“私たちは感染している”

“私たちは感染している”
いつもどおりの多くの人でにぎわう東京・原宿、竹下通りの写真です。
ただ、撮影されたのは3月22日、政府の専門家会議が新型コロナウイルスの大規模流行に警鐘を鳴らした3日後のことでした。
その後も拡大する感染を前にどうしたら危機感が伝わるのか、ある研究者が考えたメッセージが注目されています。
「自分は今、感染している!」
(大阪放送局記者 三谷維摩/ネットワーク報道部記者 郡義之 國仲真一郎)

気持ちが緩んでしまった

同じ日に別の角度から竹下通りを撮影した写真。
奥まで人が連なっているのがわかります。

3日前には政府の専門家会議が「オーバーシュート」という耳慣れないことばを使って、爆発的な感染拡大を伴う大規模流行に警鐘を鳴らしたばかりでした。

でも、「感染拡大を警戒する空気が緩んでしまったという指摘もある」と専門家が表現するなど、警鐘が十分に行き届いたとは言えない状況でした。
その後、東京都の小池知事が都市封鎖、いわゆるロックダウンの可能性に触れるなど、多くの専門家や知事たちが感染拡大を防ぐための行動を呼びかけました。

こうした中、ウイルス研究者がSNSで投げかけた “目からうろこ” なメッセージが今、注目されています。

考えをひっくり返せ!

「『自分は今、感染している!(無症状で!)』『誰にもうつしちゃいけない』考えをひっくり返せ!」(一部を抜粋)。
メッセージを発信したのは、京都大学ウイルス・再生医科学研究所でウイルス学を研究する宮沢孝幸准教授です。

宮沢さん自身、冒頭で「言葉が汚くて申し訳ありませんが」としたうえで、こう続けています。
「移らんようにするよりは『移さんこと』に意識を集中する。それをみんなでやれば、たとえ今自分が感染していなくても、他からは移されないということだ。みんながやればみんなが助かる。このパラドクス、わからんやつは、帰れ」
少々、荒っぽいこのメッセージには賛同の声が相次ぎ、ツイッターでは「いいね」が20万回以上にのぼりました。

危機感のなさに危機感

メッセージを発した理由について、宮沢さんは「危機感のなさに危機感を覚えた」と言います。
宮沢さんが「まずい」と思ったのは、「全国一斉の休校措置は延長しない」と発表されてからです。
「人々の警戒が一気に緩み、私が住む京都でも、人出が元に戻りつつあるように見えた」
さらに新型コロナウイルスの分析が進み、感染しても発症しない人が多いことも分かってきていました。
「人出が戻ることで、症状の出ていない人が、気付かないうちに感染を広げることになるのではないか」。
宮沢さんは、情報発信を始めました。

深夜にやけくそ

最初に利用したのは動画配信サイト。
みずからが出演して注意点などを訴えたものの、視聴者は1人や2人。

手応えは、ほとんどありませんでした。

そうこうしているうちに東京都で、1日に確認された感染者の数が増え始め、ロックダウン、都市封鎖も話題に上るようになりました。
「なぜみんな、もっと警戒しないのか」。
深夜にやけくそになって書き込んだのが、冒頭のメッセージでした。
「昨夜は少し書きすぎたかな」と思い、翌日、削除しようとSNSを開くと、賛同の声が多数寄せられていました。

その後、数日でフォロワーの数は、およそ7万人にのぼりました。

“感染した自分”として

宮沢さんはその後も気をつけてほしい行動や、最新の研究情報を発信しています。

基本にあるのは、
▽手洗いや消毒の徹底、
▽マスクの着用、
▽換気、
▽人混みに行かない、
そして
▽自分が感染している前提で行動することです。
宮沢さん
「自分の尺度だけで考えるのではなく、感染を拡大させないためにどのような行動をとるべきなのか、世代を問わず全員が考えるきっかけになってほしい」

“コロナ陽性”の脳内設定

このメッセージ、ネット上には賛同する声が相次いでいます。
「『実はコロナ陽性なんだけど、ほぼ無症状だから病院から相手にされず、周りにも言えないのでひそかに日常生活を送っている』という脳内設定で過ごしている」
こうツイートしたのは、埼玉県に住む40代の女性です。

女性には小学生から高校生での4人の子どもがいます。

3月で小学校を卒業する長女の卒業式に新型コロナウイルスの影響で出席できなかった際は、「なぜ出られないのか」と憤ったということですが、感染者が増えていくにつれ考え方が変わっていきました。
埼玉県に住む40代の女性
「これだけ感染者が増えれば、自分の近くにも感染者がいてもおかしくないし、症状がなくても、自分が感染していない証もないので、実はコロナ陽性だと思って生活するようにしました」
スーパーに行っても、買わない商品をむやみに触ったりせず、滞在時間も短くし、ほとんど外出することもなくなったということです。

家族に感染してほしくない

「私は実家の家族に感染してほしくないから、対面で会わないようにして、対策も徹底してる」
東京都内に住む20代の女性会社員はこうつぶやきました。

1人暮らしをしている女性はふだん、1か月に1度、同じ都内に住む実家を訪れていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大を機に自粛しました。
すでに2か月間、実家には行っていません。
その代わりに、家族とはほぼ毎日、電話やLINEで、やり取りしています。
「友人の中には、親から実家に帰るように言われた人もいるようですが、逆に感染を広めるのではないかと思います。私は大丈夫などと思わないで」

#会いたくなったら電話しよう

さらにSNS上では、イラストとともにこんな呼びかけも広まっています。
作ったのはウェブデザイナー、千崎杏菜さんら3人のクリエイターです。

千崎さんも3月の3連休に多くの人が外出している様子や、海外の友人から届く注意喚起のメールに危機感を抱き、当初は、自身のツイッターで、外出自粛などのメッセージを投稿していました。

でも「全く周囲に響いていない感覚があった」と言います。

ストレスにならない呼びかけ

「ポジティブに響くことばとビジュアルならば、伝わるのでは」
千崎さんはこう考えツイッターで、協力してくれる人を募集。

わずか1日余りでメッセージとイラストを完成させました。
作品のポイントは、「ストレスにならない呼びかけ」。色もピンクで優しい感じを出し、イラストには、こんなことばも添えました。

「いま、わたしたちに出来ることは、ずっと家にいること。でも、それはとても苦しいことだったりする。だから、電話しよう」

31日に公表すると、瞬く間にネット上で広まりました。
千崎さん
「表現を変えるだけで、こんなにもよく伝わることが分かりました。北風と太陽ではありませんが、単に否定や禁止だけの呼びかけではなく、前向きな形で呼びかけることで感染拡大の防止に役立てることができればと思います」
感染症とどう向き合い被害を減らしていくのか。
そのためには、豊かで柔らかな発想も必要です。