新型コロナ より響く“呼びかけ”とは?

新型コロナ より響く“呼びかけ”とは?
最近、お店のレジに並ぶ際、前の人と一定の距離を保つように、足元に立ち位置を表すテープが貼られているのを目にしたことはありませんか?ちょっとした目印を使って誘導することで密集を抑止しようという取り組みです。人々にちょっとしたきっかけを与えて、消費者に行動を促す行動経済学の理論、“ナッジ”。この理論を新型コロナウイルスによる外出の自粛や、手洗い・消毒などを促す呼びかけに活用する動きが各地で相次いでいるんです。(経済部記者 菅澤佳子)

ついつい消毒したくなる?

4月上旬、ビデオ会議方式で、ある研究会が開かれました。「ナッジ」の考え方を行政に取り入れようと活動している横浜市役所の職員の有志が中心となったグループ「YBiT」(横浜市行動デザインチーム)が主催しました。

この日の研究会には、全国各地の自治体職員や研究者が参加しました。テーマの一つは、ナッジを新型コロナウイルスの感染拡大の防止にどう役立てるか。

ナッジは、もともとは英語のNUDGEで、直訳すると、「ひじで優しく押したり、軽くつついたりする」という意味。それが転じて、ちょっとしたきっかけを与えて、消費者に行動を促すための方法として、行動経済学という分野で注目の研究対象となっています。
この日、紹介された事例の一つが、京都府宇治市で行われている“イエローテープ作戦”。宇治市では、市役所を訪れた人が手を消毒するのを促すため、ある工夫をしています。市役所の7か所で、入り口から消毒液が設置された場所までの間に、ことし3月から黄色のテープで矢印を描いて誘導しているのです。
この取り組みのきっかけは、入り口付近に消毒液を設置しても、果たしてどの程度使われているのかと職員が疑問に思ったこと。まず、市役所の地下にある入り口と、近くのショッピングセンターの2か所で消毒液の使用率を調べてみました。すると、訪れる人の10%程度しか消毒をしていないことがわかったのです。

そこで、消毒液を設置しているところまでチョークで矢印を書いてみました、しかしこれだと、人が矢印の上を何度も通ることで矢印が消えてしまいます。試行錯誤の上、現在のテープに落ち着いたそうです。
藤田部長
「新型コロナウイルスの対策にはせっけんでの手洗いと消毒が重要ですが、消毒液を設置しただけで消毒をする人が増えることにはなりません。感染する市民を1人でも少なくしたいという思いで、どうすれば、より多くの人に消毒をしてもらえるかを考えました」
宇治市によると、このイエローテープによる誘導で、消毒液を使う人は10%程度増加したそうです。イエローテープ作戦はネットなどで紹介され、兵庫県尼崎市や三重県松阪市など各地に広がりを見せています。

隣の人はどうしてる?

もう一つ、宇治市が力を入れているのが、せっけんでの手洗い。トイレの壁には、ピンク色の紙に手書きで「となりの人は石鹸で手を洗っていますか」「石鹸手洗いが自分と次の人を守ります!」いうメッセージを書いて貼っています。「手を洗いましょう」という直接的な呼びかけよりも、「周りが手を洗っている」という“行動”を示して“あなた”に呼びかけます。
藤田部長
「最初は、メッセージをきれいに印刷して貼ろうかという案もありましたが、手書きで、さらにピンク色の紙にすることで、おっ!と思わせて、より効果をねらうことにしました。館内を清掃している業者によると、以前は2日に1回程度、液体せっけんを補充していたものが、今では半日に1回、補充が必要になっているようです」

ナッジは海外でも

研究会では、ネット上に掲載されている海外でのナッジ活用例も紹介されました。シンガポールのオフィスビルでは、社会的距離=ソーシャル・ディスタンスを分かりやすく示すために、エレベーターの床に立つ位置をテープで囲み、向く方向を矢印で示している事例があるそうです。また、ニュージーランドの警察は次のようなメッセージをツイッターに投稿。
“FIRST TIME IN HISTORY WE CAN SAVE THE HUMAN RACE BY LYING IN FRONT OF THE T.V. AND DOING NOTHING”(史上初、テレビの前でゴロゴロしているだけで人類を救える)
イギリスの医師のチームは「あなたが自宅にとどまることを選択すれば、他の人の命を救うことになる」と動画で呼びかけています。

これらは、ナッジを活用した外出自粛の呼びかけと言えます。

試してみませんか?オンライン帰省

こうしたナッジの取り組みについて、行動経済学が専門で、新型コロナウイルスに関する国の専門家会議に提言も行っている大阪大学大学院の大竹文雄教授は、高く評価しています。
大竹教授
「感染対策に関する知識が普及しても、全員が守れるわけではありません。行動を変えてもらうには、習慣を変えなくていけません。ダイエットが健康にいいという知識を得たとしても、全員が運動や食事制限をできるわけではないのと同じです。自然にダイエットできるような環境を作ったり、メッセージを伝えることが大事なのです」
では、具体的には、どのような呼びかけが有効なのでしょうか。
大竹教授
「『○○をやめよう』という禁止のメッセージは、損失をイメージさせ、逆効果です。特定の行動を取るように説得するよりは、その行動がいかに全員のためになるかを明確に言うほうが効果的です。ナッジは、あくまでも本人がよりよい選択をするよう導くものであって、強制的に従わせるのではありません」
そのうえで大竹教授は、例年であれば多くの人が旅行や行楽に出かける大型連休を控え、次のような呼びかけを国の専門家会議に提案しました。
大竹教授
「大型連休に向けては『オンライン帰省なら、みんな安心』『ビデオ通話でオンライン帰省』『試してみませんか?オンライン帰省』という呼びかけが有効だと考えています。自分のことだけ考えている人のほうが目立ちやすいですが、多くの人は周りの人のことを考えています。利他的にふるまったほうが得だ、尊敬されるという理由から利他的にふるまう人も多いですが、それでもいいのです。企業もこの際の企業イメージを上げておくほうが得だと判断すればやるでしょう。この流れが大きくなると、社会は変わります」
外出の自粛が長期化することで、いわゆる“自粛疲れ”も懸念されますが、大竹教授は今後の課題について、人々に、ある「覚悟」が必要だと指摘しています。
大竹教授
「課題は、外出自粛が長期的に継続できるようになるかです。リモートワークができるところは全部やる。それを企業の“当たり前”にする。小・中学校のオンライン授業も当たり前にする。そういう覚悟が、まだまだのように思います。1か月で終わると思って、一時的に頑張るという感じだと絶対に反動が来ます。これを新しい慣習や制度にして、そうすることがつらくないところまでしないとダメです。今まで遅れていた技術導入、働き方改革を一気にすすめるチャンスにするという意気込みが必要です。リスクがあるところで働いている医療関係者や、スーパーの店員、配送業、ゴミの収集の人たちの分まで、外出を抑制できる人は全面的にするという共同体の意識がもっと必要でしょう」
新型コロナウイルスの感染拡大の影響が長期化する中、ナッジの活用で、私たちの行動が変わり、これまでの「当たり前」も大きく変わっていく。今、そんな時代の転換点にいるのかもしれないと、私は感じています。
経済部記者
菅澤 佳子
平成16年入局
札幌局を経て現所属