
10年以上も暴力を振るわれ続けた女性は、自宅で過ごす時間が増えている今こそ、多くの人たちにDVや虐待の実態を知ってほしいと取材に答えてくれました。私が見せてもらった資料には、彼女や長男が受けた被害が生々しく記されていました。外の世界との関係を絶たれ、物理的・精神的な「密室」が完成してしまうと、逃げ出せなくなります。それは、私たちの身近なところでも起きているかもしれません。(ネットワーク報道部記者 有吉桃子)

“取材してください”

その女性、Aさんと知り合ったのは、別の取材を通して知り合ったひとり親支援団体の代表からメッセージをもらったことがきっかけでした。
「外出自粛の長期化でDVや虐待のリスクが高まっています。陰惨な事件につながることを懸念しています。虐待やDVを経験した女性が取材を受けてもいいと言っているので検討してほしい」
私はすぐに代表にお願いし、Aさんに連絡を取りました。彼女は東京都内で会社員として働きながら10代と小学生の2人の息子を1人で育てています。

長男を虐待し、自分に暴力を振るった元夫とは3年前に離婚が成立。しかし、長男はPTSD=心的外傷後ストレス障害で、彼女自身も繰り返しうつ状態になり、今も精神科に通院しています。
そんな状態で取材を受けた理由を、こう話してくれました。
Aさん
「外出自粛は間違いなく虐待やDVの温床になると思うんです」
そして、2度の結婚と、それぞれの夫から受けたモラハラ(精神的なハラスメント)や暴力の数々を落ち着いた様子で説明してくれました。

最初の夫は“モラハラ夫”

Aさんは、大学を卒業してすぐに結婚し、地元を離れ、夫の赴任先で長男と3人での暮らしをスタートさせました。
“穏やかな人”と周囲に思われていた夫は、慣れない仕事で常にいらだっていました。

周りに友達もいない環境の中、彼女は家の中では完全に“弱者”だったといいます。夫は気に入らないことがあるとすぐに「誰に食わせてもらってると思っているんだ」などと暴言を吐き、物を投げつけたり食卓をひっくり返したりしました。

「お前が悪いんだ」などと始終、攻撃され続け、Aさんは、自分が悪いんだ、自分は価値のない人間なんだと思い込むようになっていきました。

離婚を決意させた子どものことば

近所の人が物音に気づいて声をかけてくれたこともありましたが、「旦那さん、ストレスで大変ね。支えてあげないとね」と言われました。

夫がずっと家にいる年末年始は特に恐怖を感じましたが、実家に助けを求めても、返ってきたのは「混む時期に小さな子を抱えてわざわざ帰って来なくても」というひと言。

Aさんは、誰にもわかってもらえないという孤独感を募らせるようになりました。
最初の夫とは、長男が4歳の時に離婚しました。きっかけは、夫が暴れたあとを片付けている時、長男が「お母さん大丈夫?僕心配してるんだよ」と言ってくれたことでした。

2人目の夫は“DV夫”

2人目の夫と結婚したのは長男が6歳の時。小学校に上がる前に“お父さん”を作ってあげたいという思いもありました。

しかしほどなく、夫は「連れ子」の長男に暴力を振るい始めました。
「子どものしつけがなっていない。女1人で育てたからだ」
直接的な暴力だけでなく、食事を取らせなかったり、風呂場で水をかけたり、学校にも行かせなかったり、虐待し続けた夫。長男には繰り返し「反省文」も書かせました。彼女がかばうと「口で言っても分からないからだ」「おまえがだめだからだ」と、さらに長男とAさんへの暴力をエスカレートさせました。

最近、大きく報じられた東京や千葉県の虐待事件のニュースを目にしたとき、彼女は、「自分たちの境遇とそっくりだ」と感じたといいます。

当時、長男が通う小学校の先生に相談したこともありましたが、返ってきたのは「実の子と思っているからこそではないですか」という返事でした。

実家に長男を避難させようと連絡しても「夏休みはまだ先でしょ」と突き放されてしまいました。
Aさん
「自分の身の回りで虐待やDVが起きているとは普通の人は思わないし、思えないのではないでしょうか。そうした“正常化バイアス”のようなものに何度も苦しめられました」

加害者は“密室”を作ろうとする

彼女の苦しみは続きました。児童相談所に相談すると、母親である自分も虐待に関わっているのではないかと疑われ、長男を施設に入れられてしまいました。

「なぜ長男と離れなければいけないのか」
「なぜ自分は暴力を受けている夫のいる家に帰らなければいけないのか」

DVと虐待が“セット”になっていることを理解してもらえず、長男と離ればなれにされ、Aさんはうつ状態に陥りました。
長男が保護されたあと、Aさんの首を絞めるなど暴力はエスカレートし、夫は「このままでは妻を殺してしまうかもしれない」と、みずから警察に通報したこともあったといいます。

しかし彼女は夫への恐怖心や「自分の味方になる人はいない」という思い込みがあったため、警察に聞かれても、暴力の事実を話せませんでした。

Aさんは児童相談所の担当者に「夫と離婚すれば早く長男を帰してもらえますか?」と聞いたこともありました。しかし返ってきたのは「離婚しても戻せません」という答えでした。

夫婦で精神科に通院し、夫の暴力のことも話しましたが、夫婦関係を改善するためのカウンセリングを勧められただけでした。結局、Aさんは、自分が暴力を我慢して夫婦関係を保つことが、息子に会える近道だと思い込むようになっていきました。

長男は2年半後に自宅に戻ることが認められましたが、Aさんと長男は実家への帰省も許してもらえないなど、厳しく行動を束縛されるようになりました。
Aさん
「DVや虐待の加害者は、周りに気づかれないように被害者と外の世界の関係を断って“密室”を作ろうとするんです。今、まさに外出自粛で被害者たちは“密室”に閉じ込められているはずです」

次男の行動に衝撃を

Aさんはその後も学校や児童相談所、警察などに相談しましたが、暴力を示す具体的な証拠がないせいか、期待しているような支援は受けられず、ちょっとした隙を見て相談窓口に電話してもつながらなかったり、冷たく対応されたりしたことがあったそうです。

友人にも「そういう話に巻き込まないでほしい」と言われ、「SOSを出しても自分の心が削られるだけだ」とあきらめるようになっていました。そんな中、強い衝撃を受けた出来事がありました。
2歳になった次男が、父親が暴力をふるうのを見て両親の仲をとりなそうとするようになったのです。幼心に暴力は避けたいと感じているようでした。

Aさんは、このまま育つと恐怖で心が歪んでしまうかもしれないと感じました。

「子どもたちをこれ以上傷つけてはいけない」

Aさんは、再び「密室」になる年末年始が来る直前、実家に連絡しないまま、子どもと新幹線に飛び乗りました。もう2度と夫のもとには戻らないという覚悟とともに。

絶望を変えた、1つの出会い

とにかく暴力から逃れたい。2人の子どもと平穏に暮らしたい。Aさんが望んでいたのはそれだけでした。

しかしそのためには仕事を失うわけにはいきませんでした。次男を認可保育園に入れるためには、夫と別居していることを証明する必要がありました。以前、DVや虐待の相談をした時の通話記録が残っていないか、警察に問い合わせました。
このとき電話に出た警察官がこれまで誰も言ってくれなかった、当たり前のひと言を言ってくれました。

「保育園どころじゃないでしょう。DVは犯罪ですよ。まず身の安全を守らないと」

「味方がいるんだ」そう思えた瞬間でした。
離婚の手続きを進めるには、夫の住む自宅に行って必要な書類をそろえる必要がありましたが、その際に警備をつけることなど、具体的な支援を提案してくれました。また、保育園の申し込みにも同行してくれました。

Aさんは、初めて、親身に対応してもらえたと感じました。Aさんは、警察の支援などで夫との離婚が成立し、DVや虐待の被害から逃れることができました。

今まさに“密室”にいる被害者のために

この時のことを、Aさんはこう振り返っています。
Aさん
「家を飛び出して“密室”を破ることができたこと。そして、自分には警察がついていると思えたこと。その2つのことでようやく被害を断ち切って逃げ出すことができました」
そして、コロナ禍が広がる中、今まさに“密室”に閉じ込められて恐怖と戦っているかもしれない被害者に、こう呼びかけています。
Aさん
「どこに逃げていいか分からないかもしれないし、どうせ助けを求めてもむだだと思っているかもしれないけれど、なんとか外の世界とつながってほしい」
被害者の家族や友人など周囲には見えにくい被害に気づいてほしいと訴えています。
Aさん
「被害者はずっと加害者と一緒にいて助けを求めることすらできないかもしれません。どうか周りの人たちは少しでも異常に気づいたら、間違いでもいいから通報してほしいです。行政など公的な機関は、なんとか親身になって助け出してほしい」

大切なのは“理解者”の存在

Aさんは被害から抜け出すために大切なのは“理解者”の存在だといいます。思えば、暴力をふるった元夫たちのもとから逃げ出す時、背中を押してくれたのは、母親を気遣ってくれた幼いわが子でした。
そしてAさんは今、DVを受けたひとり親コミュニティーに参加することで、同じような経験をした仲間に気持ちを吐き出すことができるようになりました。

自分のことを理解してくれる存在が何よりも大切だと感じています。自分を支えてくれているコミュニティーの存在を、人知れず密室に閉じ込められている被害者にも知ってもらいたいと思っています。
Aさん
「被害を受けている時は私も『逃げようとしても助けを求めても誰にも分かってもらえない。自分が悪いからだ』と思い込んでいました。でも、同じような経験をした人たちとつながることができれば、『悪いのは自分ではない』と気づけると思うんです」

Aさんの思いを受け止めたい

「今苦しんでいる被害者の心の声に気づいて1人でも多くの被害者を助けてほしい」

いまだに被害の影響で体調が万全ではない中、取材に応じてくれたAさんの思いを私たちみんなが受け止めて、被害を減らしていかなくてはいけない。そう、強く感じました。