“原油価格戦争” 産油国の真のねらいとその舞台裏は?

“原油価格戦争” 産油国の真のねらいとその舞台裏は?
原油は、車や暖房の燃料やさまざまな素材に使われ、私たちの暮らしにかかせない存在です。その原油はことしに入って値下がりが続き、一時、18年ぶりという安値になりました。ガソリンが安くなるのだから、よいことでは?もちろんそのとおりです。消費者はもちろん、原油を使う多くの産業にとってプラスになります。しかし、原油価格が“下がりすぎたこと”は今、新型コロナウイルスで揺らぐ世界経済のリスクとなっています。価格急落の裏側に関係者の証言で迫るとともに、その影響を探ります。(ドバイ支局長 吉永智哉・モスクワ支局記者 北村雄介・ロンドン支局記者 栗原輝之)

産油国の協議はこうして決裂した

新型コロナウイルスの感染拡大が深刻になった3月初め。経済活動の停滞による原油価格低迷の対策を話し合うため、サウジアラビア主導のOPEC=石油輸出国機構のメンバーとロシアをはじめとする非加盟の産油国が、オーストリアのウィーンに集まりました。これらの産油国は原油価格を下支えするため、3年前から協調して生産を絞っていて、この会合では減産規模を拡大するかが焦点になっていました。ところが協議は決裂し、これまでの協調減産体制はあっけなく崩壊。非公開で行われた会合の結果を発表する記者会見は開かれず、参加者が明確な説明なしでウィーンを去る、異例の事態でした。

どのような駆け引きがあり、なぜ決裂に至ったのか。各国の内情に迫る取材を売りにする石油業界誌「エナジー・インテリジェンス」のアミナ・バクル記者が、舞台裏を明かします。
アミナ・バクル記者
「ロシアとの協議の前夜、サウジアラビアはOPEC加盟国の閣僚をホテルのスイートルームに呼び出し、規模の拡大を迫った。この結果、ことし末まで日量150万バレルの追加減産をロシアを巻き込んで行う方針が決まった」
こうしたOPEC側の提案に対し、ロシアは1バレルも追加減産しないという立場を貫いたといいます。
アミナ・バクル記者
「協議ではロシアの姿勢は全く変わらず、自国の追加減産分を他の産油国に肩代わりするよう求めたくらいだった。他の国は不公平だとしてこれに応じなかった。サウジアラビアはロシアが追加減産に応じなければ協調減産そのものをやめると主張した。そして何の合意も得られず会議が終わった」

サウジアラビアの突然の方針転換

協議決裂のあと、サウジアラビアは突然、驚くべき行動をとります。4月から大規模な増産に転じる方針を示したうえで、出荷価格の値引きに踏み切ったのです。増産の規模は日量250万バレル以上。OPECとロシアなどによる協調減産の規模は日量170万バレルですから、それを完全に吹き飛ばすインパクトです。

長年、中東の原油の取引に携わってきた関係者は状況をこう語ります。「ロシアから市場シェアを奪うというシグナルで、まさに価格戦争が始まった。サウジアラビアは関係が特に深い業者には原油をもっと買うよう圧力をかけ始めた」

サウジアラビアの最大の強みは、世界一安いとされる生産コストと「水道の蛇口をひねるように調整ができる」と言われる生産調整能力です。供給量を一気に増やし、原油市場でのシェアを高める戦略に打って出たのです。

ロシアの周到な準備

一方、ロシアも協議決裂のあと、増産に踏み切る方針を明らかにします。サウジアラビアのしかけた価格戦争になぜ応戦するのか。ロシアの石油アナリストは、サウジアラビアだけでなく、協調減産の枠組みに参加してこなかった世界最大の原油生産国アメリカにもダメージを与えるねらいがあると分析します。
ロシアの石油アナリスト
「原油安が続けば、サウジアラビアは2年半で外貨準備が尽き、アメリカではことし中に石油会社の倒産が始まるというのが、プーチン政権の予測だ。新型コロナウイルスで原油価格が落ち込む今こそライバルに最大の打撃を与え、ロシアが偉大なエネルギー大国だと世界に誇示したいのだ」
旧ソビエト時代の秘密警察KGB出身のプーチン大統領は、長年、アメリカに強い対抗意識を燃やしてきました。アメリカを世界一の産油国の座から引きずり下ろすために、長年温めてきた戦略をついに仕掛けたという見方は、確かにうなずけます。価格戦争に勝つためロシアは財政面で周到に準備を重ねてきました。原油などの輸出利益を蓄える政府系ファンド「国民福祉基金」の総額は、日本円で15兆円を超えます。これを軍資金の一部に回せば、現在の安値水準でも10年は「価格戦争」をしのげると、ロシアはみています。プーチン大統領は3月10日の演説で「原油価格は不安定に揺れているが、われわれはこの難局を絶対に乗り切ってみせる」と自信を示しました。

原油はついに18年ぶりの安値に

サウジアラビアとロシアが増産に転じると、UAE=アラブ首長国連邦などほかの産油国もこれに追随し、原油の供給は一気に増えることになりました。一方の需要は、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻になるのに伴って、さらに減っていきます。ヨーロッパやアメリカを中心に人の移動を制限する措置が広がり、車や航空機の燃料などの消費量が大きく落ち込んだからです。この結果、原油の値下がりは一段と加速しました。国際的な取り引きの指標となるニューヨーク原油市場のWTIの先物価格は一時、1バレル=20ドルを割り込み、2002年以来18年ぶりの安値まで落ち込みました。

“下がりすぎた原油”の副作用

この原油価格の極端な値下がりは今、世界経済の新たなリスクと受け止められています。理由の1つは、エネルギー産業が大きな打撃を受けることです。原油価格が安くなれば生産コストを賄うのが難しくなるためで、特にアメリカにはシェールオイルなど関連企業が多いだけに、経営難に陥る企業が増えれば世界の景気を左右する問題になりかねません。

もう1つは、産油国の経済への影響です。増産によって身を削りながらシェアを奪いに行く戦略は、産油国にとってもろ刃の剣の側面があります。サウジアラビアは国家歳入の6割以上を原油に頼っています。いくら売る量が増えても価格が極端に安ければ歳入の減少につながり、国内の景気悪化が避けられないからです。

ロシアも同様です。原油価格の値下がりで、原油収入への依存度が高いロシアの通貨ルーブルはこの2週間で20%以上も急落しました。通貨安が物価上昇を引き起こし、家計に深刻な打撃を与える、負の連鎖が始まりつつあります。産油国の経済が混乱すれば安定的な供給を続けられなくなるおそれもあります。こうした世界経済への影響に対する懸念が、このところの株価の下落にもつながっているのです。

この後 原油安は続くのか

原油価格はこのあとどうなるのでしょうか。サウジアラビアやロシアにとって、価格の引き下げ競争は長く続けられず、いずれ協調減産体制に戻るのではないかという見方もあります。また、傍観していたアメリカが、原油価格の回復に向けた次の一手を模索していると伝えられています。しかし、世界を見渡してみると、新型コロナウイルスの猛威は収まらず、移動や外出の制限は強化され、企業活動は停滞する一方です。こうした状況で産油国が供給を減らしたとしても、原油の安値傾向は簡単には変わらないでしょう。ウイルスの終息の道筋が見えないかぎり、原油価格をめぐる混乱は、世界経済のリスクであり続けることになりそうです。
ドバイ支局長
吉永 智哉
平成18年入局 国際部からドバイ支局長
サウジアラビアなど湾岸諸国担当
モスクワ支局記者
北村 雄介
平成12年入局
国際部、ウラジオストク支局長を経て現所属
ロンドン支局記者
栗原 輝之
平成11年入局
経済部などを経て現在はヨーロッパ・中東の経済を担当