トランプ大統領”WHOへの資金拠出 停止” 米中対立深まる

トランプ大統領”WHOへの資金拠出 停止” 米中対立深まる
アメリカのトランプ大統領は、新型コロナウイルスへの対応をめぐり、中国寄りだと批判してきたWHO=世界保健機関に対する資金の拠出を一時的に停止する考えを明らかにしました。これに対して、中国政府は、WHOを擁護する立場を強調し、感染症への対策で国際協力が求められる中、米中の対立が一層深まっています。
トランプ大統領は14日の記者会見で、WHOの新型コロナウイルスへの対応を検証し、その間、WHOに対する資金の拠出を一時的に停止する考えを明らかにしました。

その理由として、去年12月の時点で、中国の武漢からの情報でヒトからヒトへの感染を疑うべき情報があったのに、WHOは調査しなかったなどとして、「基本的な義務を怠り、その責任を負わなければならない。WHOの過ちによって多くの人たちが死亡した」と述べ、強く批判しました。

一方、中国外務省の趙立堅報道官は15日の記者会見で、アメリカの対応を批判したうえで、「中国は、これまでどおりWHOを支持し、世界的なウイルス対策で重要な役割を担っていく」と述べ、WHOを擁護する立場を強調しました。

WHOをめぐっては、台湾も去年12月の段階で、中国でヒトからヒトへの感染が疑われる事案が起きているとWHOに警告していたとしていて、台湾外交部の幹部は15日の記者会見で、「WHOは、専門的かつ中立な立場を堅持すべきだ」と批判しています。
WHOは、これまでのところ、アメリカに対する反応を示していませんが、国連のグテーレス事務総長は「今はWHOへの資金を減らすときではない」とする声明を発表し、トランプ大統領に協力を呼びかけました。

世界全体では12万人を超える人が亡くなり、感染の拡大が続いていますが、国際協力が求められる中、WHOをめぐって米中の対立が一層深まっています。

WHO予算 分担金と任意の拠出金

WHOの予算は、各国が経済規模などに応じて義務づけられる「分担金」と、独自に資金を提供する「任意の拠出金」に分けられます。

厚生労働省によりますと、このうち分担金の割合は2020年からの3年間でアメリカが最も多く22%、次いで中国がおよそ12%、3位が日本でおよそ8.5%となっています。

しかし、分担金がWHOの予算全体に占める割合はそれほど多くなく、WHOの報告書によりますと、2018年の分担金の合計はおよそ5億ドルだったのに対し、加盟国や民間団体による任意の拠出金の合計は、22億4300万ドルとなっています。

そして、任意の拠出金については、2018年にアメリカが2億8100万ドルと最も多く、全加盟国の拠出額のうち2割余りを占めています。

日本は8650万ドルを拠出したほか、中国は630万ドルにとどまっています。

WHOの主な活動の1つは、世界中の専門家を集めて医療に関わる規範を作成することとされ、2018年の支出に占める人件費の割合は40%余りに上ります。

また、支出目的が制限されない分担金とは違い、任意の拠出金の場合、多くが特定の分野に対して拠出され、専門家の人件費などにあてられます。

このためWHOに詳しい関係者は、NHKの取材に対し、最大の拠出国であるアメリカが実際にWHOへの資金の拠出を停止すれば、予算の作成や活動に与える影響は少なくないだろうと指摘しています。

中国外務省報道官「米は職責と義務を果たせ」

アメリカのトランプ大統領が、WHO=世界保健機関への資金の拠出を停止する考えを明らかにしたことについて、中国外務省の趙立堅報道官は15日の記者会見で、「世界的に新型コロナウイルスの感染が厳しさを増すなか、アメリカの今回の決定は、WHOの力を弱め、国際的なウイルス対策の協力を損なうもので、影響はアメリカを含む世界各国、とりわけ、対応能力がぜい弱な国家に及ぶ。アメリカには、みずからの職責と義務を着実に果たし、WHOが指導する国際的なウイルス対策を支持するよう促す」と述べ、アメリカの対応を批判しました。

また、趙報道官は「新型コロナウイルスの感染が始まって以来、WHOはテドロス事務局長の指導のもと、積極的に職責を果たし、国際社会の理解と高い称賛を得てきた。中国は、これまでどおりWHOを支持し、世界的なウイルス対策で重要な役割を担っていく」と述べ、WHOの一連の対応を評価し、支持する考えを示しました。

台湾 去年12月にWHOに警告していた

新型コロナウイルスについて、台湾は去年12月の段階で、中国でヒトからヒトへの感染が疑われる事案が起きているとWHOに警告していたとしています。

台湾で感染症予防対策を担う疾病管制署は去年12月、中国のSNS上の情報やメディアの報道などから、湖北省武漢で通常とは異なる肺炎の患者が出ていることを把握し、12月31日にWHOの窓口にメールで伝えたということです。

メールには「中国の武漢で非定型の肺炎が少なくとも7例出ていると報道されている。現地の当局は、SARSとはみられないとしているが、患者は隔離治療を受けている」などと書かれていました。

台湾側はこのメールで、WHO側に対して関連の情報提供を求めましたが、WHOは「担当者に伝える」と返信しただけで、その後、台湾に連絡はありませんでした。

台湾からの連絡について、WHOは今月、「ヒトからヒトへの感染についてメールでは触れていなかった」として、警告はなかったとしています。

これに対し、台湾の陳時中衛生福利部長は「隔離治療がどのような状況で必要となるかは、公共衛生の専門家や医師であれば誰でも分かる。これを警告と呼ばず、何を警告と呼ぶのか。専門家が素人のような話をしている」と述べ、WHOの主張に反論しました。
台湾をめぐって、WHOのテドロス事務局長は今月8日の記者会見で、3か月前からインターネット上で人種差別的な中傷を受けていると明らかにし、「攻撃は台湾からきた。台湾の外交部は知っていたが、何もせず、むしろ私を批判し始めた」と主張しています。

これに対し、台湾の蔡英文総統は9日、自身のフェイスブックで抗議し、「台湾は長年、国際組織から排除され、誰よりも差別と孤立の味を分かっている。テドロス事務局長にはぜひ台湾に来てもらい、差別を受けながらも国際社会に貢献しようと取り組む姿を見てほしい」と書き込みました。

台湾外交部幹部 WHOの対応を批判

こうした中、台湾の外交部の幹部は15日の記者会見で、WHO=世界保健機関の台湾に対する姿勢について、「WHOはこれまで中国による不当な政治的圧力に抵抗できず、台湾の参加を認めてこなかった。WHOは世界の公共衛生を発展させる国際組織として、専門的かつ中立な立場を堅持すべきだ」と述べて、WHOを批判しました。

台湾は独自対策 抑え込みに効果

世界各地で新型コロナウイルスの感染が広がる中、ヒトからヒトへの感染を早くから疑っていた台湾は、独自の対策を講じ、感染の抑え込みに効果を挙げています。

台湾の保健当局は去年12月、湖北省武漢で、原因不明の肺炎にかかった患者が隔離治療を受けているという中国のSNS上の情報やメディアの報道などから、ヒトからヒトへの感染が疑われる事案が起きているとWHOに通知して情報の提供を求めました。

また、中国の保健当局にも状況を問い合わせましたが、WHOと中国のいずれからも詳しい情報の提供はありませんでした。

このため去年12月31日以降、武漢から台湾に到着した航空便に検疫官が乗り込み、何らかの症状があれば申し出るよう求める措置を始めました。

台湾でことし1月、初めて新型コロナウイルスの感染が確認された女性は、到着便で検疫官に体調不良を申告し、感染が明らかになりました。

台湾の保健当局は、中国側の協力で1月中旬に湖北省武漢に感染症の専門家2人を派遣して病院を視察したほか、保健当局の関係者と意見交換した結果、ヒトからヒトへの感染が起きていると判断して対策本部の規模を拡大し、1月26日以降は、中国から入ってくる人への制限を徐々に厳しくしていき、ウイルスの流入を防いできました。

14日は、新たに感染が確認された人がおよそ1か月ぶりに1人もいない状況になるなど、早くから行ってきた対策が感染の抑え込みに効果を挙げています。

中国 台湾を認めない立場

中国政府は、台湾は中国の一部だという立場からWHOをはじめ、国際機関への台湾の参加を認めていません。

例外的に、中国との関係を重視する国民党の馬英九政権の時には、WHOとICAO=国際民間航空機関にオブザーバーなどとしての参加を認めていました。このうち、WHOへのオブザーバー参加は2009年から2016年まで認めていましたが、中国が独立志向が強いとみなす民進党の蔡英文総統になってからは、2017年以降、認めなくなっています。

2003年にSARSが流行した際には、感染症対策は世界共通の問題のため、台湾のWHOへのオブザーバー参加を認めるべきだなどという意見が日本を含め世界各国に広がりました。

台湾で当時、SARSの対応にあたった陳建仁副総統は、メディアの取材に対し、「ウイルス検査を行うため、WHOからSARSのウイルスのサンプルの提供などをしてもらいたかったが、相手にしてもらえなかった。その後、ある病院で院内感染が起き、WHOの担当者が派遣されたが、すでに多くの人が亡くなっていた」と述べ、WHOに加盟していないことで情報が得られず、SARSの封じ込めに苦しんだと訴えています。

SARS当時の中国とWHO

2003年にSARSが流行した際、中国政府は、すでに広東省で原因不明の肺炎が広がっているという情報が一部で出回っていたにもかかわらず、WHOからの情報提供や現地調査の要請に対応せず、4月までの数か月間、感染状況を隠し続け、これが世界的な流行につながったと批判されました。

当時、WHOの北京事務所は、独自に何度も記者会見を開くなど中国政府と一線を引いた対応に徹していましたが、今回の新型コロナウイルスではメディアへの対応をほとんど行っていません。

最近のWHOの中国接近

最近、中国政府は国際機関の責任者に、中国政府の高官や中国の立場に理解を示す人物が就任するよう働きかけを強めていて、WHOのマーガレット・チャン前事務局長や、今のテドロス事務局長が選出された背景にも中国政府の働きかけがあったと指摘されています。

また、習近平国家主席は、2017年1月にスイス・ジュネーブのWHO本部を訪問しているほか、中国で新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化しつつあった、ことし1月28日には、テドロス事務局長を北京に招いて会談を行っています。

北京での会談について、国営の中国中央テレビは、テドロス事務局長が「新型コロナウイルスへの中国政府の効果的な対策は尊敬に値し、情報公開は透明性がある。中国の国民だけでなく、世界の国民をも守っており、WHOはこれに心から感謝する」などと称賛したと伝え、中国政府への国民の不満を抑えるためにWHOを利用するねらいもあったとみられています。

専門家 「中国の一貫した戦術のあらわれ」

元外交官で、キヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦研究主幹は、トランプ大統領がWHOを「中国寄りだ」と批判し、資金の拠出を停止するとした背景について、中国が国際社会での影響力拡大を目指す中、「国際機関のトップを取るという中国の一貫した戦術のあらわれがある」と指摘しました。

また、新型コロナウイルスに対するWHOのこれまでの対応について、「WHOの事務局長が若干、中国に対して配慮が多いなということは多くの方が感じていると思う。節目節目での発言を見ていると、必ずしも公平でなかった部分があるかもしれず、その点が批判されている」と指摘しました。

ただ、トランプ大統領による表明については、「大統領選挙を意識したパフォーマンスだ」として、アメリカ国内の感染拡大に歯止めがかからない中、批判を避けるねらいがあるとする一方、WHOについても、「感染拡大が収束したあとは、WHOとしてもどのような情報をどう判断して発表したかなど、しっかりと検証し直す必要がある」と述べました。

また、今後の日本の対応については、「WHOは、中立な立場から情報提供や情報集約を行い、各国に連絡するという非常に重要な役割があるので、日本は引き続き支援しなければならないし、そこから利益も得なければならない」と述べ、WHOを通じた国際的な協力は継続すべきだと強調しました。

イラン外相は強く非難

トランプ大統領がWHOへの資金の拠出を停止する考えを明らかにしたことについて、アメリカから経済制裁を受けているイランのザリーフ外相は、ツイッターに「世界はいま、これまでイランが経験してきたことを学んでいる。アメリカ政権によるいじめや脅しは、単に中毒になってやっているだけではなく、人の命を奪うものだ」と投稿し、強く非難しました。

そのうえで、「イランに対する『最大限の圧力』と同様、パンデミックのさなかでのWHOに対する資金拠出停止は汚名を残すことになるだろう」として、イランに対する経済制裁とともにアメリカの今回の決定を批判しました。