新型コロナで迫られる“選択” さよならプライバシー

新型コロナで迫られる“選択” さよならプライバシー
便利さと引き換えに個人データを巨大IT企業に提供することをどう思いますか?私は「無料サービスである以上、そういうものかな」と思ってある程度受け入れていますが、企業が持つデータを国家が使うとなったらどうでしょうか?データを新型コロナウイルスの感染経路の特定につなげようという取り組みが世界的に広がるなか、考えてしまいます。

スマホで企業も国家も個人を追跡できる今、もう私たちのプライバシーは存在しないのでしょうか。米ハーバード大学ビジネススクールのショシャナ・ズボフ名誉教授と政治リスクを分析するユーラシア・グループを率いるイアン・ブレマー氏の「分析」と「警告」から、データとプライバシーについて考えます。(経済部デスク 飯田香織)

聖域に足を踏み入れた企業

あまりにタイミングよく、それも関心のある商品やサービスの広告がパソコンやスマホの画面に浮かび上がってびっくりすることがあります。
私の場合は、靴や旅行プラン、レストランなど。これまでにインターネットで検索したことばや、購買履歴、位置情報などの膨大な個人データが集積され、無料のサービスと引き換えに広告に使われています。

こうした便利なサービスが生活の隅々まで浸透し、個人のプライバシーが危機にさらされていると指摘するのは、米ハーバード大学ビジネススクールのショシャナ・ズボフ名誉教授です。
ズボフ氏
「皆さんは名前や年齢、それに自分についてちょっとだけデータを提供しているつもりかもしれません。でも、巨大IT企業が知りたいのは、フェイスブックに何を投稿するかはもちろんですが、さらに歩く速度とか、そのときに肩を落としているのか。文章をうつ際にどういう時に『!』を使うか、写真をアップする時にどう加工するか。友達との食事についてメールする時に『今夜7:45に会おうね』と書くのか『あとで会おうね』と書くのか。巨大IT企業はAIを使ってこうしたデータからあなたの行動を予測しています。そして、ぴったりのことば、ぴったりの時間をねらって広告を送ってくるのです。効果を最大限に引き出すためにね」

「以前は検索結果などの行動の足跡は『デジタル廃棄物』と呼ばれましたが、それを分析すると、その人の行動を予測することができると企業は気付いたのです。その予測があなたの行動をある方向に促すために使われます」
ズボフ氏
「巨大IT企業は、私たちが気付かない間にこうしたデータを集め、それをもとにAIでモデルをつくっています。私と似たような考えの人たちのデータを集めてモデルをつくり、それをどんどん磨き上げていきます。ついには、私たちの行動を予測するようになったのです。それが企業の広告に使われています。巨大IT企業は私たちのプライバシーというこれまで手付かずだった聖域に足を踏み入れ、そこを新たな市場として開放してしまったのです」

広がる「監視資本主義」

ズボフ教授は、自然界に存在する素材を商品とした「産業資本主義」に対して、あらゆるデータが利益となる「監視資本主義」という概念を提唱し、去年、英語で700ページに及ぶ本を出版しました。
ズボフ氏
「監視ということを考える時、片側からは鏡にしか見えないものの、もう片側からは丸見えのガラスを想像してみてください。巨大IT企業からは私たちの行動は丸見えですが、私たちからは相手が見えません。監視によって得たデータを商品化することで利益となるのが監視資本主義です」

行動を確実に把握することが利益に

ズボフ氏
「何かをしたいという欲求を操作されると、自由の身でなくなりますよね。巨大IT企業にとって消費者の行動が確実にわかれば利益につながりますが、消費者が自由であることは不確実ということなので、利益になりません。取り引きされている商品、つまりデータの由来は私たちであるにもかかわらず、私たちの課題解決のために使われるのではありません」

「国家による全体主義に必要なのは暴力や恐怖ですが、企業による新たな監視資本主義では、恐怖に代わって予測可能性が欠かせないのです。予測ができれば、商品の購入などある方向に行動を促すことができます。プライバシーはもはや、あなたのものではなくなっているのです」

国家がデジタル監視に乗り出す?

新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、十分な議論がないまま、国家がテクノロジーを使ってデジタル監視に乗り出すと懸念するのは、国際政治学者でユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏。

公衆の衛生を理由に個人の位置情報はもちろん、健康状態のデータもデジタル監視や追跡の対象になり、プライバシーは二の次になると警告します。
イアン・ブレマー氏
「ワクチンが開発されるまでに、いったん止めた経済活動を再開させるために、国家は国民一人一人に対して正確な位置情報と健康状態に関する情報をリアル・タイムでデジタル追跡するしかないでしょう。同意しなければ自宅待機せよ、という二者択一の場合、プライバシーに対する懸念の議論はすっかり消えうせてしまいます」

「米中のテクノロジー対立の加速を背景に、アメリカの巨大IT企業の戦略的な重要性はますます高まっていて、アメリカはほかの国と比べて優位な立場にあります。『テロとの戦い』『コロナウイルスとの戦い』という戦時下では、その後どういう影響があるかがよく議論されないまま、プライバシー保護に対する懸念は二の次となります」

どうとる?プライバシーとの“バランス”

これまで問われていたのは「便利さとプライバシーのバランス」で、多くの人たちはちょっとくらいプライバシーがなくなったとしても、便利で無料のサービスを享受してきました。私もです。

新たに問われそうなのは「公衆衛生とプライバシーのバランス」。新型コロナウイルスの感染経路の特定につながるならば、企業が集めた個人データを国家が使うことに反対する人はそういないでしょう。

ただ、国家はいったん手に入れた権限を手放さないとも指摘されるなか、どこまでなら許容できるのか、いつまで続けるのか、どう透明性を持たせるのか。ほんの1~2か月前の「コロナ前」のころには考えたこともなかった難題が目の前に迫っています。

※ズボフ氏のインタビューは4月12日のNHKスペシャル「デジタルvsリアル さよならプライバシー」で放送されました。
経済部デスク
飯田香織
ワシントン支局、ロサンゼルス支局などで勤務
アマゾンやツイッターのCEOから米閣僚、レディー・ガガまでインタビュー多数