不安が呼ぶ“デマ” その背景とは

不安が呼ぶ“デマ” その背景とは
「感染者は○○の会社で出たみたい」「○○に住んでいるらしい」ー。新型コロナウイルスの感染が広がる中、インターネット上に広がるデマ情報。最近も、感染が確認されたあとに高速バスで山梨から東京に戻った20代の女性について、勤務先のデマ情報が拡散しました。なぜ出回るのか。そこには、かつてない「コロナ禍」での感染の不安が、人々の心理を刺激する状況が生まれていました。(長野放送局 記者・間瀬有麻奈 ディレクター・伊藤雅人)

“デマ”拡散した人の考えとは

感染者に関してネット上に出回るたくさんのデマ。私たちは今回、そうしたデマや不確かなうわさをSNSに流していた複数の人に接触しました。
そのうちの1人が明かしたのが、ちょっとした「正義感」。長野県内で起きた事例で情報を拡散した人は「情報が広がれば、自粛などの危機感を持たせる意味も込めて書き込んだ」といいます。ただ、情報の出もとはわからず、真偽は確かめなかったとのこと。

そのうえで「自分が書き込んだことも忘れていた。誤った情報であったことは特に何も思っておらず、むしろ、それで注意しようと思うきっかけになっただけでよかったと思う」と振り返っていました。

“デマ”否定で新聞広告も

情報を拡散した人の思いとは違い、デマの対象となった当事者は苦しんでいました。

「弊社の社員がコロナウイルスの感染者であるという噂話が広がっているようです」「これは事実無根です」

ことし3月、長野県の地元新聞に異例の広告が掲載されました。長野県松本市にある住宅建築会社「小林創建」の社長、小林稔政さん(46)が、事実を無視して広がっていくデマを打ち消そうと掲載しました。
デマが出回り始めたのはことし2月。会社がある松本市やその周辺の地域で、初めての感染者が確認された直後でした。感染者が住んでいる場所についての根拠不明の情報をきっかけに、小林さんの会社の名前が出てきたといいます。

「感染したのは社長らしい」とか、「社長の妻も感染したらしい」などといった内容でした。しかし、全く事実とは違いました。県が発表した感染した男性は60代でしたが、小林さんは40代。それに結婚もしていません。
それでもデマはどんどん拡散し、会社のホームページへのアクセスも急増します。取引先からの問い合わせも相次ぎ、経営に影響が出るのではないかと懸念したため、新聞広告を掲載しました。費用はおよそ40万円。本来、全く必要のない出費でした。

小林さんは「うわさに尾ひれが付いて、どんどん拡散していきました。コントロールできない状況に非常に怖さを感じました」と当時を振り返ります。

立ち寄り先だと名指しされ

感染者が立ち寄ったというデマを流された店もありました。長野県飯田市の居酒屋「つぼ八」は、ことし3月に飯田市やその周辺の地域で感染者が確認された直後から、その感染者が立ち寄った店の1つとしてネット上にリストアップされたのです。

店を経営する谷口亜貴子さん(33)が、すぐに保健所に確認したところ情報は全くのうそ。しかし、リストはどんどん拡散していきました。
店を訪れた客や友人からも「感染者が来たんでしょう」などと指摘されるようになり、谷口さんは店頭に「無関係」との貼り紙も出しました。しかし、デマはなかなか無くならず、客足は急激に落ち込んだといいます。

谷口さんは「どれだけ違うと言っても信じてもらえないのがショックでした。感染の不安があるのも分かりますが、うその情報を名指しで書くのはやめてもらいたいです」と訴えます。

“不安”背景に働く心理

深刻なデマの被害。なぜ拡散するのか。諏訪赤十字病院の臨床心理士、森光玲雄さんは、その背景として「感染への不安」が広がっていることが根底にあると分析します。そして不安の先に主に3つの心理が働くといいます。

1つ目が、自分だけが情報を知っているという「優越感」。2つ目が、感染を広める行動をした人を「非難する気持ち」。そして3つ目が、感染拡大を防ごうという「正義感」です。

森光さんは「多くの人はよかれと思って『こういうところに危険が潜んでいるらしいぞ』『一緒に警戒しよう』というふうに広めてしまいます。正しい情報がない、情報がなかなか手に入りづらいことが疑惑の目を生んで、臆測が高まり、うわさやデマが生まれる要因になっていると思います」と話します。

情報を出すことで“デマ”防ぐ

感染拡大による不安が広がる中、デマを広げないために先手を打ったケースもあります。
長野県山ノ内町にある「渋ホテル」では、先月、従業員の感染が確認されました。ホテルはその直後から、感染した従業員の勤務記録や検査までの行動をホームページ上で詳細に公表したのです。県の公式発表では明らかにされない内容。正しく詳しい情報を出すことで、デマを打ち消せると考えたといいます。
この行動に対して、ネット上では、称賛や応援のコメントが相次ぎました。

「対応は素晴らしい」、「渋ホテル頑張れ」。ホテルを励ますコメントの数々。経営する山田和由さん(56)は「『大変だけど頑張って』『また行くよ』というご意見もあり、判断は間違っていなかったと思いました。将来への不安も少し和らぎましたし、ありがたいです」と今の思いを語ります。

当事者に寄り添うことこそ大切

臨床心理士の森光さんは、デマに対してみずから行動した渋ホテルを評価しています。一方で、当事者が努力しなくてもいいように社会全体で支えていくことはさらに重要なことだとして、「ウイルスによって病気になることは医学的にも自然なことです。感染することを、さも悪いことのようなバッシングをする空気に対して声をあげ、むしろ感染した人を応援して支えて『大変だったね』というふうに寄り添う気持ちを社会のなかで増やしていくことが大切です」と訴えます。

次に“デマ”流すのは自分かも。問われる意識

「隣に住んでいる人が感染したらしいよ」

もし身近なところでそんな話を聞いた時に、自分だったら、情報の真偽を確認したり、他の人に伝えたりしないでいられるだろうか。
取材を通して感じたのは「誰しもが意図せず“デマ”を流す側になりかねない」という思いでした。

感染への不安、見えないウイルスへの恐怖が増す中、本来ウイルスに向けるべき嫌悪の気持ちを、特定の“誰か”に向けてしまう時があると感じる人は多いのではないでしょうか。

ただ本当に苦しんでいるのは、感染した人やその家族、それにデマの対象となった人たちです。いつ自分が感染するかわからない中で、そうした人たちにどうやったら寄り添えるのか、一人一人の意識が問われているのだと思います。
長野放送局記者
間瀬有麻奈

平成28年入局。
警察・司法などを担当。
長野局放送局ディレクター
伊藤雅人

平成29年入局。
ドキュメンタリー番組の制作を担当。