私が記者会見でマスクができないワケ

私が記者会見でマスクができないワケ
感染の拡大防止を訴えて連日繰り返される記者会見。その脇でマスクをつけずに奮闘する手話通訳者の理由を説明した漫画がネット上で注目されています。求められているのは、人々を隔てない透明なマスクです。
(ネットワーク報道部記者 秋元宏美・鮎合真介)

予防せな危ないで!

その漫画は、休日の午後、新型コロナウイルスに関する記者会見の様子をテレビで見ていたある夫婦の会話から始まります。
ふと、妻があることに気付きます。

「手話通訳の人だけマスクつけてないやん!予防せなあの人危ないで!」

会見場にいる人がみんなマスクをしているなか、手話通訳者だけがマスクをしていなかったのです。しかし、大学で手話を学んでいた夫は、手話通訳者がマスクをつけない理由を知っています。そして、その理由を妻に説明するのです。
例えば、ひらがなの「あ」と数字の「5」を表す手話の形は同じため、手話通訳者は手と同時に口の形で「あ」なのか「5」なのかを表現していると言います。

「あの人も命がけで通訳してくれてんのやね」

マスクをつけてしまうと手話が成り立たないことを理解した妻は納得します。

肩身の狭い思いをしていないだろうか

この漫画は、4月5日に公開され、大きな反響を呼んでいます。この漫画の作者で、茨城県在住のイラストレーター、ぷちめいさん(@puchimei_twi)に話を聞きました。
高校時代は地域の教室で、大学時代は手話サークルで手話を学んでいたそうです。
ぷちめいさん
「あの漫画は実際に私たち夫婦の間で交わされた会話をもとに描きました。僕にとってはあたり前だったことが、妻にとっては驚きだったようで、実は多くの人が知らないことなんじゃないかと思ったのです。同時に、学生時代の聴覚障害者の仲間たちが、今の状況で肩身が狭い思いをしていたり、困ったりしていないかと思い、この漫画を書きました」
投稿してからは当事者からも「私たちの抱えている悩みを漫画でわかりやすく伝えてくれてありがとう」といった声が寄せられているということです。
ぷちめいさん
「これをきっかけに聴覚障害者への偏見をなくしたり、理解を深めることにつながればいいなと思っています」

手話通訳者は?

当事者に聞いてみました。電話で話を伺ったのは東京・新宿にある「東京手話通訳等派遣センター」の担当者です。

「記者会見をする人と同じ場所にいる手話通訳者がマスクをつけたまま通訳をしたという前例はないはずです」

記者会見は、手話通訳者による一方通行の情報伝達で、手話を見ている人が意味を聞き返すことができないため、マスクを外す必要があるのだそうです。
ただ、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、手話通訳者の感染リスクをどう減らすのかという意識も非常に大切だと言います。
東京手話通訳等派遣センター 担当者
「感染のリスクを減らすためには記者会見の主催者が別室に手話通訳者を配置してテレビで同時中継するなどの対策が考えられます。ただ、私たちは会見の主役ではなく、会見を開く人たちの意向に従うという立場にあるので、『こうしてほしい』といったお願いをしづらいのが実情です」

マスクが隔てる世界

耳の不自由な人たちがマスクに感じる不便さは記者会見だけにとどまりません。

高知県聴覚障害者情報センターの西村周二所長によりますと、病院の受付や買い物などで手話が出来ない相手がマスクをつけていると、口元の動きを捉えることができず困っているという声が寄せられているということです。本来は、マスクを外してもらうことがいいのですが感染の拡大防止を考えるとそれもできません。
高知県聴覚障害者情報センター 西村周二所長
「感染の広がりを防止することを優先しなければならないことは理解できます。しかし、マスクの着用が聴覚障害者にとっては生活上の大きな困難をもらたしていることもぜひ知っていただきたいと思っています」

口元を隠さない透明マスク

こうした中ツイッターでは、アメリカの21歳の女子大学生が口元を隠さない透明なマスクを作ったと地元メディアが報じたニュースが話題になり、多くのコメントが寄せられています。

日本メーカーも“作っていた”

調べてみたら日本のメーカーも似たようなマスクを作っていました。

東京・墨田区にある健康器具や医療用品などの製造や販売などを行っている会社が2012年に販売を開始した、曇り止めが施された透明のマスク、「ルカミィ(=Look at me)」です。会社によると当初、このマスクを2万枚製造したそうです。
しかしその後、増産されることはなく、3年半後の2016年6月、在庫の完売をもって販売を終えました。理由は「曇らないための処理など手の込んだ作りになっていることや、手軽な価格設定が難しかったことなどもあり、採算がとれなかった」だそうです。ちなみに価格はひと箱10枚入りで2100円でした。

実際に使ったけど…

このメーカーのものとは違うタイプと思われますが、似たような透明のマスクについては、前述の「東京手話通訳等派遣センター」の担当者も「10年ほど前に日本で新型インフルエンザが流行したとき、透明のマスクが配布されたことがある」と証言します。

ただ、マスクの透明の部分が曇ったり唾がついたりして、手話を見る側も手話通訳者も「違和感」を感じ、透明マスクはいつしか姿を消したそうです。

世界を隔てないマスクを

ところが最近、新型コロナウイルスの感染が拡大する中、透明のマスクを製造していたメーカーには問い合わせが増えているということです。
会社担当者
「すでに生産を終えているので、要望には応えられず心苦しいのですが、こういう情勢の中、透明のマスクのニーズがまた大きくなっていると感じています」
透明のマスクを求める動きは世界でも広がっています。
世界ろう連盟と、世界手話言語通訳者協会は3月3日に共同声明を発表しました。この中で、手話通訳者に対しては医療従事者と同様の健康と安全が保障されるべきで、外科手術用の透明マスクの着用や、透明なスクリーン越しでの通訳などの代替案が考えられるとしています。

世界の人々はマスクを必要としています。そのマスクが人々を隔てるようなことがないよう、もう少し新たな知恵と工夫が求められているようです。