コロナで帰国した私、待っていたのは…

コロナで帰国した私、待っていたのは…
すぐ日本に戻れ!
新型コロナウイルスの感染が拡大するなか、いま海外にいた日本人が次々と帰国している。苦労して日本の空港に降り立ち、ようやく一安心、と思ったら…ええっ!何これ?
緊急帰国した人たちの証言から、見えた課題とは。
(政治部・渡辺信、小泉知世、柳生寛吾)

ベルリンの女子大生 出国できるか

3月27日、私はドイツ・ベルリンの空港にいた。

去年の9月から交換留学でここを訪れ、言語学を学んでいた。留学期間はあと半分残っていたけど、帰国しなければならなくなった。政府がドイツに対する感染症危険情報を、渡航自粛を要請する「レベル2」(現在はレベル3)に引き上げたので、送り出した大学の側が、交換留学は中止したのだ。せっかくの留学生活がコロナで台なしだ…。

ここからオランダのアムステルダムを経由して、成田に向かう。その飛行機に乗り込む、わずか5分前のことだった。

「アムステルダムから成田までのフライトがキャンセルになった」航空会社から、突然のメール。
ええっ!このまま乗ってしまっていいのだろうか。アムステルダムで足止めされたら、いつ日本に帰国できるかわからない…

決めた。搭乗手続きの担当者に事情を説明して、預けた荷物を下ろしてもらった。出発は、諦めた。

さて、どうしよう…一息ついて出発の案内板を見上げる。
キャンセル、キャンセル、ほとんどの便がキャンセルだ。
コロナの影響って、ここまで出ているんだ…身をもって感じた。

「賭けることはできますか?」

とりあえず、泊まる場所を確保しなくては。空港を出て、現地の友人に電話した。

よかった、泊めてもらえることになった。

友人の家に落ち着いたあと、改めて帰国便を予約しようと、日本の旅行会社に電話した。
ベルリン発の便を予約したいと告げると、旅行会社の担当者からこんな問いを返された。

「ベルリンからの便が飛ぶことに、賭けることはできますか?」

今後は飛ぶ保証がなく、まさに「賭け」の状態だという。ただドイツ国内だと、フランクフルト発の便ならば、あす確実に飛ぶ便の最後の1席が残っているという。しかも羽田までの直行便だ。これならば…すぐにチケットを予約した。

翌日、列車でベルリンからフランクフルトに移動した。列車の中には、ほとんど乗客がいなかった。
ようやくフランクフルトの空港に到着、やっぱり人影はまばらだ。本当に今度の便は大丈夫だろうか。
ふと足元を見ると、並ぶ時は他の人と2メートルの間隔を置くよう示す表示があった。きっと、すごく混雑した時期があったのだろう。

機内での書類に「?」

フランクフルト発、羽田行きの全日空機。ちゃんと運航した。乗れてよかった。

座席に座り、離陸を待ちながら一息ついていると客室乗務員がやってきて、3枚の書類を渡された。「しっかり記入して、羽田空港に着いたら必ず提出してください」と指示された。羽田までの10時間ほどのフライトの最中にも、必ず記入して提出するよう、何度も念を押すかのように機内アナウンスが流れた。

配られた1枚目の書類は「質問票」だった。
「新型コロナウイルスに感染した患者を早期に発見し、追跡調査に使用する」という、ただし書きがあり、住所・氏名、発熱やせきといった症状の有無に加え、飛行機の座席番号を記入する欄もあった。

2枚目は「申告書」。
「自宅・ホテル」など、今後14日間の「待機場所」を申告し、「不特定多数が利用する電車、バス、タクシー、国内線の飛行機など」の公共交通機関を使用しないことを誓約し、署名するものだ。

羽田空港まで、家族が車で迎えに来てくれる。そのことを記入した。でも、私は家が東京にあるからいいけど、それ以外の人たちは公共交通を使ってはいけないと言われたら、どうやって帰るのだろう?

ホテルに泊まるにしても、空港周辺のホテルはどこも値段が高く、14日間も宿泊したら数十万円の宿泊費になってしまう。そんなの学生じゃ無理。いやそうじゃなくても、一体誰がそんなことができるのだろうか。

3枚目の書類は、帰国後の過ごし方の注意点や相談先が書かれていた。
「自宅またはホテル等、入国した次の日から起算して14日間は指定された場所で待機してほしい」と書かれ、到着後も携行する必要があった。

羽田空港に到着したけれど

羽田に到着したのは、日付が変わって29日だった。

しかしターミナルビルに到着しても、すぐに飛行機から出られなかった。
10分ほどすると検疫官が乗り込んできて、「PCR検査などのため、空港から出るまで2、3時間かかる」という説明があった。乗客のほとんどは心構えができていたのか、動揺した様子はなく、冷静に受け止めたようだった。

その後、飛行機から降りることになったが、40人ずつ順に降りるよう客室乗務員から指示された。私の順番が来るまで…1時間待った。

PCR検査で「行列」

国際線ターミナルビルの中は人影はまばらだった。案内に従って進んでいくと、そこには長い行列があり、最後尾に並ばされた。
フランクフルトの空港のように、並ぶときに「一定の距離をとるように」という呼びかけはない。

行列に並んでいる間にことばを交わすようになった前後の人と、「こんなに間隔を詰めて大丈夫だろうか」と話し合ったが、空港の担当者は行列が長くなるのを避けたかったのか、逆に「もっと詰めてください」と呼びかけていた。

行列に並んでいると、新たに「健康相談記録」という書類を渡され、記入した。
機内で配布された書類と重複する質問がいくつもあったが、「機内で座席の移動」の有無を記入する欄があり、一層徹底した印象を受けた。

書類を記入したうえで、今度はウイルス検査の列に並んだ。検査は行列に並んだ人たちから見えないよう、半透明のついたての向こう側で行われていた。

まだまだ続く行列

ウイルス検査が終わった時には、さらに1時間がたっていた。

しかしその先には、まだまだ行列が待ち受けていた。機内で記入した3枚の書類と、空港に着いてから記入した1枚の書類を担当者が確認するためだった。
この行列は2時間続いた。その間、いすやソファーはなく、子ども連れの家族も、ずっと立ちっぱなしだった。特に赤ちゃん連れの家族は大変そうだった。

同伴者がいれば、行列を抜け出してトイレに行くのも可能だが、一度行列を外れると、戻ってきた時に視線が突き刺さるようなピリピリした雰囲気だった。

長時間のフライトで疲れている上に、延々と立ちっぱなしなのだから、無理もない…。

疑問や不満が爆発

書類を確認する場所では、皆、担当者に、次から次へと質問を浴びせていた。

「公共交通機関しか移動する手段がないが、どうすればいのか」とか「レンタカーを借りるにも、すでに空きがないので、どうすればいいのか」といった質問が相次いでいた。長い行列のせいでストレスがたまっているのか、けんか腰の人もたくさんいた。
私の後ろに並んでいた、中年の夫婦の会話が聞こえた。どうやら、自宅までレンタカーで帰ろうとしている様子。並びながら周辺のレンタカー会社に電話で問い合わせていたが、どこも車に空きはなかったらしく、諦めてホテルに泊まることにしたみたいだ。

2人は配られた書類にある「指定された場所で14日間待機」という文言について話していた。
「これだと国が宿泊先を指定してくれていると、勘違いしかねないよね」
全く同感だった。そして何より、「14日間のホテル代」の金銭的負担を考えると、うその申告をして、公共交通機関で帰る人がいてもおかしくないんじゃないだろうか。

結局、空港を出るまで5時間かかった。足が痛い。
そういえば、本当に公共交通機関を使わないかどうか、最終的に確認する人はいなかった――

「陰性でした」

以上が、交換留学を打ち切り、急きょ帰国しなければならなかったある女子大生の体験だ。「日本でも感染は広がっているのに、帰国はなぜ」と疑問を抱き、帰国後の対応にも場当たり的なものを感じたという。

彼女は迎えにきた家族の車で無事に帰宅。その後、要請されたとおり、家で待機を続けていたが、4月1日に厚生労働省の担当者から、「ウイルス検査の結果、陰性でした」と電話がかかってきた。ほっとしたものの、担当者の声が疲れ切っていて、「きっと、大変なんだろうな」と心配になったという。

しかし彼女の知人で、同じくドイツ・ベルリンに留学していた別の男子大学生の場合、もっと長い一日になった…。

「動かないで」12時間空港に…

3月28日、彼はロンドン経由で羽田空港に到着した。

そして行列に並んでいる最中、検疫官に「せきが出るので、かぜをひいているかもしれない」と正直に告げた。すると、すぐにウイルス検査をすることになった。

結果が出るまで、空港内の廊下のようなところに案内された。

そこには検査待ちの人が座るいすが間隔をとって並んでいたが、いちばん奥にあるいすに座るよう指示された。
しばらくすると、担当者が、ついたてを持ってきて彼を囲った。

廊下は人通りがあったが、ついたてで他の人から見えないような状態になった。担当者から、「トイレ以外、ここから動かないでください」と指示があり、午前10時から午後8時まで、ひたすら、ついたての内側で過ごすことになった。
トイレは大丈夫だったが、問題は食事だった。外には出られないため、担当者が昼ご飯を差し入れてくれたが、10時間でおにぎり2つと500ミリリットルの水だけだった。これがいちばんきつかったという。

「ロンドンからの機内食も、感染対策で、食器を使った料理は一切出なかった。通常、ヨーロッパからの便だと、エコノミークラスでも2回の食事が出るのに、サンドイッチなど簡単なものだけ。羽田空港に着いたら何か食べられると思ったのに。とにかく腹が減りました」

Wi-Fiの電波が悪くてスマートフォンを使うこともできず、持っていた本を読むなどして過ごした。
「事実上の監禁だった。ただ動き回ろうと思えばできるので、対策としては甘いとも感じた」

結局、ウイルス検査の結果は陰性。彼が羽田空港を出られたのは、到着後12時間がすぎてからだった。

親が車で迎えに来てくれたが、やはり公共交通機関を使わないで帰宅できる人は、そんなにいるのだろかと思わずにはいられなかったという。

水際対策、これでいいの?

こうした実態について、厚生労働省に質問してみた。

担当者は「自宅に帰る手段や待機場所は、自己申告でしかないが、しっかりとこちらの趣旨を説明したうえで行動してもらっている。ただ、法律で規定されていないので、あくまでも要請でしかない」という。

スペインから帰国した沖縄県の女性が、空港での待機要請を無視して公共交通機関を使って帰宅し、その後、新型コロナウイルスに感染していたことがわかった事例もあった。「こうしたケースが増える場合、対応を検討しなければならなくなる。ウイルス検査の対象国から帰国した場合は、空港での待機要請を無視すると、検疫法に基づく罰則規定があるということをさらに周知したい」としている。

空港到着後の待機については、
「飛行機が到着した際、帰国者には機内でいったん待機してもらい、空港内で長い行列ができないよう、一定の人数ごとに区切って降りる運用にした。日々、便数が変わるので、帰国者が多い時間帯には混乱をできるだけ避けるよう対応している」
としている。ただ、実際には長い行列ができる結果になったことを見ると、対応に限界があったということか。また並ぶ際に人の距離が近く、感染の不安があるという懸念に対しては、
「できるだけ間隔を空けて並んでもらうよう、今は現場では対応している」
と話している。

公共交通機関以外の手段で自宅に帰ることができない場合などの、14日間のホテル滞在費についてはどうか。
「もともとは全額が自己負担だったが、3月28日からはウイルス検査の結果が出るまでの数日間だけは、公費でホテル代が出るよう改善を図った」
とはいえ、検査結果が出たあとの残りの日数の宿泊代金は、引き続き自己負担ということだ。重い負担になることは変わりない。

水際対策の狙いは「日本人」

空港での混雑の背景には、世界的な感染拡大を受けて、政府が水際対策を順次強化してきたことがある。

これまでにも空港の検疫所では、外国から帰国した日本人の感染確認が相次いでいた。政府は、さらに4月3日からは、世界のすべての国と地域からの日本人を含む入国者に対し、指定場所での2週間の待機を要請することにした。

外国人の入国拒否は、新たにアメリカやヨーロッパのほぼ全域などを加え、合わせて73の国と地域を対象とし、その国と地域から帰国する日本人にはウイルス検査を義務づけた。
出入国在留管理庁によると、3月25日から31日までの7日間で、日本人の帰国者は約4万4000人、外国人の入国者は約1万2000人。4月1日から5日までの最新データでは、日本人の帰国者は約1万2000人で、外国人の入国者は約3000人だった。
政府関係者は「水際対策の対象国を拡大した今回の措置の狙いは、もはや外国人ではない。日本人だ。感染拡大前から現地にいた留学生や仕事をしている駐在員はしかたないが、感染が拡大し始めても観光旅行に行こうとする人がいて、それをやめさせたかった」と話す。

そのうえで、厚生労働省は、これまでに行われた空港の検疫で、待機が長時間に及び、感染の不安を訴える声が相次いでいたことを踏まえ、国内各地の空港の検疫官を羽田や成田に集めるなど検疫態勢の強化を図っているという。

新型コロナウイルスを感染拡大を収束させるための取り組みは、政府にとっても走りながらの対応だ。水際対策を徹底するためにも、現場の状況に則した迅速で的確な対応が求められている。