あなたに合う靴はきっとある

あなたに合う靴はきっとある
「学校に行かせることが親の愛」と考えていた母親と「学校に行かないと」というストレスで体重が18キロまで落ちた娘。親子はいま「“学校”という合わない靴を履き続けるよりも、自分に合う靴を見つけてほしい」と不登校の経験を語り始めています。不登校の子どもたちが環境の変化に不安を抱くこの春の季節に「学校に行かないこと」を選んだ親子の物語を綴ります。(宇都宮局 記者 石川由季)

東日本大震災で不登校に

栃木県さくら市に住む野澤こなつさんは、ファッションとメイクが大好きな16歳です。

笑顔が印象的なこなつさんですが、実は中学校を卒業するまでの8年間、不登校や別室登校などを繰り返していました。

きっかけは小学1年生のときの東日本大震災。栃木県内でも最大震度6強を観測した大きな揺れに強い不安を感じ、もともといじめを受けていたこなつさんは、親と一緒でないと学校に行けなくなりました。
こなつさん
「特定の1人の男の子からのいじめが半年間くらい続いたときに東日本大震災があって、不安が爆発しました。学校に行きたい気持ちはあるし行かなきゃいけないっていうのも伝わってくるけど。体が動かなかった」

苦しめられた大人からのことば

そんなこなつさんをさらに苦しめたのが、周りの大人たちからのことばです。

学校の先生から「いつまで不登校を続けるの」などと言われたことで食事が取れなくなり、小学4年生のときには体重が一時18キロまで落ちました。
こなつさん
「先生に『もう10歳だよ』とか厳しいことばをかけられて『自分ってやっぱりだめなんだ』と強く感じました。とにかく涙が出てくる日々が続きました」
母親のかなえさんも娘とともに不登校と向き合い、悩み、苦しんできました。

当初は「学校に戻すことが親の務めで、愛だ」と感じ、なんとか学校に行かせようとしていたそうです。

しかし、無理に学校に行かせようとすればするほど、こなつさんから笑顔が消えたと言います。
かなえさん
「娘は毎日夜になると親の期待に応えようとして『あしたは学校に行くね』と言っていました。でも寝るときには『行かなきゃ』って思いに変わって吐き気が出てきて、私は一緒にビニール袋を抱えて背中をさすってという日々でした」

「学校に行かない」と決めた娘の選択を認めて応援する

かなえさんは、痩せ細り苦しんでいた娘と当時の自分について「学校に行かせようと首に縄をつけて引っ張るようなことをしていた」と振り返ります。

親子で限界を感じる辛い日々を経て、かなえさんがたどり着いたのは「学校に行かない」と決めた娘の選択を認めて、笑顔で応援することでした。
かなえさん
「“学校”という合わない靴を無理に履かせて歩きなさいと言うんじゃなくて、その子に合った靴を履いて自分らしく生きるという選択肢があってもいいんじゃないかと思うようになりました」

どう過ごすかは自分で決める“ひよこの家”

「学校に行かない」という選択をしたこなつさんたちを支えたのが、栃木県高根沢町にある適応指導教室「ひよこの家」です。
適応指導教室は教育支援センターとも呼ばれ、不登校の子どもたちの学校復帰を支援するために全国の自治体で設置されている施設です。多くは公共施設の一室にあり子どもたちは勉強などをして過ごしますが、ひよこの家は見た目も中身も少し違います。
築100年を超える古民家で、中にはいろりや薪ストーブもあり田舎のおじいちゃんの家のよう。
時間割もなく、子どもたちはここで勉強をしたり音楽を楽しんだり、体を動かしたりと自由に過ごします。どう過ごすかは自分で決めていいのです。さらに町内ではひよこの家に通った日も出席扱いとなり、中学3年間ひよこの家に通い続けながら中学校を卒業した子どもたちもいます。
スタッフの芳村寿美子教育相談員
「ひよこの家では『学校復帰』を第一の目的として掲げていません。学校に行きなさいと言うのではなく、子どもたちが疲れた心を休め自分自身と向き合い、再び羽ばたいてもらいたいという思いが『ひよこの家』の名前にも込められています」
こなつさんもかなえさんの勧めで中学3年の1年間、ひよこの家に通いました。

なぜ学校にいけなくなったのかや、これからどうするつもりなのかは全く聞かれませんでした。

こなつさんは、学校に通わない自分を受け入れてくれるスタッフの大人に出会うことで不登校の自分を初めて認めることができるようになったといいます。
この施設は町立ですが、こなつさんのように町外の子どもたちも大勢受け入れてきました。

中には、自転車と電車で毎日片道2時間近くかけて、1日も休まずにひよこの家に通い続けた不登校の子どもも。

開設から17年目のこの春で卒業生は150人になりましたが、学校復帰を前提としないなか、経済的な事情で進学しなかった1人をのぞき全員が高校に進学しています。

みずからの不登校の経験 語り始める

こなつさんは、通信制の高校に進学しました。

さらに、こなつさんは、自分の経験をもとに、不登校に悩む親子のための居場所を作りたいとも思うようになりました。

いま、こなつさんは、かなえさんとともに、当事者を集めた催しなどの企画に取り組むようになっています。

また、講演を行ったり、ラジオに出演したりして、苦しんだ経験や学校以外の場所での学びを選択したみずからの思いを語っています。

等身大のことばで語るこなつさんに、大きな反響が寄せられています。
こなつさんに寄せられたメッセージ
「勇気と希望が持てました」
「どんな生き方でも正解なんだね」
「たくさんの悩んでいる人たちに届いてほしい」

あなたに合う靴はきっとある

ことし2月にも、宇都宮市で開かれた不登校やひきこもりをテーマにした全国交流会にスピーカーとして参加したこなつさん。集まったのは10代の当事者や支援者だけではなく、子どもの不登校に悩む親や、教育関係者、それに地方議員など大勢の大人たちです。

こなつさんは大人たちに向かって自信を持ってこう伝えました。
こなつさん
「ただ笑えるっていうささいなことがものすごく幸せだと気づけた。悩んでいる時間や、自分のことを嫌いになる時間もあったけど、それがあったからこそ私はいろんな人と出会うことができたし、不登校の時間は無駄じゃなかった」
会場で見守る母親のかなえさんは、自分に合う靴を履いてしっかりと歩み始めた娘の姿を見ながら、目に涙を浮かべていました。

「学校に行きたくない」と言われたら

平成28年に成立した教育機会確保法という法律の基本指針の中では、学校を休むという「“休養”の必要性」が明記されました。

さらに、教育委員会がフリースクールなどの民間施設と連携することについても言及されるなど、不登校をめぐる状況は変わりつつあります。

こなつさんの選んだ道はあくまで選択肢のひとつで、10人いれば10通りの靴があっていいのではないかということが、不登校の取材を続けてきて感じることです。

「学校に行きたくない」あなたの子どもが、もしそう言ってきたら…。こなつさんのメッセージを受け取った皆さんなら、どう答えますか。
宇都宮局 記者
石川由季
平成24年入局。大津局を経て、宇都宮局で県政を担当。福祉や子育ての問題も取材。