“復興の火” 展示始まる オリンピック聖火が被災地に

“復興の火” 展示始まる オリンピック聖火が被災地に
20日、日本に到着した東京オリンピックの聖火は、“復興の火”として東日本大震災の被災地、宮城県石巻市で展示され、多くの人たちが訪れました。
聖火は、震災で大きな被害を受けた宮城・岩手・福島の3県でそれぞれ2日間ずつ展示されます。
20日は、最も震災の犠牲者が多かった石巻市で一般公開され、会場となった石巻南浜津波復興祈念公園には県内外から多くの人が訪れました。
ランタンから聖火皿に火を移す際に、強い風で一時消えてしまったことから、聖火がともる別のランタンを運ぶのに30分かかり、仙台市出身のお笑いコンビ、サンドウィッチマンが即興のコントを披露して場をつなぐ一幕もありました。
このあと、無事に点火された“復興の火”を一目見ようという人たちの列は絶えることがなく、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、一定の間隔をとるようスタッフなどが誘導したものの、混雑は収まりませんでした。
訪れた人たちはそれぞれ写真を撮ったりじっくり眺めたりしながら心に刻んでいる様子でした。
家族で訪れた石巻市の40代の男性は「地元に来た聖火を見られて感動しました。少しでも復興が進み、石巻を訪れる人が増えてくれるとうれしいです」と話していました。また、この男性の小学4年生の長男は「力強く燃えていて元気をもらえました。オリンピックを絶対に開催してほしい気持ちが強くなりました」と話していました。
公園を訪れた石巻市の尾形勝壽さんは(75)東日本大震災の当時、近くでラーメン店を営んで来ましたが、津波で店舗が全壊し、一緒に店を切り盛りしていた妻のきみ子さんは、いまだに行方がわかっていません。
“復興の火”を見た尾形さんは「とてもきれいで感動して、頑張ろうと思った。妻が行方不明になっていなければ、一緒に見に来たかった。きょうは家に帰ったら妻に報告したいと思う」と話していました。
また、東京オリンピックの開催については、「震災直後は多くの人に宮城に来てもらったが、いまでは忘れられて来る人も少なくなった。オリンピックをきっかけに岩手から福島まで見てもらいたい」と話していました。

橋本大臣「東京大会へ全力」

橋本オリンピック・パラリンピック担当大臣は、宮城県石巻市で記者団に対し「ギリシャからの聖火が無事に到着したことは大変うれしい。いよいよ2020年東京大会のスタートが切られると思うと、全力で頑張らなければいけない」と述べました。

聖火運ぶ沿道に大勢の人たち

聖火は、到着式が行われた宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地から車で宮城県石巻市に向けて運ばれました。
途中の沿道には、地元の人たちが詰めかけ、聖火をのせた車両が道路の向こうからみえてくると、「歓迎」と書かれた小旗などを盛んに振って歓迎しました。
沿道を訪れていた地元の小学5年生の男の子は「聖火を見られてよかったです。一生の思い出になります」と喜んでいました。
別の小学5年生の男の子は「オリンピックが開催されるよう祈ります」と話していました。

今月26日から始まる聖火リレーについて、大会の組織委員会は、新型コロナウイルスへの当面の対応策として、沿道の応援では密集する状態を作らないことなどを挙げています。
こうした中、聖火の到着地である航空自衛隊松島基地の周辺や、聖火を運ぶ車両が通る中心街の沿道などには大勢の人が集まりました。
集まった人からは「屋外だから大丈夫だろう」という声が聞かれたほか、地元の30代の女性は「新型コロナウイルスは心配ですが、なにもかも無くしてしまうのは微妙です。ずっと引きこもっていたので、きょうは久しぶりに外に出られてよかったです」と話していました。
大会の組織委員会は、聖火リレーの応援で過度の密集状態が生じた場合は、実施する形を変えることがあるとしていて、オリンピックに向けて盛り上がりを見せる一方、新型コロナウイルス対策として自重を求められる状況が続きそうです。

震災の慰霊碑とともに

一方、東松島市では、聖火が無事に到着した感動を、震災で亡くなった友人たちと共有しようと工夫をこらす人もいました。
小野竹一さん(72)は、かつて松島基地に程近い大曲地区で暮らしていましたが、震災の津波で多くの友人が犠牲になりました。
今回、航空自衛隊松島基地の飛行チーム「ブルーインパルス」が、聖火の到着に合わせてオリンピックのシンボルマークである5つの輪を空に描くことを知り、5つの輪と慰霊碑が1枚の写真になるよう撮影することで、ふるさとの歴史的な瞬間を亡くなった友人たちと共有したいと考えました。
20日は地区で犠牲になった300人以上の名前が刻まれた慰霊碑の近くでカメラを構え、ブルーインパルスが色とりどりのスモークで5つの輪や平行線を空に描くと、小野さんは懸命にシャッターを切っていました。
20日は風が強く、きれいな輪にはなりませんでしたが、小野さんは「上手に撮れていなくても、慰霊と、復興への感謝の気持ちが発信できればいいと思う。震災から東松島は立ち直ってきたが、未来に向けてもっとすばらしい復興のしかたがあると思うので引き続き頑張っていきたい」と話していました。

到着式に参加できなかった人は

東松島市出身の武山ひかるさんは、小学4年生のときに体験した東日本大震災を語り部として伝える活動を続けていて、東京オリンピックの聖火ランナーに選ばれたほか、聖火到着式にも招待されました。
しかし新型コロナウイルス対策として、武山さんをはじめ地元の多くの人たちの招待が取りやめになり、20日は会場の航空自衛隊松島基地から程近い土手で「ブルーインパルス」が5つの輪を空に描く様子などを見つめました。
武山さんは、「中に入って式典を見届けられなかったのは残念ですが、ブルーインパルスが飛ぶ様子をとても近くで見られてよかったです。オリンピックが開かれるのか不安はありますが、今は信じて聖火リレーに向けて体力をつけたいです」と話していました。