新型コロナ感染 弁護士が労災相談に応じる「緊急電話相談」

新型コロナ感染 弁護士が労災相談に応じる「緊急電話相談」
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医療や介護などの現場で働く人たちが新型コロナウイルスに感染するケースが相次ぐ中、弁護士が労災の相談に応じる緊急の相談ダイヤルを実施しています。
この相談ダイヤルは、医療や介護従事者のほかスーパーの従業員など社会機能を維持するために働く人たちが感染したり、長時間労働になったりしているとして、過労死の問題に取り組む弁護士グループが緊急で実施しました。

相談は午前10時から始まり、このうち東京 文京区の事務所には早速、医療従事者や公務員などから相談の電話が寄せられていました。

新型コロナウイルスに関する労災認定について厚生労働省は、医療、介護従事者は原則、労災と認めるほか、それ以外の仕事でも客と近づいたり接触したりする機会が多い場合などは、業務によって感染した可能性が高いとして感染経路が分からなくても個別に判断する方針を示しています。

相談にあたっている川人博弁護士は「仕事を続けていて感染したり、過重労働になったりしている人は相談を寄せてほしい。迅速に労災に認定してもらえるよう国に働きかけていきたい」と話していました。

電話相談は8日から9日にかけて21の都道府県で実施され、東京では8日午後3時まで、番号は0120-111-732です。

労災保険とは

労災保険とは、労働者が業務や通勤が原因でけがをしたり、病気になったり、さらには死亡したりしたときに、治療のため病院にかかる費用や、療養のために仕事を休み、賃金が得られない場合の休業補償など、必要な保険給付を行う制度で事業主が支払っている保険料でまかなわれます。

労働災害が発生した場合は、本人やその家族が事業主や医療機関に協力してもらって請求書を作成し、各地の労働基準監督署に提出します。

請求書を受理した労働基準監督署は、業務によるけがや病気にあたるかや休業が必要かなどを調査して、支給するかどうかを決定する仕組みとなっています。

感染した看護師 労災申請できず

企業の中に設けられた診療所で契約の看護師として働いていた女性は、新型コロナウイルスに感染したにもかかわらず、労災を申請することすらできずにいます。

最初の壁となったのは、感染を確認するためのPCR検査でした。

女性はことし3月中旬から37度前後の微熱に加え頭痛や吐き気、せき、たんなどの症状が出ました。

4日たっても症状が治まらなかったことから、保健所の「帰国者・接触者相談センター」に連絡しましたが、国が目安として示していた37度5分以上の熱がなかったため、PCR検査を受けさせてもらえませんでした。

女性の働いていた診療所には、中国の出張から帰ってきた従業員や、感染が確認された施設に出入りしていた従業員も診察を受けに来ていましたが、陽性が確認された人はいなかったため、対象にならなかったということです。

女性は、「ぜんそくの持病もありどんどん咳が強くなって夜も眠れないくらいの状態になっていましたが、断られました。看護師なので知識はある程度あり、いつもの風邪と違うと感じていました。それを訴えてもシャットアウトされてしまい、納得できませんでした」と話していました。

結局、発症から16日後、かかりつけ医から保健所にかけあってもらい、ようやく検査で感染が確認されました。

そして1週間余り入院したあと、労災を申請しようとしたところで、さらに壁にぶつかりました。

会社が、労災の申請に必要な書類の作成に協力してくれなかったというのです。

女性は、ちょうど3月末で契約が終了した直後で、元上司に連絡しても返事はなく、元同僚からは社内で感染の事実を他にもらさないようにと指示があったと聞かされたということです。

また、保健所に感染経路の調査について問い合わせたところ、感染が分かった時点ですでに2週間以上が経過し、職場で発熱している人が確認されなかったとして、経路を特定しないままに調査を終えていたことがわかりました。

保健所との電話を録音した音声データには、女性が診療所で発熱した従業員と接していたと説明したうえで、感染経路を特定するためにそうした従業員を調べて欲しいと訴えるのに対し、保健所の職員が「発熱した人は確認できなかった。今から調査は難しい」と断るやりとりが残されています。

女性は4月からは別の病院で正社員の看護師として働く予定でしたが、今も微熱のほか頭痛やせきなどの症状が続いているため、新しい職場に行くことができていません。

シングルマザーで20代の子どもがいて、借りた学費の返済も残っているため、仕事に復帰するめどもたたない中、今後の生活に不安を抱いています。

女性は、「今も微熱やせきなどの症状は続いていて、特に頭痛はときおり強烈な刺すような痛みで動けなくなることもあり、とても働ける状態ではありません。PCR検査は陰性になっていますが、強い頭痛で脳梗塞になるのではないか、死んでしまうのではないかと心配になることもあります。社会人の上の子どもは職がなくて困っているので助けてあげたいし、下の子どもの学費の返済もあるので、子どもたちのことを思うと不安がつきません。会社にも協力してもらって労災に認定してほしい」と話していました。

労災めぐる国の方針と課題

厚生労働省は、新型インフルエンザが発生した11年前、医療従事者は原則、労災と認める方針を示しています。

今回の新型コロナウイルスは、無症状でも感染を拡大させるリスクがあるという特性を踏まえ、より柔軟に対応する方針を示しています。

具体的には、医療や介護に従事する人は仕事以外で感染したことが明らかな場合を除いて、原則、労災と認めること、さらに、それ以外の仕事に従事する人についても職場で複数の感染者が確認された場合や、客と近づいたり接触したりする機会が多い場合は、業務によって感染した可能性が高いとして、感染経路がわからなくても個別に判断することにしています。

想定されているのは、小売業やバス・タクシーなどの運送業、育児サービス業などで、症状が出るまでの潜伏期間の仕事や生活状況などを調べ、業務との関連性を判断します。

厚生労働省によりますと、新型コロナウイルスに感染した人からの労災の申請は4月30日の時点で全国で4件あり、調査を進めているということです。

一方で、労働問題が専門の川人弁護士は「感染症はこれまでも感染経路の特定が難しく、労災と認定させるのが『至難の技』だった。申請数も少なく、現場への周知徹底が必要だ」としたうえで、「通勤のために満員電車にのって感染した場合については、まだはっきりしておらず、不十分な点もある。適切かつ迅速な労災認定が求められる」と指摘しています。

労災認定に不安の社会福祉士

仕事で感染しても労災と認められるのか不安だという声は医療従事者以外からも挙がっています。

大阪府内の社会福祉協議会に勤める40代の女性は、社会福祉士として自治体の窓口に派遣され、生活困窮者への資金の貸し付けなどの業務を行っています。

相談に訪れる人の数は、以前は1日に1人か、2人ほどでしたが、緊急事態宣言が出された4月以降は相談が10倍以上に増え、それに対応する人の数も2人から9人に増えました。

このため職場は常に人で混み合い、感染リスクと隣り合わせの中、毎日、夜の11時近くまで残業する状態が続いています。

厚生労働省は、医療や介護従事者については原則、労災を認めるとした一方、そのほかの仕事では個別に判断するとしているため、女性は「仕事での感染が明確でないと認めてもらえないのではないか」と不安を感じているといいます。

そのうえで「医療や介護だけでなく福祉の相談もリスクが高いことを知って欲しい。事態の長期化で相談に来る人が押し寄せると思うと怖い。積極的に労災を認めてくれないと安心して働けず現場が崩壊する」と話しています。

労災の少なさ「問題ある」

新型コロナウイルスの感染による労災の申請は、4月30日の時点で医療従事者の2件を含む、合わせて4件にとどまっていることについて、医師で作る労働組合は「問題があると言わざるを得ない」と危機感を示しています。

全国医師ユニオンの植山直人代表は「各地で院内感染が起き多くの医療従事者の感染が明らかなのに申請が少ないのは疑問だ。普段の生活を取り戻すのに精一杯で申請までたどり着いていない人も多いだろうが、このまま申請が増えない場合、日本の多くの医療機関に問題があると言わざるをえなくなる」と、危機感をあらわにしました。

そのうえで、申請の課題として感染を証明するために必要なPCR検査の件数が少ないことや、職場が申請に協力しない、いわゆる「労災隠し」の懸念を挙げています。

植山代表は「検査をしてもらえないと感染したという証明がとれず、労災も認定されない。いつ感染してもおかしくない医療従事者は労災の枠組みと検査をセットで行い、きちんと労災を認めてもらう必要がある。厚生労働省は幅広い救済を前面に出して欲しい」と話しています。

専門家「幅広く認定を」

新型コロナウイルスに感染した場合の労災認定について、労働問題に詳しい専門家は医療や介護の従事者だけでなく広く認めるべきだと指摘しています。

NPO法人「東京労働安全衛生センター」の天野理さんは、「公共交通機関を使うだけで感染のリスクがある以上、職種にかかわらず労災を広く認定すべきだ。感染経路の特定が難しいという特性があるのでどういうケースが労災と認められるのか分からず労働者は不安を感じている。このため厚生労働省は今後、労災と認めた事例をきちんと発表し、同様のケースがあれば申請するよう呼びかけるべきだ」と訴えています。

一方で、働く人に対しても「仕事で何をしたのか、誰と会ったのか、どこで、何時間働いたのかをメモで残しておくべきだ。感染した場合だけでなく過労や精神疾患になったときも労災を申請する資料に使える」として、日々の行動記録をとることを勧めています。