10年間で3450人が死亡 農作業に潜むリスクとは

10年間で3450人が死亡 農作業に潜むリスクとは
“危険な産業”と指摘される農業。農作業中に死亡したのはおととしまでの10年間に全国で3450人に上ります。なぜこれほどまでに多いのか。わたしたち取材班がさらに取材を続けると農地に潜むさまざまな“ミスマッチ”が死亡事故を引き起こす可能性があることがわかってきました。平地が少ない日本では田畑の耕作面積をできるだけ広げてきた結果、幅の狭い農道やあぜ道が多くできました。そして生産効率を高めるために長年、進められたトラクターの大型化。いま農家の平均年齢は67歳と急速に高齢化が進んでいます。(大分局記者 宮本陸也 ネットワーク報道部記者 松井晋太郎)

“こんな形で夫を亡くすなんて…”

中城昭恵さん
「このような形で自分の夫を亡くすとは思わなかったので、6年たった今も、とても悲しい」
こう話すのは、大分県竹田市の山あいに住む中城昭恵さん(76)です。6年前、米農家だった夫の建士さん(73)をトラクターの事故で亡くしました。

事故が起きたのは10月下旬。建士さんは稲刈りを終えた田んぼに牧草を植えるため、自宅を出たまま、帰ってきませんでした。その後、自宅近くの田んぼでトラクターの下敷きになった状態で見つかり、帰らぬ人となりました。

トラクターで通るのがギリギリの場所

なぜトラクターの下敷きになったのか。建士さんは田んぼのそばの坂道でトラクターを運転中に脇にそれ、約2.5メートル下の田んぼに転落したことが当時の警察の捜査で分かっています。

農作業を終えていったん坂道を上がりかけたものの、なぜか途中でバックし戻ろうとしていたとみられています。
坂道は傾斜が急で、幅が約2メートルでした。トラクターの車幅が2メートル弱だったため、通るのがギリギリ。少しでもハンドル操作を誤れば、道を外れて転落しかねない危険な場所でした。

建士さんは50年以上前から兼業農家として米を作り、勤め先を退職後、専業農家となりました。トラクターなど農業機械の運転や操作がうまかったため、事故で命を落とすとは夢にも思わなかったと、昭恵さんは振り返ります。
中城さん
「農作業中の事故で人が亡くなったという話を聞いたことはあったけど、夫は機械の扱いが上手で、農業の経験も長かったので心配していませんでした。まさか、この田んぼの周囲に危険が潜んでいるとは思いもしませんでした」

農場と機械の“ミスマッチ”

なぜ死亡事故が相次ぐのか。

専門家の中には、これまであまり意識されてこなかった視点の重要性を説く人がいます。環境工学を専門とする宇都宮大学農学部の田村孝浩准教授です。

従来の研究では、操作ミスなどの「人的な要因」か、整備不良や安全装置の不備といった「機械的な要因」から過去の農作業事故を分析し、対策を考えるのが主流でした。しかし、人や機械だけでなく、「環境的な要因」にももっと目を向けるべきだというのが田村さんの主張です。

平地の少ない日本では、農地を整備する際、少しでも土地を有効活用し、田畑の面積を広く取ることが重要視されてきました。その結果、田畑の間のあぜ道や農道の幅は必然的に狭くなり、道から田畑に下りる際の傾斜も急になっています。

ただ、こうした農地ができたのは、牛馬にすきを引かせたり、人が押す歩行タイプの耕うん機を使ったりして土を耕していた時代。道が狭くても、傾斜が急でも問題はありませんでした。

ところが、昭和40年代以降、乗用型のトラクターが普及するなど、大型の農業機械が使われ始めると、事情が変わります。農場の環境と機械の間に“ミスマッチ”が生まれてしまったというのです。
田村准教授
「過去の区画整理は、当時主流だった小型の農業機械を前提として設計されています。このような圃場で現在の大型農業機械を使うとミスマッチが生じる。問題なのは、こうしたミスマッチが転倒・転落事故のリスクとなり、しかも農業者がこのリスクを理解していないことです」
最近では、こうした環境面のリスクが少しずつ注目されるようになり、農地の区画整理の際にあぜ道の幅を広げるなどの取り組みも一部で見られるようになりました。

しかし、担い手の高齢化が進む中、環境の改善にもっと力を入れていくべきだと、田村准教授は力を込めます。
田村准教授
「農家の年齢や経験、技術などと関係なく、誰もが安全に作業ができるのが理想的な農場です。例え操作ミスや機械の不備があってもカバーできるくらいの安全な環境を整えていかなければならない。そうしないと、“農業は危険だ”という汚名は返上できないと思います」

トラクター事故を防ぐ取り組みも

取材を進めると農業の安全対策を徹底している農家が鹿児島県指宿市にあることがわかりました。この「大吉農園」を経営する大吉枝美さんに話を聞きました。

大吉さんは、14年前に夫が祖父母の農家を継いだことをきっかけに看護師をやめて夫婦で一緒に農業を始めました。大吉農園は、大吉さん夫婦のほか地域の女性たちを中心に合わせて13人が働いていてキャベツや枝豆、ケールなどの露地物の野菜を栽培し出荷しています。
大吉さんは、トラクターは農作業をするうえでなくてはならない機械だと思っています。大吉農園でも100馬力を超える大型のトラクターから20馬力の小型のトラクターまで合わせて6台を所有していて耕うんや畝立て作業、それに肥料をまいたり除草したりと農作業全体の3割ぐらいをトラクターに頼っています。
大吉さん
「とても便利な機械だと思います。作業効率を考えるとこれらを手作業ではできません。定植の作業の前後は、ギリギリまでトラクターで行っています」

ヒヤッとした瞬間も

大吉さんは、農業を始めた頃、最初に乗ったトラクターに驚きました。
大吉さん
「車体の前が軽い反面、後ろのほうがこんなにも重いんだと感じました普通の車と重心が違うなと」
トラクターは、車体の後ろに作業機を付けていることもあり、そもそも重心が不安定です。
大吉さん
「ちょっとした段差や畑の中の土の凹凸でバランスを崩すと簡単に転倒するかウイリーするかしてしまう機械なんだなと思いました」
そしてトラクターを運転していてヒヤッとした瞬間もあったといいます。

ある夕方、トラクターに乗って畑に入る時の下り坂を降りていた時、思ったより急な角度の坂にバランスを崩して車体全体が前のめりになって転倒しそうになりました。
大吉さん
「あのまま倒れていたら完全に下敷きになっていたと思います。怖くなってギアを入れ直して下ってきた坂道を注意して戻りました」

安全対策で事故「0」を

こうした経験から安全に作業を進める方法を見直しました。転びそうになった畑に入る坂道は、土を盛って傾斜を緩やかにしました。
そして、畑の中でも幅のあるトラクターが安全に通れたりUターンをする際にあぜ道の傾斜に乗り上げて転倒したりしないようにあえて作物を植える量を減らしています。畑いっぱいに野菜を植えたほうが経済的には利益が出ますが安全を優先して余裕を持った畑にするようにしています。

さらにトラクターも運転に慣れた限られた従業員にして不慣れな運転をしないように徹底しています。大吉さんは最近では、近くの農家で高齢でトラクターの運転が難しくなってきた人には代わりにトラクターの作業を手伝っているということです。
大吉さん
「農業という仕事にやりがいを持っていますが安全に作業をしなければ楽しく仕事はできません。家族や従業員含めて安心・安全な職場作りが大切だと思っています。みんなで農業事故「0」を目指していけたらうれしいです」

“危険な産業”

農作業中の事故でどれだけの人が亡くなっているのか、農林水産省が今月、最新のデータを公表しました。

それによると農作業中に亡くなった人は274人でした。農作業中の死亡者は、統計を取り始めた昭和46年以降、300人以上で推移していました。

最新のデータでは農家の減少などを背景に初めて300人を下回りましたが、農作業中の事故で命を落とす人が後を絶たないのが実態です。農作業中に死亡したのはおととしまでの10年間に全国で3450人に上ります。

さらに深刻なデータがあります。下のグラフをご覧ください。
死亡した人の数は、10万人当たりで建設業が6.1人なのに対し、農業は15.6人と2.5倍以上。すべての産業の1.4人と比較すると10倍以上の人が作業中に命を落としています。

農業は、危険な産業の1つとなっています。

安全な産業でなければ

では、死亡要因としてどのような事故が1番多いのか。突出して多いのが乗用型トラクターでの事故になります。

昭和40年代までは、歩行型のトラクター事故が目立っていましたが昭和の終わり頃から平成に入ると機械の大型化にともなって乗用型のトラクターの事故が目立つようになりました。
平成30年に農作業中に死亡した274人のうち乗用型のトラクター事故で亡くなったのは73人。このうち6割以上にあたる46人がトラクターの転倒や転落で亡くなっています。

また農業の高齢化も伴って亡くなった人のうち65歳以上は237人と全体の9割近くを占めていて調査を始めてから最も高い割合になりました。

農林水産省では、農業が安全な産業でなければいけないとして令和4年までにトラクターでの事故を含む農業機械作業での事故を平成29年に比べて半数にするべく安全対策を強力に推し進めることにしています。

農作業中の事故について私たちは引き続き取材を進めていきます。皆様からの情報提供をお待ちしています。
大分放送局記者
宮本陸也
平成30年入局
警察・司法担当キャップ
外国語大学でラオス語を専攻
ネットワーク報道部記者
松井晋太郎
平成17年入局
スポーツニュース部でプロ野球や陸上、フィギュアスケートなどを担当し、2年前から現所属。
ふるさとは、田んぼや畑に囲まれた田園地帯。