学校を失った子どもたち “教育の危機”に世界はどう対応?

学校を失った子どもたち “教育の危機”に世界はどう対応?
15億7800万人ーー。

ユネスコ=国連教育科学文化機関のまとめによると、世界全体のおよそ90%の子どもたちが、新型コロナウイルスの影響で学校に通えない状況が続いている(4月25日現在)。

ユネスコは「一時的な休校が今回ほどの規模や早さで進むことは前例がなく、長期化すれば教育を受ける権利を脅かし得る」と警鐘を鳴らす。

世界の子どもたちはどのように学びの“空白”を埋めようとしているのか。その現状を取材した。(ロサンゼルス支局・シドニー支局・国際部取材班)

アメリカ:タブレット配布も、経済・社会格差が教育格差に

アメリカ ロサンゼルスで、休校措置がとられたのは3月中旬。

すでに、学年末にあたる6月までの休校が決まっている。

ロサンゼルス郊外のある小学校では毎週、先生からの連絡や、翌週分の自宅学習の課題などが、専用のウェブサイトに掲載される。
ある日の1年生の課題は…

▽算数のプリント4枚
▽音読・読解・作文:2つ(いずれも絵も描く)
▽オンライン学習30分
▽担任と児童をテレビ会議システムでつなぎ、やり取りをする
▽家族と体操などなど。結構な分量だ。

カリキュラムを考える先生も大変だが、親の手助けが必要なものもあり、在宅勤務しながら勉強を教えるのはかなりの負担だ。

学校任せではなく、親の主体性が求められている。
しかし、こうしたインターネットを使った学習を進めようにも、貧困層の多い地域ではネット環境の整備が進んでいない。

タブレットがない子どももいる。ロサンゼルスの教育委員会では、無料でタブレットを配布したりインターネットサービスを始めたりしている。
また、在宅勤務ができない人たちは、“親の参加”は厳しい。

医療従事者やスーパーのレジ係など、社会を支えるために必要不可欠な仕事をしているエッセンシャル・ワーカーなどだ。
特に1人親からは、子どもの勉強を見る時間など、とても確保できないという声も聞く。

学校、親、行政が試行錯誤を重ねながら、よりよい教育内容の実現を目指していることは、すばらしいと思う。

一方で、アメリカ社会に以前からある経済的、社会的格差が、理想の教育の実現を難しくしていることも現実だと感じる。

フィリピン:「#オンライン授業をやめて」の理由

自宅学習の選択肢の1つとして、各国で始まった「オンライン授業」。

それにストップをかけたのが、フィリピンだ。

それも政府から上がった声ではない。学生たち、みずからが声を上げたのだ。
3月に大学生らでつくる複数の団体が「#オンライン授業をやめて」という運動を始めた。団体側が大学などを監督する政府機関に要望書を提出し、「大切さは認識しているが特に貧しい学生や先生たちの負担となっている」と訴えた。

背景にあるのは「インターネット環境への懸念」だ。世界銀行がまとめた各国のデータによると、フィリピンでの全人口に占めるインターネット使用者の割合は60%にとどまっている。

韓国やノルウェー(96%)、日本やニュージーランド(91%)、フランス(82%)などと比べて低い。

オンライン授業には、自宅での安定したインターネット環境が必要となる。しかし、運動を展開する団体が、学生と先生にアンケートを行った結果、回答した2340人のうち67%が「自宅にインターネット環境がない/アクセスが難しい」と答えた。

このため、安定したインターネット環境を求めて、ネットカフェに行く人もいたが、新型コロナウイルス対策で閉鎖となってしまった。
学生たちの要望を受けて、政府機関のトップは「すべての高等教育機関に対し、オンライン授業の在り方を見直し、代わりの方法がないか検討するよう」指示。

実際に、オンライン授業をやめる大学が相次ぎ、「通信格差」が「教育格差」につながってしまう現状が浮き彫りになった。

ニュージーランド:ネット環境の整備に衛星活用も

ニュージーランドで、全面的に休校が始まったのは国家非常事態を宣言した3月25日。

教育現場でも影響を最小限にとどめようと、秋休みを2週間余り前倒しした。その間に自宅でのオンライン学習が中心となる予定だった。
しかし、ニュージーランドでもインターネットに接続していない家庭が8万世帯にのぼり、最大で14万5000人の子どもが学習できないことがわかった。

そこで、政府が行ったのは、ネット回線の整備や端末の無料配布。さらに、ネット回線の整備が難しい地域の子どもたち、およそ350人に対しては、衛星を活用して通信できる方法を模索した。
また、政府は新学期の開始に合わせて、4月15日から教育関連の番組の放送も始めた。

2つのテレビ局の協力を得て、公用語の英語とマオリ語で、授業時間に合わせて平日の午前9時から午後3時まで放送。

このうち英語放送では、算数や理科、体育や音楽などを学習する内容が放送されている。

こうした対策に、ニュージーランド政府は、8770万ニュージーランドドル、日本円で56億円余りを投じていて、教育のための緊急予算は初めてという。
政府は、4月29日から、一部の学年を除いて学校を再開することにしている。しかし、可能なかぎり登校せずに自宅での学習を続けるよう呼びかけていて、学校と自宅のどちらで勉強することを選んでも、教育が妨げられることのないよう支援を続けることにしている。

韓国:“オンライン新学期”を支えたのは20年前からの取り組み

韓国でも、新学期の開始が1か月余り延期された。

長引く子どもたちの教育の空白期間を埋める“核”となったのは、アメリカやニュージーランドと同じく「オンライン授業」だ。
韓国の教育省と教育専門の公共放送EBSは協力して、3月から4月にかけて、授業をテレビで放送したほか、インターネットでも同時配信した。

授業は、小学校から高校までの全学年が対象で、教えるのは学年や科目ごとに教育現場から選ばれた先生たち。

時間割りを作って学校と同じような感覚で学習できるうえ、チャット機能とも連動しているため、子どもたちがその場で先生に質問し、放送中に答えてもらうことも可能にした。

放送局は、こうした授業を同時に配信するため、10の専用スタジオを整備した。
また、教育省の関連機関、韓国教育学術情報院は、デジタル教科書や教材用の動画なども専用のウェブサイトで無料で提供している。

しかし、学校の先生たちも慣れないオンライン授業に戸惑いがあった。このため、全国の先生たちが、オンライン授業の進め方のアイデアを共有できる支援サイトも開設された。

韓国では4月9日から、順次、新学期が始まった。

しかし、それはすべてオンライン授業。韓国にとっても初めての試みとなる。

急な休校措置にも、新学期からのオンライン授業にも対応できた背景には、20年以上前からICT=情報通信技術を使った教育の研究を進めてきたことがある。

デジタルコンテンツを提供する専門機関がすでにあり、公共放送が教育番組を制作してきたからこそできたという。
韓国教育学術情報院の担当者
「人と人の対面による学習をどう補完するかが課題にはなるが、現時点ではオンラインでの授業開始が今の最善の方策だったと思う」

フランス:平等めざし学校再開早める

3月16日から休校が続くフランスでは、新年度が始まる9月まで休校の継続を検討していた。

休校中の教育を支えるのが、韓国同様、古くから存在していたプラットフォームを使ったオンライン授業。
フランスでは、国の遠隔教育機関CNEDが、ネットで提供していた義務教育課程の教科書を無料に切り替え、先生と子どもたちが活用できるようにして、オンラインでの授業を進めている。

しかし、先生に大きな裁量が与えられていると言われるフランスでは、オンライン授業に積極的に取り組む先生と、そうではない先生のと間で差が生まれているという。

また、親の教育への熱意の違いによっても格差が生まれているとの指摘がある。
中学校の数学教師、シャール・ビッシェさん
「自宅で積極的に勉強できる生徒や、親が勉強を教えることに熱心な家庭がある一方、家で全く勉強しない生徒もいて、学力に大きな差が出るかもしれない」
教育相は、学校が休みになり、「子どもたちの5~8%が“失われた”」と指摘。連絡がつかなくなった子どもたちがいるというのだ。

教育格差への広がりに警戒感を示すフランス政府は、ネット環境の整っていない家庭に課題を郵送したり、先生が電話で連絡をとったりするよう要請している。

それでも救えない子どもたちがいることを懸念して、マクロン大統領は5月11日から、段階的に休校措置を解除していく方針を明らかにした。

休校によって生まれた不平等をなくしたい。格差の拡大に政府が強い危機感を示した形だ。

本来の学校の役割を見つめ直す時期

専門家はどう見ているのか。
オンライン教育に詳しい千葉大学教育学部 藤川大祐教授
「学習の内容によっては、オンラインのコンテンツを見てやるほうが効率がいい反面、表現力を身につけるための授業はコンテンツを見て学ぶことはできない。環境が整うのを待つよりは、できることからすぐに始めることが何よりも大事。そのあと、こぼれた人をどう救うかを考えて埋めていかないといけない」
教育評論家の親野智可等さん
「日本でICT活用が遅れている理由は3つある。1つ目は、GDPに占める教育費の割合がOECDの中で最下位で、政府の教育へのビジョンがないこと。2つ目は、これまでは、先生の多くが教室で話し合いをしながら進めていく授業がいいと考えていたこと。3つ目は、インターネットは危険なものと捉え、子どもに使わせたくないと考えている保護者が多くいること。他国はつまずきながらもオンライン授業を導入しているのは立派で、日本もいまが非常時であることを理解して動かないとだめ。天変地異があっても子どもの学習権を保障する必要がある」
専門家が指摘するのは、“失敗”を恐れずにオンライン教育に取り組み、デジタル格差が教育格差、ひいては機会の格差につながらないように、きちんと救済措置を考えること。そして、強調しているのは「子どもたちの学ぶ権利をきちんと守ること」。

学校には、社会関係や1対1での対人関係を学ぶ場所、栄養のある食事をとれる場所、虐待などに気付く場所など、勉強する場所という以外にも大切な役割がある。

世界的な危機に直面する今こそ、子どもの学ぶ権利や学校の役割について考え直す必要があるというのが私たち取材班の実感だ。

(ロサンゼルス支局長 及川順、シドニー支局長 小宮理沙、国際部記者 佐藤真莉子、松崎浩子、伊藤麗、金知英)