瀬戸際の保健所 いま何が起きているのか

瀬戸際の保健所 いま何が起きているのか
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新型コロナウイルスの感染拡大で、全国各地の保健所で業務が切迫しています。保健所には患者と医療機関をつなぐ重要な役割がありますが、今その両者の間で難しい対応を迫られています。
東京の北区保健所では、これまでに感染者61人の対応にあたってきました。医師や保健師など10人ほどが相談業務から医療機関との調整までを一手に担っています。

取材に訪れたのは先週。朝からひっきりなしに電話がかかっていました。
この日受け付けた相談件数は100件以上。主な相手は、不安を訴える区民と、患者を受け入れる医療機関です。

相談で多いのはPCR検査について。この保健所では医療機関と相談し、原則検査を行っているということですが、今の検査態勢ですべての要望に応じることは難しいといいます。
(指揮をとる長沼孝至医師)
「圧倒的にえたいの知れない病気であるので、正しい情報が何なのかもわからない。だから対応も難しい。区民の方々も医療機関も、僕らにしか当たるところがないんですね。やっぱりいろんな矛盾が感じますが、はけ口が僕らしかないんです」

さらに困難となっているのが、入院先の確保です。

この日は感染が確認された外国人2人の患者の入院先を探しました。幸いすぐに受け入れ先の病院が見つかりましたが、10回以上断られることもあるといいます。

患者の搬送も容易ではありません。
今は職員の数が足りないため、軽症患者の場合は民間の救急サービスを利用していますが、そのサービスにも予約が殺到し、この日、車が手配できたのはおよそ5時間後でした。

さらに、患者から検体を採取したり重症患者を搬送したりする時には防護服を着用しなければならず、訓練も欠かせないといいます。

北区保健所では、今月から保健師が5人増員されました。
それでも、増え続ける業務にあたるには、人手が不十分だと訴えます。

(長沼医師)
「患者の増加にともなって保健所に任される業務がどんどん増えていますが、すでに保健所だけでこなせる量でないのが実情です。全力を尽くしていますが、どこまでやったら終わりが来るのか、僕たちも不安を押し殺して対応しています」

“罵倒される”保健師たち

過酷を極める保健所の業務は、保健師たちを心身共に追い詰めています。

取材に応じてくれた都内の保健所に勤める50代の女性保健師が苦痛と漏らしたのが、1日100件以上にのぼる電話相談でした。

(女性保健師)
「『検査を受けられないのはなぜだ』とひどいことばで罵倒されたり、電話がつながらないことへの不満をぶつけられたりすることがよくあります。周りの職員と共有する余裕もないので、夕方のミーティングの際に泣き出したり、過呼吸になったりする同僚もいます。私も『今から脅しに行く』と言われたことが一日中頭から離れず、夜眠れなくなることもありました」

感染者への対応にも日々神経をすり減らすといいます。

(女性保健師)
「患者のもとに伺う時には防護服を着ていきますが、髪の毛一本外に出てはいけないので、かなり気を遣います。同僚や家族に感染させてはいけないと一つ一つの動作に集中するため、緊張で胃が痛くなります。トイレにも行けないので水分制限も行います。帰宅後に腹痛や貧血で倒れた同僚もいました」

今後の不安については。

「過重労働が続くと免疫力が下がるので、私たちもウイルスに感染するリスクがあると思っています。災害などの場合はほかの地域から応援を呼ぶことができますが、今回はそれがかないません。自分たちの力でやるしかないですが、1人が倒れるとその分ほかの保健師に大きな負担がかかるので、とてもつらいです」

「ただ頑張れ、のみ」

新型コロナウイルスへの対応に苦慮する保健所。
全国保健所長会はその業務の実態について先月末にアンケート調査を実施し、およそ半数の257の保健所から回答を得ました。

今回の対応で他部署から応援があったかどうか複数回答で聞いたところ、応援を得たのは38%、外部の専門家による応援があったのは7.4%などにとどまりました。

一方で、感染の疑いがある人たちの相談を受け付ける「帰国者・接触者相談センター」の運営に保健所だけで24時間対応しているところは4割以上ありました。

自由記述では「保健所として限界を感じる」とか「人員や予算の手当がなく『ただ頑張れ』のみで、すでに保健師の多くが疲弊」「このような状態ではクラスター対策は不可能」といった内容の意見が寄せられたということです。
(調査をまとめた浜松医科大学 尾島俊之教授)
「保健所はかなり数が減少し、人手が足りない中で今回の事態が起きてしまった。保健師などの専門職は相談者の不安に寄り添いながら、今の症状や、誰と接触したのかを聞き取る専門性の高い仕事で、誰でもできるものではない。経験者に声をかけたり外部の専門職にも協力を依頼したりすると同時に、最初の相談窓口などは保健師以外の人たちに任せるなど、業務の仕分けをする方法があると思う。感染症は今後も起きる可能性があるので、中長期的には保健所の体制やあり方を見直す時だと思う」

統廃合進む保健所 約30年でほぼ半減

全国の保健所は平成4年には852か所ありましたが、平成の大合併などの行政改革によって統廃合され、ことし4月には469か所とほぼ半減しました。

例えば、東京23区では、平成9年度に世田谷区や大田区でそれぞれ4か所あった保健所が1か所に。大阪市も平成12年度に市内24区の各保健所が統合されて1か所になりました。また、横浜市でも平成19年度に市内18区の各保健所を、名古屋市も2年前に市内16区の各保健所を、それぞれ1か所に統合しています。

専門家によりますと、統廃合が進んだことで、今回のような感染症の分野と精神保健などの分野を兼任する職員が多くなり、十分な人手を確保できていないということです。