“ビッグデータ”でコロナと闘う

“ビッグデータ”でコロナと闘う
「いま発熱はありませんか?」
ITを駆使して8300万人もの人々に健康状態を問いかける。そんな前例のない大規模な調査が行われている。
新型コロナウイルスの対策に必要な“ビッグデータ”の収集。感染リスクを抱えているのは、どんな職業の人で、どこにいて、どんな予防策をとっているのか。寄せられた大量のデータを分析することで、感染拡大の抑止にどのような対策が有効なのか、その道筋が見えてくるという。私たち一人ひとりが持つ情報の集積、ビッグデータは、猛威を振るう新型コロナウイルスに打ち勝つ有効な武器となるのか。
(ネットワーク報道部 記者 斉藤直哉/第2制作ユニットディレクター 今氏源太 村上拓)

歴史的な規模の調査

先月31日から始まった厚生労働省の新型コロナウイルス対策のための全国健康調査。
全国で8300万人という通信アプリ「LINE」のユーザーに直接呼びかけ、いまの健康状態などを聞き取っている。
質問項目は、「いまの健康状態」「年齢」「性別」「住んでいる地域」「感染の予防行動」などいくつかの簡単なもの。
調査にあたって、厚労省は、集めたデータは感染者の集団=クラスターの対策のための分析だけに使用し、個人のプライバシーが特定されないよう加工を行うとして、広く協力を呼びかけた。
これまでに寄せられた回答は、およそ2500万人分。国民のおよそ5人に1人が回答した計算になる。
回答は自主的な申告だが、感染リスクに関する重要なデータが明らかになってきた。
37度5分以上の発熱が4日以上続いていると答えた人が、全国で約2万7000人に上ったのだ。
都道府県ごとに見ると、沖縄県がもっとも高く、次いで東京都、北海道、大阪府が全国平均を上回っていた。
国の緊急事態宣言が出されていない自治体でも、発熱を訴える人が数多くいることが分かった。
さらに、発熱を訴えている人を職業別のグループで分類したところ、▽飲食店や外回りの営業など長時間の人との接触や密集を避けるのが難しい職業のグループでは0.23%と全体の平均の2倍余りに上っていた一方、▽在宅で家事や育児をする人など人との接触を避けることが比較的容易なグループでは0.05%と、全体の平均の半分以下の割合となっていた。
これらの傾向から、日頃の行動で「社会的な距離を保つこと」「密閉・密集・密接のいわゆる3密を避けること」が感染リスクを下げるうえで重要であることが、データで裏付けられるかたちになった。
発熱を訴えている人が、直ちに新型コロナウイルスに感染していることを示しているものではない。
それでも、現状では希望した人すべてがすぐに感染の有無を調べる検査を受けられるわけではない中で、ウイルス感染の可能性のある人がどれくらいいるのか、どんな傾向があるのかが分かったのは初めてだ。

自粛要請 その裏側にもデータ

LINEを通した健康状態の聞き取り調査は、国に先立って一部の都府県で始まっていた。
自治体の調査では、健康状態の聞き取りだけでなく、回答された内容にもとづいて、新型コロナウイルスの感染の可能性があるかどうかや、相談窓口への連絡の必要性などを自動のチャットで回答する仕組みになっている。
もっとも早く3月上旬に導入した神奈川県では、県民20万人のビッグデータの分析結果が、知事が「不要不急の外出の自粛」を呼びかける根拠の一つとなった。
その分析データも、発熱を訴える人の割合だった。
ことし2月末から3月中旬まで、日ごとの発熱していると答えた人の割合は横ばいだった。
しかし3月20日からの3連休のあと、その割合が急激に増えていた。そして、感染が確認された人の数も、それに伴うように増え始めていた。
これに、県内の人出のデータを重ねると、3連休では行楽地への人出が増加しており、自粛ムードが緩んでいたことが見て取れる。
神奈川県は、そのことが感染拡大につながった可能性があると考え、「不要不急の外出の自粛」を呼びかけたのだ。

専門家が語る“データの力”

LINEと国や自治体を結んで、ビッグデータを利用した調査や健康サポートのシステムを作り上げたのが、医療政策を専門とする慶應義塾大学医学部の宮田裕章教授だ。
クローズアップ現代+にゲスト出演している宮田教授は、新型コロナウイルスの流行の兆しが見えていたことし2月下旬、ビッグデータの活用がいかに不可欠かを指摘していた。
慶應義塾大学医学部 宮田裕章教授
「もしこのまま感染がおさまらなかった場合に、どういった対策を打てばいいのか、判断の根拠になるものがない。患者だけでなく、自宅に待機している潜在的な患者も含めてエリアごとに把握しながら対策を考えないといけない」
その後、宮田教授はLINEや厚労省と協議を重ね、調査の実施へとつながっていった。
感染拡大の収束がまだ見えない中、データを活用することの重要性は今後さらに高まっていくと話す。
宮田教授
「今後もしオーバーシュート(感染爆発)が発生するとしても、症状を訴えている人の情報をより早く集めることで、どれくらいの患者が発生しうるのか、それに備えるための現場の準備につなげることができる。データを蓄積しながら判断を重ねて、人々に還元していく、これがいちばん大事です」

IT企業もビッグデータを提供

LINE以外にも、新型コロナウイルスへの対策にビッグデータを役立てようという動きは、いくつかのIT企業の間で広がっている。
グーグルは、地図アプリで集めた匿名のビッグデータを使って、新型コロナウイルスの影響を受けて世界各国の人々の活動がどれほど変化したかを、今月3日からブログで公開している。
それによると、3月の1か月間の人々の活動量は、厳密な都市封鎖が行われたフランスでは大幅に減少した。
一方、日本では駅など交通機関への人出は減少したものの、娯楽施設への人出は、3月下旬にかけての桜の開花や3連休のタイミングで増加していた。

また、IT大手ヤフーでも、アプリを通じて匿名で提供を受けた人々の位置情報や購買履歴、検索ワードなどのビッグデータを厚労省に提供すると発表していて、分析の結果が対策に活用されることが期待されている。

AI・ビッグデータがもたらす未来の医療

日本以上に新型コロナウイルスの感染が広がっているイギリスでは、ビッグデータとAIを活用したサービスが、急速に普及している。
イギリスのベンチャー企業「Babylon Health(バビロン・ヘルス)」が運営するAIを使った遠隔診療サービス「AIドクター」は、国の保険が適用され、すでに80万人以上が登録している。
ことし2月には、新型コロナウイルスの診断プログラムが追加された。
利用者は、スマートフォンやパソコンによるチャットで、AIに対して現在の体調や症状を申告する。すると、AIが自動で質問を投げかけて生活習慣や持病などを聞き取り、可能性のある病名を回答するという仕組みだ。
24時間365日、待ち時間なく利用することができ、チャットの開始から可能性のある病名の回答までわずか数分ですむ。
医療費がほぼ無料のイギリスでは、軽い症状でも人々が病院に頼るため、受診できるまで最大2週間かかることもある。
このAIドクターが、医師に代わって最初の診断を担うことで、病院に駆けつける人を減らすことができ、今回の新型コロナウイルス対策でも医療現場を支える役割を果たしているという。

AIの可能性

AIドクターを支えているのが、患者の症例などの膨大な医療ビッグデータだ。
AIは、データの分析・学習を重ねることで診断の精度を高め続けていて、ある医療テストでは、AIドクターの診断の精度が人間の医師を上回ったという結果も出ているという。
さらに、カメラに映った患者の表情をAIが読み取ることで、患者自身も気付かない病気の兆候を見つけ出す試みなども行われ、新しい医療の可能性も示している。
バビロン・ヘルス 最高医療責任者 モブシャー・バットさん
「ビッグデータを用いた医療は、今のような集団感染が起きた時こそ本領を発揮する。AIドクターを使えば、対面による感染リスクを減らしてサポートができる。世界中の国がこれを医療に導入するまでそれほど長い時間はかからないだろう」
このAIドクターは、イギリスだけでなくアフリカなど世界17か国で導入されていて、日本でのサービス開始も検討されているという。

一人ひとりのデータが未来を支える

大きな可能性を持つ医療ビッグデータの活用。
しかし、一人ひとりの健康状態や病歴などは、最も厳密に管理されなければならないプライバシーデータ=個人情報でもある。
集められたデータが目的外に流用されたり、外部に漏えいしたりすることはあってはならない。
この点に関して、宮田教授は、データ活用には「信頼」が重要だと指摘する。
宮田教授
「皆さんから多くのデータを集めるためには、信頼される形でデータを使うことが必要。データの十分な管理がなされているか。公共の利益のために使われているか。第三者機関の監視や複数の機関が関わることで、信頼を高める仕組みを作る。データは誰かが持っているだけでなく、共有することによって価値が高まっていく。ひとりのデータがみんなのために役立てるだけではなく、そのデータが、結局、一人ひとりを支える仕組みを作ることによって社会そのものをいい方向に向けていきい」
厚労省のLINEを使った調査は、これまでに3回行われ、今後も続けられる予定だ。
合わせて行われている自治体の健康サポートでは、長期にわたって健康状態をフォローすることで、今後、回復に向けた医療ケアにつながるような分析も可能になるのではないかと期待されている。
統計的な分析やAIによる解析によってより高い価値を産み出すビッグデータ。
うまく活用すれば、私たちが新型ウイルスに対して立ち向かう大きな武器となるはずだ。
ビッグデータとコロナウイルスについては、15日(水)午後10時放送予定のクローズアップ現代+で詳しくお伝えします。
ネットワーク報道部 記者
斉藤直哉
第2制作ユニット ディレクター 
今氏源太
第2制作ユニット ディレクター
村上拓