「解放せよ!」住民デモの裏側にあった“本当のアメリカ”

「解放せよ!」住民デモの裏側にあった“本当のアメリカ”
4月15日、新型コロナウイルスの感染が急拡大し、厳しい外出制限が続くアメリカ中西部のミシガン州で、3500台の車が10キロにわたって列をつくる異様な光景があらわれた。「仕事に戻せ!日常を返せ!」と訴える住民たちによる激しいデモだった。その最中「ミシガンを解放せよ!」とデモをあおり立てるようにツイートしたトランプ大統領。この“指令”を受けた参加者たちが向かった“場所”がある。取材を進めると、デモの背景には、半年後の決戦を見据えた政治対立があった。(ワシントン支局記者 吉武洋輔)

突如発生した激しいデモ

デモの参加者から入手したこの動画。道路は車で埋め尽くされ、けたたましいクラクションが鳴り響く。

参加者たちは、このあと、民主党所属の州知事が執務する州庁舎へと向かっていったという。そして、一部の集団は、外出制限や感染予防の対策に逆らうかのように、マスクを外して車から降り、州議会議事堂の入り口で「都市封鎖を終わらせろ!」と叫び続けていた、と。
ことの発端は、ミシガン州政府が4月15日としていた外出規制を30日まで延長すると発表したことだった。

延長措置には根拠があった。中西部に位置するミシガン州の人口規模は50州の中で10番目。それにもかかわらず、感染者数は全米4位、さらに死者数は3位と深刻な事態になっていたのだ。毎日1000人もの感染者が出ていた時期だった。

そんな危険な状態にもかかわらず、住民たちが仕事場に戻りたいと訴えているという情報を耳にしたとき、にわかには信じがたかった。

デモの仕掛け人はトランプ支持者

去年秋からミシガン州を取材し続けている私たちは、現地で何が起きているのか、これまで取材した人たちに連絡をとり始めた。
「デモには1万8000人が参加した。3500台の車が10キロ近くの行列をつくった。極端な外出制限には賛同できない」
興奮した様子でこう話をしてくれたのはマット・シリーさん。デトロイトの郊外で、車両関連の鉄製品を製造する町工場の経営者だ。

シリーさんはトランプ大統領の熱狂的な支持者。さらに共和党寄りの保守系団体「ミシガン保守連合」の幹部も務めていて、今回の大規模なデモを主催したのは自分たちだと教えてくれた。

シリーさんがデモを計画した理由は、必要以上に厳しい外出制限が州の経済を悪化させているという強い不満だった。
「経営は、トランプ大統領が就任してからの3年で見違えるように回復した」
ウイルスの感染が広がる前の3月に工場を訪ねたとき、そう語っていたシリーさん。休みなく動く機械、汗をかきながら作業する10人の従業員たち。活気にあふれていた。

しかし、3月中旬の州の非常事態宣言のあと、州の経済活動はストップ。工場の受注も半減した。回復の見通しが立たない中、その苦しみと怒りの矛先を、民主党の州知事に向けていたのだ。

ちょうどこの週、トランプ大統領は、時期尚早だとの批判を受けながらも、経済活動の再開を進めたいと発言し始めていた。

そしてデモ発生の最中、トランプ大統領が「ミシガンを解放せよ!」とツイート。デモは大統領の方針に沿って、支持基盤の保守系団体が仕掛けたものだった。
実際、当日の写真をみると、トランプ大統領の名前が書かれたフラッグを掲げる車がいくつか見える。結局この翌日、トランプ大統領は正式に経済活動の再開指針を発表。

その前後に7つの州で起きた住民によるデモを調べると、ミネソタ州やバージニア州など5州の知事は民主党だった。

一方で、共和党の知事がいるテキサス州やオハイオ州などは次々に経済活動の再開予定を発表し始めた。アメリカに広がる“分断”は、新型コロナウイルスの対応でも浮き彫りになった。

大統領が警戒する女性知事

特にミシガン州のデモの規模がより大きかった背景に、州知事、グレッチェン・ホイットマー氏の存在がある。日本ではまだなじみはないが、アメリカでは知名度が急上昇している民主党のホープだ。

とりわけその能力を買っているのが大統領選挙の民主党の候補者指名を確実にしているバイデン前副大統領。
メディアの間では、バイデン氏がホイットマー知事を副大統領候補に選ぶのではないかとの予想がある。バイデン氏が、今月14日に開いたオンラインによる集会にもホイットマー知事がゲストで登場し、その信頼の厚さがうかがえた。

ホイットマー知事は、ミシガン州で生まれ育ち、州議会の議員を務めたのち、知事に就任した48歳。颯爽(さっそう)としたいでたちと、丁寧に語りかける口調が印象的だ。
民主党執行部の評価を高めたのが、初当選したおととしの知事選挙。4年前の大統領選挙で、ミシガン州では、クリントン氏がトランプ大統領に僅差で敗れた。そんな中、ホイットマー氏は、超党派の課題だったインフラ整備を公約に掲げる戦略で、共和党の支持層も取り込み、民主党に8年ぶりの知事ポストをもたらした。

毎年、大統領による施政方針を示す一般教書演説が行われる日、野党もこれに対抗して党の方針を発表する。ことし2月、民主党がそのスピーカーに選んだのがホイットマー知事だった。この反論演説で、知事の名は、全米にも知られるようになった。

自身を批判する激しいデモのあと、ホイットマー知事はテレビ番組の出演できぜんとした態度でこう話した。
ホイットマー知事
「人々が感じているいらだちも理解できます。しかし、マスクをしていない人が、子どもたちに素手でキャンデーを配っていました。このような行動は危険です。私の政策を支持するかどうかにかかわらず、皆それぞれが役割を果たさなければなりません」
目を引く存在にトランプ大統領も警戒する。デモが起きる3週間ほど前の記者会見で、政府の感染防止対策を批判するホイットマー知事を「the woman in Michigan(ミシガンの女)」と呼び、批判は的外れだと反発した。

ホイットマー氏はすぐにツイッターで「私の名前はホイットマーよ」と応戦。デモの前から対立は始まっていた。

半年を切った大統領選挙

次の選挙もトランプ大統領のほうに分があるのではないか。新型コロナウイルスの感染拡大前、ミシガン州での取材で、そんな感覚になることが何度かあった。失業率が3%台という好調な雇用環境と株高を受け、生活に強い不満をあらわにする人が少なかったからだ。

ところが、その景色は信じられないようなスピードで一変した。
“1929年の大恐慌以来の悪化”といった表現さえ頻繁に使われるありさまだ。とりわけ失業は深刻で、ミシガン州でもトランプ大統領が誇った成果は一気に薄れている。

ただそれは、この地をつかさどるホイットマー知事にも跳ね返ってくる問題だ。今回のデモでも見られたように、ここミシガン州で、感染防止策や雇用対策をめぐる与野党の攻防が激しくなることは言うまでもない。

半年後に待ち受ける決戦までに一体何が起こるのか、取材を続けていきたい。
ワシントン支局記者
吉武洋輔
2004年入局
名古屋局・経済部を経て現所属