アメリカと中国 パンデミック下の暗闘

アメリカと中国 パンデミック下の暗闘
「新型コロナウイルス」の感染拡大で世界で最も多くの人が亡くなったアメリカ。危機的な状況に直面するトランプ政権を横目にいち早く国際社会での活動を活発化させている大国がある。中国だ。
中国は自国の立場を宣伝する「情報戦」と他国に大量の医療物資を送る「マスク外交」を展開。アメリカ不在の間隙(かんげき)を突くかのような攻勢に、アメリカでは中国がこれを機に世界の覇権を奪おうとしているのではないかという懸念が渦巻いている。
(ワシントン支局長 油井秀樹)

“戦狼”外交官の嚆矢

3月12日。中国外務省の趙立堅報道官のツイートがアメリカ政府、議会内で次々にシェアされ、大きな波紋が広がった。
趙立堅 報道官の投稿より
「このウイルスはアメリカ軍が武漢に持ち込んだものかもしれない。透明性を!アメリカはわれわれに説明する必要がある!」
趙報道官は矢継ぎ早にツイートを発信し、「ウイルスの発生源は中国ではなくアメリカ」という主張を拡散させる。
趙報道官は「戦狼外交官」という異名で知られる。
その名の由来は中国の大ヒット映画「戦狼」だ。中国軍特殊部隊の精鋭隊員がアメリカ人たちと戦う内容で中国版ランボーとも言われる。趙報道官のツイッター上での愛国的でアメリカに攻撃的な発言が「我が中国を侵害する者は必ず討伐する」という映画のメッセージと重なって見えるらしい。

この前日、ワシントンではホワイトハウスの安全保障問題担当のオブライエン大統領補佐官が講演し、中国を批判していた。
オブライエン大統領補佐官
「武漢の医師によるウイルス感染の告発が中国政府によって封じ込まれた。中国政府の隠蔽で、世界的な対応が2か月遅れた」
趙報道官のツイートは、これに対する反論だったのかもしれないが、アメリカ軍が持ち込んだという根拠のない主張は、アメリカの政府、議会、そして国民をも激怒させた。

南部フロリダ州では「ウイルスの抑え込みに失敗したのは中国だ。偽情報を流してみずからの失態と責任をアメリカに押しつけている」として、感染で損害を被った個人や団体が中国政府を相手取って集団訴訟に踏み切った。

アメリカ政府は趙報道官のツイートを宣戦布告と受け止めた。偽情報を拡散させる情報戦の嚆矢を中国政府が放ってきたというのだ。

トランプ大統領が記者会見で新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と繰り返し、ポンペイオ国務長官が「武漢ウイルス」と言い続けたのは、中国に対する反撃だったと考えられる。
ポンペイオ国務長官はネット上でビデオメッセージを公表した。
ポンペイオ国務長官のメッセージ
「われわれの民主主義と自由を傷つける偽情報の発信を認めるわけにはいかない」
偽情報の発信者を中国共産党と名指しし、これに対抗するキャンペーンに乗り出した。

戦場はツイッター

米中の情報戦の主戦場はツイッターだ。プレイヤーは趙報道官だけではない。
その後、前面に出たのが、アメリカ国務省のオータガス報道官と中国外務省の華春瑩報道官だ。
女性報道官どうしのツイッター上の応酬はひときわ注目を集めた。
華報道官の投稿
「中国は1月3日以降、コロナウイルスについて、アメリカに最新の状況を伝えてきた。今になって連絡が遅いと中国を責めるの?」
オータガス報道官の投稿
「1月3日までに中国政府はコロナウイルスの検体の破壊を命じ、武漢の医師たちの口を封じ、ネット上の検閲を終わらせたからね。時間と行動を国際社会が調査しなければならない」
華報道官の投稿
「あなた知らないかもしれないけど、武漢の保健当局は12月31日に通知文を出したのよ。時間を取って状況を理解してからつぶやいてください」

表の兵士、裏の兵士

実は中国国内ではそもそもツイッターは利用できない。
中国政府が認めていないからだ。
「金盾=グレート・ファイアウォール」と呼ばれる中国のネット検閲システムでツイッターやフェイスブックへのアクセスを遮断していて、接続はVPNなどを使用するしかない。
にもかかわらず、中国政府は去年からツイッターで自国の立場を海外に英語で宣伝する工作に本格的に乗り出した。
ツイッターの国際社会への影響力と発信力に利用価値を見いだし、情報戦の武器としているのだ。
その最前線で戦う“兵士”こそ、中国の外交官と国営メディアだ。

中国の「ツイッター外交」を調査する研究者、ホアン氏によると、中国の大使館や外交官のツイッターのアカウントは2018年10月時点でわずか17だったが、ことし3月には127に急増した。
趙報道官のツイートを各国の大使館がリツイートし、世界各地に中国のメッセージを拡散しているという。今や趙報道官のフォロワーは56万人、華報道官のフォロワーは34万人を超え、影響力は決して小さくない。

中国の外交官や国営メディアを情報戦のいわば「表の兵士」とするならば、実は「裏の兵士」も存在する。
それが中国政府のプロパガンダを流す正体不明のアカウントやボットだ。
ツイッター社は去年8月、香港で続く抗議活動を巡り、中国政府による情報戦に利用されたとみられる中国本土の936のアカウントの閉鎖を発表。さらに翌9月には4301の閉鎖を発表した。
しかし、その一方で新たに大量のアカウントが開設され、今も裏の兵士が運営するものが多数、存在しているとみられている。

調査報道で知られるアメリカの非営利組織「プロパブリカ」は最近、個人のツイッターが何者かにハッキングされて中国政府のプロパガンダを流す事例も増えていると警告している。

表現の自由かプロパガンダか

ツイッターを主戦場とする情報戦に、アメリカ議会では警戒の声が高まっている。
趙報道官のツイートを受けて、与党・共和党の議員は3月20日、ツイッター社に書簡を送った。
共和党議員のツイッター社への書簡より
「世界各地が新型コロナウイルスに苦しんでいる時に、中国共産党はうそで中国の市民と世界をごまかし、ウイルスの由来を書き換えようと、大量のプロパガンダキャンペーンを仕掛けている」
ツイッターこそが中国政府の偽情報の温床になっている。そう主張し、趙報道官など中国政府のアカウントの閉鎖を迫ったのだ。
だがツイッター社は、この要求を拒んだ。
ツイッター社の回答より
「物理的に有害な行動を引き起こす内容でなければ、ウイルスの起源をめぐる意見を述べる政府の公式なアカウントは認められる」
裏の兵士のアカウントは閉鎖できても、表の兵士のものは暴力行為を呼びかける内容でなければ閉鎖は難しいというのがツイッター社の判断だ。
過度に取り締まれば、表現の自由を侵害するおそれもあると考えたのかもしれない。
だが共和党内では「そもそも表現の自由を認めていない国の外交官にアカウントを認めるのがおかしい」という意見が根強い。

トランプ大統領の焦り

米中の情報戦のさなか、突然、ホワイトハウスからやり玉に挙げられたのが、アメリカの政府系メディア「VOA=ボイス・オブ・アメリカ」だ。
VOAは第2次世界対戦の1942年、当時敵国だった日本やドイツに情報戦で対抗するため設立された。冷戦中は共産主義陣営に西側の情報を発信し続け、今もアメリカ政府からの出資を受けている。
本来、アメリカ政府の情報戦の流れにあったVOAに対して、ホワイトハウスは4月9日、ウェブサイト上に異例の批判を掲載した。
ホワイトハウスのホームページより
「中国共産党の秘密主義が死のウイルスを世界に拡散させた。ジャーナリストはそうした事実を伝えるべきだが、VOAは北京のプロパガンダと化した」
「毎年2億ドルの国民の税金がつぎ込まれているが、VOAは国民のためでなく、アメリカの敵のために発信している」
VOAの関係者は不満の背景をこう解説する。
VOAの関係者
「中国では国営メディアが政府のプロパガンダとして機能し存在感を高めている。だがVOAは報道の自由を認められており、トランプ政権の意向に沿ったメッセージが海外に流れているわけではない」
中国の国営メディアも中国の外交官と同様、ツイッターやフェイスブックを通して英語で情報を発信している。
フォロワーの数も多い。(数字は4月12日時点)
中国中央テレビの国際ニュース放送、CGTNはツイッターが1402万、フェイスブックは1億を超える。
新華社通信もツイッター1267万、フェイスブック7700万。
さらにチャイナ・デイリー、人民日報、環球時報(グローバルタイムズ)なども存在する。
ツイッターのフォロワー数ではアメリカのメディアも負けてはいないが、フェイスブックではCNN3500万、FOXニュース2000万、ABCニュース1550万、VOA1200万と見劣りする。

中国政府と中国国営メディアの連携に、ホワイトハウスの一部が危機感を強め、政府の完全な広報機関になりえていないVOAに批判の矛先が向かったようだ。
VOAは声明を発表し、検閲のようなホワイトハウスの口出しをけん制した。
VOAの声明より
「我々は中国による偽情報を徹底取材し、英語と中国語で放送している。VOAは政府管理のメディアではなく独立したメディアだ」
報道の自由はアメリカの民主主義の根幹を支え、共産党がメディアを支配する中国とは大きく違う。
しかしトランプ大統領はみずからに批判的な報道を続けるメディアに敵対的だ。
アメリカのメディアは中国の偽情報を批判する一方で、中国のメディアとは異なり自国の政権にも手厳しい。
新型コロナウイルスの脅威に対し、当初、楽観論を繰り返していたトランプ大統領の初動対応への追及がやむことはない。
大統領が中国やWHO=世界保健機関を非難する背景には、責任追及の矛先をほかに向け、みずからへの批判をかわすねらいもあるのではないかと伝えている。
VOAへの異例の口出しは、トランプ大統領の焦りの裏返しなのかもしれない。
ワシントン 支局長
油井秀樹