心の悩み電話相談 34団体が休止や縮小 新型コロナウイルス

心の悩み電話相談 34団体が休止や縮小 新型コロナウイルス
新型コロナウイルスの影響で懸念されているのが、経済的に追い詰められた人たちの自殺のリスクです。しかしNHKが取材したところ、自殺を防ぐため心の悩みの電話相談に無料で応じる全国の少なくとも34の民間団体が、相談員の感染防止を理由に活動を休止したり、態勢を縮小したりしていることが分かりました。各団体は「今こそ支援が必要だが苦渋の決断だ」としています。
自殺を防ぐため心の悩みの電話相談に無料で応じる「いのちの電話」など各地の相談窓口には、新型コロナウイルスの感染が拡大した先月以降、解雇や休業などによって経済的に追い詰められた人や外出自粛によって孤立を深めた人たちなどからの相談が相次いで寄せられています。

しかし、NHKが取材したところ、先月末から今月にかけて心の悩みの電話相談に無料で応じる全国の少なくとも34の民間団体が、活動を休止したり、態勢を縮小したりしていることが分かりました。

活動を休止したのは東京や神奈川、愛知などの15団体で、このうち毎年1万件を超える相談を受けているNPO法人「東京自殺防止センター」は、少なくとも来月6日までおよそ1か月の活動休止を決めました。

このほか19の団体は、相談の受付時間を短縮したり、ボランティアの相談員の数を減らしたりしているということです。

その理由について各団体は、いずれも「相談員の感染防止のため」としていて、感染のリスクが高い高齢の相談員が多いことや、電話のやり取りが外に漏れないよう密室で相談を受け付ける環境など、相談窓口が抱える特有の状況も背景にあるということです。

また、相談者の秘密を守るため在宅での対応も難しいということで、各団体は「外出自粛の中でつらい気持ちを人に話せずに悩みを深めている人も多く、今こそ支援が必要だが、苦渋の決断だ」としています。

全国一斉相談に殺到 2日で42万件

新型コロナウイルスの感染拡大で、生活に苦しむ人たちの全国一斉の電話相談「コロナ災害を乗り越えるいのちとくらしを守るなんでも相談会」に18日と19日の2日間で、およそ42万件のアクセスがあったことが分かりました。

電話相談には弁護士や社会福祉士、労働組合、NPOなどが参加し、全国共通のフリーダイヤルで、およそ30か所の会場に設けた125の電話回線で対応しましたが、実際に相談を受けることができたのは、わずか1%の4834件にとどまったということです。

相談の内訳は、生活費に関するものが2091件と最も多く、その半数は10万円の一律給付に関するものでした。

このほかは、解雇や雇い止めなどの労働問題についてが505件、住まいの問題が176件、家庭環境に関する問題が74件などとなっていて「仕事がなく精神的に追い詰められており、もう死んでしまいたい」とか「コロナで家から出られず、誰にも相談することができない」などと、緊急性が高い相談も相次いで寄せられたということです。

「このままでは死んでしまう」

経済的に追い詰められた人からは「このままでは死んでしまう」という悲痛な声も上がり始めています。

東京 練馬区でステージや音響技術を設営する事業を行っている杉江玲音さん(58)は、イベントの自粛が要請された影響で仕事が次々とキャンセルになり、収入が激減。

先月の売り上げは去年の同じ月より90%以上減少し、今月や来月の売り上げはゼロになる見通しです。

休業してもらっている3人の従業員の生活を守るため先月は、これまでと同じ月24万円の給与を支払いましたが、資金は底をついた状態になりました。

最大で100万円が支給される個人事業主向けの給付金は、支給が早くても来月になる見通しで、今月25日の従業員の給与や、月末の倉庫のレンタル代や駐車場代の支払いなどのめどは立っていません。

また、従業員の休業補償のための助成金についても、ハローワークの担当者から追加の資料を要求され、いつ支給されるのか分からない状態になっているほか、政府系金融機関の個人事業主向けの融資についても、担当者から「申し込みが殺到していて、いつ融資ができるかは分からない」と言われたといいます。

妻と娘の生活を支える杉江さんは、こう訴えています。

「最初はいろんな支援策があるなと思っていたが、いつ受け取れるかが分からず、もう本当に先が見えない。恐ろしいですよ。貯金も尽きちゃったから、もうどうにもならない。それこそお米を買うお金もなく、生活がなりたたない。感染も怖いですけど、事業の運営が成り立たなければ生きていけない。本当に死んでしまいます」。

「収入減は生死に関わる」「死にたい」

ひとり親家庭や、風俗業界で働く女性の支援団体にも追い詰められた女性たちから「死んでしまいたい」という相談が相次いで寄せられています。

ひとり親家庭の支援をしている東京のNPO「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」が、今月初めに全国の会員を対象に行ったアンケートでは205人が回答し「収入が減る」と答えたのは全体の47.4%、「収入がなくなる」と答えた人も5.7%に上りました。

自由記述欄などには『仕事に行くにもガソリン代が尽き、一家心中するしかないのか…』とか『給料が振り込まれず家賃が払えない』などという切実な声が寄せられているということです。

NPOの赤石千衣子理事長は「パートやアルバイトをして暮らすシングルマザーの平均年収は130万円程度で、10万円ちょっとの月収で暮らしています。『仕事がなくなるということは、本当に生き死にに関わる』ということが、世の中にあまり伝わっていないのではないかと感じています。私たちがアクセスできない人の中には今の食べ物にも困る、さらに厳しい状況のかたがいるはずです」と話しています。

風俗業界で働く女性の支援団体「風テラス」には、生活苦などを訴える相談が1日30件から40件ほどSNSで寄せられていて、1日に数件は「死にたい」という思い詰めたメッセージが送られてくるということです。

メッセージには「新型コロナの影響で仕事がなくなり貯蓄もないが、これまで確定申告をしたことがなく、緊急支援への問い合わせもできない。いっそ死んでしまいたいと考えない日はない」とか「精神疾患がある中で、なんとか働いてきたが収入がなくなり生活できない。このまま死にたいが、それもできずにひきこもっている」などと記されています。

こうしたメッセージは、今月に入ってから顕著に見られるようになったということで、支援団体では女性たちから詳しい状況を聞き取ったり、支援が受けられそうな窓口を紹介したりしているということです。

苦渋の決断「3密」で活動休止

NPO法人「東京自殺防止センター」は、これまで午後8時から翌朝5時半までの時間帯を中心に年中無休で、無料で相談に応じてきました。

ボランティアの相談員は現在およそ40人で、毎年1万件を超える相談が寄せられています。

先月中旬以降は「仕事を失い今後の生活をどうしたらいいかわからない。このままでは死ぬしかない」とか「自粛ムードの中で、つらい気持ちを誰にも話せず孤立してしまっている」などという新型コロナウイルスに関連した切実な相談が、相次いで寄せられたということです。

しかし相談員のなり手が不足する中、最高齢の相談員は80代と高齢化が進み、介護が必要な家族がいる人もいるため、緊急事態宣言が出される中で公共交通機関を利用するのは感染のリスクが高いと判断したということです。

また電話相談を受ける部屋では、複数の相談員が対応にあたり、会話のやり取りが外に漏れないよう窓を開けることもできないことから、いわゆる「3密」の状態になりやすい環境だということです。

このNPOでは2年ほど前から、助けを求める人とすぐにつながれるよう、自殺に関連することばをツイッターで検索するとNPOのメッセージやアカウントが表示される仕組みも導入しています。

しかし現在は、アカウントにアクセスしても活動休止を知らせるツイートが表示され、相談窓口に電話しても留守番電話の設定になっています。

このNPOは東日本大震災の際にも、相談員が徒歩で集まって活動を続けたということで、1か月にわたって活動を休止するのは平成10年の設立から20年余りの歴史の中で初めてだということです。

NPOは相談員が在宅で対応することも検討していますが、たとえ家庭の中であっても相談者の秘密が漏れてはならないため、現時点では難しいとしています。

「東京自殺防止センター」の中山町子所長は「こういう時だからこそ『死にたい』という人たちの声を聞かなければという思いがあるが、相談員の感染予防を、まず第一に考え苦渋の決断をした。苦しんでいる人が今、どんな気持ちで電話をかけているかと思うと、とてもつらい。なんとか、ほかに支援できる方法がないか考えていきたい」と話していました。

「東京いのちの電話」対応追いつかず

相談の受付時間を短縮して活動を続けているものの、対応が追いつかないという団体もあります。

社会福祉法人の「東京いのちの電話」は昭和46年に設立され、これまで24時間態勢で毎年2万件を超える電話相談を受けてきました。

現在250人ほどのボランティアの相談員は、平均年齢が60歳を超えていて、新型コロナウイルスの感染が拡大したあと、公共交通機関で通うことをためらう人が増えたということです。

しかし、この法人では心の悩みを抱える人からの相談が増えることが予想されるとして、当面は深夜の受付のみを休止し、午前8時から午後10時まで活動を続けることを決めました。

現在は公衆衛生の専門家のアドバイスを受けながら、消毒や「3密」を避けるなどの対策を取ったうえで相談に応じていますが、相談員はふだんの半数以下で、時間帯によっては相談員が1人になることも少なくありません。

相談の内容は「休業で自宅にいるが、このまま仕事に復帰できないのではないか」とか「不安で病気の状態が悪化し、もう生きていてもしょうがない」といった切実なものが多いということですが、活動を休止する団体が相次ぐ中、東京以外からの相談も増え、対応が追いつかない状態だということです。

「東京いのちの電話」の末松渉理事長は「先が読めない中、生活が困窮し、命を絶つしかないと思い詰める人がこれから出てくると思う。相談を受けきれない状況は続くと思うが、できるかぎり活動を継続していきたい」と話していました。

国は自殺対策の強化を要請も…

新型コロナウイルスの感染拡大によって自殺のリスクが高まりかねないとして、国は支援体制の拡充を要請しています。

都道府県や民間団体などが行う心の悩みに関する電話や、SNSの相談への支援体制を拡充するため国は、今年度の補正予算案に2億7000万円余りを計上しています。

そして緊急事態宣言のあとの今月8日には、厚生労働省は都道府県などに対して通知を出し、電話やSNSでの相談については感染対策を行ったうえで、積極的に実施するよう求めていました。

一方、対面型の相談については、感染防止の観点から緊急の場合を除いて中止や延期を検討してほしいとしています。

民間の相談窓口の活動休止が相次いでいることについて、厚生労働省自殺対策推進室は「把握していなかった」としたうえで「公共交通機関を利用できないなどの理由で相談員の確保が難しくなっているという声は聞いている。国や自治体が運営する『こころの健康相談統一ダイヤル』や、SNSによる相談窓口も活用してもらい、できるところから支援体制を強化したい」としています。

「こころの健康相談統一ダイヤル」
  0570-064-556

専門家「自殺リスクの危機 行政と民間一致団結を」

自殺対策に取り組むNPO「ライフリンク」の清水康之代表は「新型コロナウイルスは、最初は健康問題だったが、次第に経済的な問題になって、仕事を失ったり住まいが奪われたりしている。こうした経済的な困窮が、家庭環境や心の健康を悪化させ、さまざまな問題が連鎖する中で、今すでに自殺リスクが高まり始めているという危機感を持っている」と話しています。

そのうえで「まずは経済的な対策、暮らしの補償をしっかりやることによって自殺の急増という事態を招かないようにするとともに、心の問題や家庭環境の支援を連動させ、包括的な対策を進める必要がある」と指摘しています。

そして、自殺対策の相談窓口の活動休止が相次いでいることについては「リモートワークが進んで、一人一人の相談員が自宅でバラバラに対応するようになると、相談員の間でコミュニケーションが取れず結果的に十分な相談対応ができなくなるという懸念を持っている。自殺対策の関係者自身も厳しい状況に置かれていることは間違いないが、命を支えていくということで行政と民間が一致団結し、この事態に立ち向かっていく必要がある」と話しています。