“愛しているのに…” 受刑者の告白~虐待に科学で挑む2

“愛しているのに…” 受刑者の告白~虐待に科学で挑む2
シリーズ1回目でお伝えした「子どもを虐待した親などへのアンケート」。回答した母親の1人(服役中)は、アンケートを行った研究者に、当時の心境を打ち明ける手紙を送っていました。
「自分が加害者だからこそ言いたいのは、自分の子供を愛さない母親などいないと思うのです」
一見、矛盾しているように思えることば。言い訳だと捉える人もいるかもしれません。しかし研究者は母親とのやり取りの中で、いくつもの“子育てが困難になりやすい要因”を抱えていたことを読み取りました。こうした要因の影響が明らかになれば、やがて子育てしやすい社会の実現につながるかもしれません。手紙の結びには、こうつづられていました。「自分のように子育てが自分一人に背負わされ、本当なら愛している子なのに虐待してしまう、そんな事件が1つでも減らせるのであれば、私のことを包み隠さず話します」
(さいたま放送局記者 浜平夏子)

虐待の加害者からの手紙

アンケートを行ったのは埼玉県和光市にある理化学研究所で脳科学に基づいて虐待問題や親子関係を研究している黒田公美さんです。

アンケートからは子どもを虐待した親の生まれ育った環境や当時の生活状況が、一般の人とは異なる傾向があることが明らかになりました。

黒田さんは、
1・生育歴
2・依存症や精神的な病気
3・困難な子育て環境
の3つの要因が脳の機能(または、働き)に影響を与え、虐待につながるリスクになると考えています。

アンケートに答えた母親の1人とは、今も手紙のやり取りを続けています。私(記者)は、母親本人と黒田さんの了承を得て、個人情報を伏せた形で手紙を読ませてもらいました。

そこにつづられていたのは、幼いころの壮絶な家庭環境でした。そして、黒田さんが考える3つの要因のすべてを抱えていました。

要因1 “生育環境上の困難”(子ども時代の逆境体験)

手紙から引用
「私は小さい時虐待され育ちました。当時は『虐待』『DV』という言葉はめずらしく、皆見て見ぬふりでした。父が家中の蛍光灯や窓を金属バットで叩き割り、そのガラス片を靴で踏んで歩くザクサクという異音が今もはっきり耳に残っています」
彼女は、自分の母親とビクビク震えながら隠れ、包丁を振り回す父親から泣きながらはだしで逃げたこともあるというのです。一方、母親との思い出はーー
手紙から引用
「母は父に叩かれる私を置いて出ていきました。男を作り同棲するのですが、いまだに母は『あの時はああするより他なかった』『浮気した訳じゃない。自分はアル中だから男がほしかったんじゃなく見張ってくれる人がほしかっただけ』等言い訳をします。母には母の言い分があるのは分かります。けれど私はいまだに『母に捨てられた』という思い、『大事な母さんは私より男を選んだ』という思いが消えません」

要因2 “依存症や精神的な病気”

黒田さんとのやり取りの中で、母親は事件当時、自分の親と同じようにアルコールに依存していたことを告白しています。黒田さんはこうした依存症や精神的な病気、脳の外傷など、脳の機能に影響を与えるものは、虐待の因子になると考えています。

要因3 “困難な子育て環境”

そして重要なのは、パートナーとの関係や子どもの人数、周りの支援など、本人を取り巻く環境です。

黒田さんへの手紙の中で、母親は「温かい家庭を築きたい、幸せなお嫁さん、笑って子供達と暮らす日を夢みました…」と記しています。子ども時代のつらい経験から、幸せな家庭に強い憧れがあったようです。

しかし現実は過酷なものでした。夫は暴力的で、子どもが泣くと怒る人でした。
手紙から引用
「夫は私の首ねっこをつかんで引きずり回したり走行中の車のドアを開け『ここから消えろ(=飛びおりろ)』と叫んだり(中略)私自身もしんどいことをされてきました。でも今の今まで誰にも言えませんでした。父にも母にも。私は小さい頃からつらい時はつらい、悲しい時は悲しい、助けてほしい時は助けて、それを言えずに育って大きくなりました」
夫は避妊には非協力的で、子どもの数が多く、1人の子が泣くと、立て続けにほかの子も泣いてしまうような状況も、彼女の心をむしばんでいきました。
手紙から引用
「夫が寝られる環境を作れるよう必死に努めました。けれど私の手は2つしかない、頑張っても1人では限界がありました。仕事から疲れて帰ってきた夫はイライラして子どもが泣くたび怒り、しつけと称しては子どもを虐待しました。アザができました。そのうち私はA(被害児)に泣かれるのがこわくなりました。ほかの子たちが被害に遭うからです。どうしたらいいのか分からなかった、自分でもノイローゼになっているのは気付いていました。でも誰にも相談できなかった。(中略)あの日、ミルクを飲み終えたAが泣きやまず、夜中の3時に別の子たちもその声で起きて泣き始めました。その時、夫は仕事中で不在でしたが、『あぁ、夫にまたキレられる、あぁ、どうしたら良い…ほかの子たちが叩かれる』(事件の)直前にそう思ったのを覚えています。気付いたらAを打ちつけてしまった後でした。後悔してもしきれない、私の罪です」
これが本人が語った、事件が起きるまでのいきさつです。

加害者の多くは3つの要因が重なる

今回、黒田さんのアンケートの質問にすべて答えた人たち(被害児の実の親や義理の親、そのパートナーも含む)は31人。そのうち、彼女も含め、3分の1にあたる10人が、3つの要因すべてを抱えていました。

一方、比較対象のため同じアンケートに答えてもらった一般の人の場合、3つの要因すべてを抱えていた人は136人中2人。全体のわずか1.5%でした。黒田さんは言います。
「子どもへの虐待に至る養育者や家庭の背景にはパターンがあります。虐待事件の個別事例はそれぞれ細かく検証されていますが、統計的に検証されてはいないので、全体像が見えていない。それを明らかにしていきたい」

刑務所からの告白と反省

母親の手紙には続きがあります。
「こんなことを言ってはいけないかもしれませんが、子を想う気持ちは普通の母親たちと一緒です。ただ私の場合、最近気付いたことですが、感情のコントロールが上手くできない事が事件の発端になってしまったと考えています。周りに協力者がいなかったことなど、様々な負の因はあるのですが、最大の原因は感情のコントロールです」

「自分の子どもを殺めてしまった当本人だから偉そうなことは決して言えません。ですが、自分が加害者だからこそ言いたいのは、自分の子供を愛さない母親などいないと思うのです。日々育児や家事、生活に追われ大事なことに気付けなかった」

「自分自身も正常な精神を取り戻して悔いたところで我が子はもう戻りません。私が何年刑務所にいようと我が子はもういない、それが自分のしてしまった取り返しのつかない大きな罪です」
もちろん、虐待は決して許される行為ではありません。しかし黒田さんは「本当に虐待をなくすには加害者である親への対応が不可欠で、どのような支援が必要なのかは、親本人から聞き取る必要がある」と話しています。

次回は、虐待に至ってしまう前に要因を抱えた人たちをどうサポートすればいいのかをお伝えします。
さいたま放送局記者
浜平夏子