漂流妊婦、救う糸

漂流妊婦、救う糸
「自宅のトイレで出産」
「ドラッグストアで出産」
「赤ちゃんの遺体を遺棄した疑いで逮捕」

私はアナウンサーで、こうしたニュースをしばしば読んできた。2分に満たない原稿を読む中、いつも感じてきたことがある。大変な出産を、誰にも頼らずにしてしまうのはなぜなのだろう。背景を自分で確かめようと取材した。(アナウンス室 池田耕一郎)

生理が止まることを知らない

「にんしんSOS東京です。どうしましたか」
取材に応じてくれたのは東京・豊島区にあるNPO法人ピッコラーレ。助産師、看護師、保健師、社会福祉士で構成されていて、妊娠によって孤立することなく幸せに生きることができる社会を目指して活動を行っている。

団体では電話やメールで、妊娠に関わる相談を年中無休で受けている。寄せられる相談は1か月で延べ700件。毎日、20件以上の相談が来ている計算だ。

取材にうかがったこの日、男子中学生から相談の電話がかかっていた。優しい声で寄り添うように答えていたのは助産師の中島かおりさんだ。やりとりは40分以上続いた。
中島さん
「彼女を妊娠させたのではないか、という相談でした。相談の6割くらいは相談者に合わせて性教育をしているという感じです」
「相談を受けていると日本では性に関わる教育が十分ではないように感じます」

「例えば、妊娠をすると生理が止まることを知らない女の子がいます。すると妊娠に気づくのが遅れ、おなかの中の赤ちゃんは大きくなっている。“産むのか産まないのか、産んだあとに自分で育てられるのか”、そういうことを真剣に考える時間を得ることが難しいケースも珍しくありません」

ネットカフェの妊婦

深刻なケースの相談は増えていて、昨年末に多かったのがネットカフェで生活している妊婦からの相談だと言う。
中島さん
「通信販売業者の倉庫で衣料品こん包のアルバイトをしながらネットカフェで生活している妊婦から相談を受けたことがあります。彼女は相談してきたときすでに妊娠30週を超えていました」

「ネットカフェで暮らし、日払いのアルバイトで生活はできてしまう。おなかがどんどん大きくなってきて、ここでお産になったら困るというところで相談を頂きました」
中島さん
「行政につながり福祉の支援を受けながら暮らせればいいのですが、行政に相談に行くことを思いつかなかったんです。妊娠したことは自己責任だからという社会のムードのようなものを感じているのだと思います」

「私たちが何気なくパソコンをクリックして購入した商品をこん包していたのは彼女かもしれない。この課題はどこか知らないところで起きているのではなく、すぐ身近で起きているのだと知ってほしいです」
出産して自分で育てるのか、それともどうするのか、それを考える時間がほとんどない状態で、相談に来るケースもある。ただ電話をかけてくれるだけよいと中島さんは言う。支援につなげられる可能性があるからだ。
中島さん
「相談してくれるだけいいんです。それだけのエネルギーがあるからです。でもそれは氷山の一角です。その裏には相談したくてもできない大勢の人がいると思っています」

孤立出産

医療機関にかからないまま一人きりで出産した女性からの相談もあったそうだ。その相談は休日を控えたある日、メールで届いた。
「寮で一人きりで赤ちゃんを産みました」
風俗関係の仕事をしている女性からだった。匿名で住所も電話番号も分からない。当時、活動を始めたばかりの中島さんはおよそ10名のスタッフと交代で2週間、24時間体制で連絡を取り続けた。メールだけでつながる細い糸を途切れさせないように。
「おっぱいは出ている?」
「赤ちゃんの顔色はどう?」
女性には妊娠や出産がわかったら寮を出なければならない事情があった。しかし、このままの状態を続けられない。ある程度の信頼関係ができ、赤ちゃんの名前、住んでいる地域を教えてもらえたころ、メールで切り出した。
「○○さんという保健師があなたのことを理解して受けとめてくれます。この電話番号にあなたから連絡してください」
女性と赤ちゃんは無事、必要な支援につながることができた。

減らない0か月0日死亡

調べてみると実は子どもの虐待死のうち、20%から30%くらいが産まれたその日に起きていた。専門家の間で「0か月0日死亡」と呼ばれている。例えば国の2017年度のデータでは、把握されている子どもの虐待死は52人。このうち0歳児は28人。さらに詳しく分析すると「0日」での死亡は14人。つまり全体の4分の1が産まれたその日の死亡なのだ。
中島さん
「0か月0日での虐待死は母親があやめた場合もあれば、未熟児で産まれ母親が力尽きて必要な支援につなげられなかったケースもあります。母子手帳を持たず、妊婦検診も受けず、自宅やトイレで産み落としていることが報告されています」

漂流し、自分を差し出す

別の形で孤独な出産につながりかねない女性たちもいる。
居場所がなくて転々とする女性たちで、中島さんたちはその行動を「漂流」と言っていた。ツイッターで家出した女性たちが使う「#神待ち」というハッシュタグ。
その日、泊まれる場所を探して、知らない男性の家に泊まるうちに妊娠してしまうケースが相談の中にある。
中島さん
「差し出すものが自分自身になってしまう。相手もそれを期待しているし、自分もそれしかないと思っている」

「大切に扱われてきていない成育歴のなかで、自分を大事にするってどういうことなのか理解することがすごく難しいと思うんです」
中島さんは家出少女を泊めてくれたり、スマホを与えてくれたりする男性に対して、福祉団体の支援が負けてしまっている状況をなげいていた。
中島さん
「まだ子どもである女性たちに必要なタイミングで必要なサポートを届けられないのは、大人や社会の責任のはずです。それなのに彼女たちは自分のせいだと思い込まされているような気がします」

新型コロナの影響

中島さんたちのNPΟの妊娠に関する相談は10代を中心に急増している。件数は去年に比べて5割から7割も増え、相談内容にも新型コロナウイルスの影響が出ている。

「コロナの影響でお金がないので産んでも育てられない」
「コロナで収入が減って病院に行けない」
「中絶の費用が払えない」
一方で、以前多かったネットカフェで過ごしている妊婦からの相談はなくなった。
中島さん
「ほかの支援につながっているかもしれませんが、どこかでギリギリまで自分1人で抱えている妊婦も多いのではないかと思います。今後、影響が一気に出てくるのではないかと不安です」

妊婦の保護施設オープン

こうしたなか、中島さんたちのNPOでは先月30日、project HOMEという妊婦のための保護施設をオープンした。
漂流する妊婦たちをいつでも保護できる場所を作ろうと東京・豊島区の空き家利活用事業を利用して、閑静な住宅街にある2階建ての一軒家を借り受けてリフォームした。個室を2部屋用意して、妊婦の滞在中はスタッフが宿直をしてサポートを行う。

支援が必要な妊婦の生活が落ち着くまでゆっくり過ごしてもらおうと考えている。運営費用は民間の助成金や寄付でまかなう計画だ。
中島さん
「一人きりで赤ちゃんを産み落としている女性たちは命がけで産んでいます。なんとか赤ちゃんを救おう、救いたいと考えていたかもしれない。妊娠の困りごとを妊婦だけに押しつけている、妊婦がそう感じてしまう社会を変えていきたいです」
さまざまな相談に対応してきた中島さんはそう話していた。妊婦のための保護施設がほとんどない日本で今回の取り組みが広がっていくのか、各地で注目されている。

孤独な妊婦とつながった細い1本の糸を、切らすことなく懸命に紡ぎ少しづつ太くして支援につなげている人たちがいる。短い原稿からではわからない現実があった。

「にんしんSOS東京」03-4285-9870
ネット回線を使った通話料が無料の電話は「にんしんSOS東京」のホームページから
アナウンス室
池田耕一郎