脳科学者が迫る“虐待の要因”~虐待に科学で挑む1

脳科学者が迫る“虐待の要因”~虐待に科学で挑む1
親や、その交際相手による子どもへの虐待が後を絶ちません。その原因を最新の脳科学的視点から明らかにしようという試みが始まっています。動物の行動に関する調査や最新の脳科学的実験によって、動物の親が虐待に走りやすくなる要因がわかってきました。もし同じことが人間にも言えるのなら、その要因を取り除いたり、その要因に合わせた支援をしたりすることで、虐待を減らすことができるのではないか。3児の母でもある脳科学者の挑戦です。
(さいたま放送局記者 浜平夏子)

“子育てを科学する”異色の研究者

脳科学者、黒田公美さん。肩書は「理化学研究所親和性社会行動研究チーム」のチームリーダーです。

わかりやすく言うと、研究しているのは「親子関係」。子育てに関わる脳の部位をマウスの実験で明らかにしました。

その部位は、脳の視床下部の前方にあるごく小さな部位、「内側視策前野中央部」です。

この部位の機能を抑制すると、それまで子育てをしていた母親マウスでも子どもマウスを攻撃するようになりました。

子育ては、哺乳類に共通する営みで、黒田さんは、その意欲に関わる脳のメカニズムは、哺乳類の間で、ある程度共通していると考えています。

“追い詰められる子どもをなくしたい”

黒田さんが親子関係の中でも虐待に注目するようになったのには、あるきっかけがありました。10代の少年が強盗殺人などの罪に問われた裁判の判決をラジオのニュースで耳にしたのです。
その少年は小学校の高学年以降、学校にも行かせてもらえず、ホテルの宿泊や公園での野宿を繰り返すしかない時期がありました。母親や交際相手の男性からは虐待され続けていたといいます。16歳で就職しましたが、母親の指示で何度も給料を前借りさせられ、事件は母親から犯行を指示された末に起きたものでした。

黒田さんの心を揺さぶったのは、ラジオから聞こえた少年のことばです。
「自分のような存在を作ってはいけない」
黒田さんは親子関係を研究している自分自身に言われたような気がしたといいます。
黒田さん
「虐待で追い詰められてしまう子どもがいてはいけない。私にできることをしなければと思いました」

虐待の要因は?

黒田さんは、人間以外の哺乳類の子育てに関する行動を分析した研究をもとに、虐待が起こりやすい要因を以下の3つに整理しました。
1 生育環境上の困難(虐待された経験など)

2 子育てや攻撃性制御に関する脳内回路の問題(人間で言えば精神的な病気など)


3 環境に適応するための虐待や養育放棄

 (1)栄養不足や病気によるストレス
 (2)子どもの育てにくさ・障害
 (3)若年の妊娠・出産
黒田さんは、人間でも同じ要因で虐待が起こりえるのではないかと仮説を立てました。そして、ある大胆な取り組みを始めました。

虐待の加害者に直接聞く

それは、子どもへの虐待に関わった罪で服役している人物に、直接、尋ねること。しかし相手は刑務所の中です。そこでアンケート用紙を作り、全国の刑務所に手紙とともに送りました。
「なぜ、虐待の加害者に話を聞く必要があるのか」
そう考える人もいると思います。しかし黒田さんは、虐待に至ってしまった人に過去の体験や当時の状況を直接尋ねることで、虐待が起こりやすい要因がわかり、支援につながると考えています。
平成27年から去年にかけて全国で服役中の122人に手紙を送り、手紙が届いた73人のうち、ほぼ半数にあたる36人から協力を得られました。

そのうち31人からすべての質問に対して回答が得られました。黒田さんにとっては、予想を超える数だったといいます。

アンケートは3回から4回にわたって、分割して行われました。

“その差は明らか”

アンケートで尋ねたのは、自分も虐待された経験があるかどうかや、職業、学歴、婚姻状況、持病、子どものことなど、自由記述欄も含め、400項目以上にわたります。

そしてインターネットを通じて募集した、子育て経験のある一般の人136人にも同じアンケートを行いました。

その結果を、さきほど紹介した哺乳類の行動から見えてきた“虐待の要因”の1~3に当てはめて整理してみると、次のような結果になりました。
黒田さんは、こうした要因をもとに分析すると、両者の間には、明らかな差があると考えています。

さらに研究を進め、人間の子育てに関係する、ほかの要因なども分析することで、虐待が起きる背景に迫りたいとしています。

虐待を研究するにあたって親などの「養育者」を対象にしたのは、理由があります。それは、児童相談所など児童福祉の分野では子どもを救うための対応はとられているものの、手を上げてしまう養育者の対応にまでは十分手が回っていないと感じているからです。

また虐待事件は個別には調査が行われているものの、さまざまなケースを全体的にふかんして、養育者側のリスクを整理したり数値化したりする取り組みがなされていないのも、はがゆく感じていました。
黒田さんは「子どもへの虐待というと『子どもを助けなきゃ』ということはみんな考えます。しかし、根本的な解決につながるのは子どもを育てている親など養育者への対応です。子どもだけを助けても根本的な解決にはつながりません。さまざまな困難をかかえる養育者の問題として考え、医療や福祉、自然科学の分野から解決する手助けができたら、結果的に子どもたちのためになるのではないかと思っています」と話しています。

“SOS”のメッセージ

アンケートを通じて黒田さんが驚いたことは、『自分の気持ちや生い立ちをもっと聞いてほしい』と訴える親が多かったことでした。

そして自由記述欄などには、自分の気持ちや事件当時の状況を赤裸々につづる人もいました。
「初めての育児に疲れていた」
「自分がしつけとして受けてきたことを子どもにすると“虐待”“ネグレクト”といわれる」
自分自身が虐待を受けるなど過酷な家庭環境で育ったために、「普通の子育て」がわからないという“SOS”も、しばしば記されていたのです。

WEB特集では3回シリーズで、虐待の原因、そして予防のための最新の取り組みをお伝えします。次回は黒田さんのもとに寄せられた手紙をもとに、虐待が起きてしまう背景を考えます。
さいたま放送局記者
浜平夏子