復興状況 約半分が「思い描いたより悪い」 被災者アンケート

復興状況 約半分が「思い描いたより悪い」 被災者アンケート
東日本大震災から9年となるのを前に、NHKが岩手・宮城・福島の被災者およそ2000人にアンケートを行ったところ、およそ半数が復興状況が「当初思い描いていたより悪い」と回答しました。専門家は「非常に衝撃的な結果で、地域経済の状況や地域の存続自体への疑問が影響しているとみられる」と指摘しています。
NHKは去年12月からことし1月にかけて、岩手・宮城・福島の被災者や原発事故の避難者など4000人余りを対象にアンケートを行い、48%にあたる1965人から回答を得ました。

この中で、当初思い描いていた復興と比べて今の復興の姿をどう考えるか尋ねたところ、「思い描いていたより良い」が21%、「思い描いた通りだ」が20%だったのに対し、「思い描いていたより悪い」が49%と半数近くを占めました。

「思い描いていたより悪い」と回答した人を年齢別で見ると、64歳以下では59%、65歳から74歳では57%だったのに対し、75歳以上では48%と10ポイントほど低くなっていて、震災当時現役世代やそれに近い年齢層だった人たちほど思い描いていた復興の姿とかけ離れていると感じていることがわかりました。

また、「思い描いていたより悪い」と回答した人が、どのような分野で「復興した」と実感しているか分析したところ、交通インフラと公共施設はいずれも「実感がある」と「やや実感がある」が50%前後を占めましたが、地域経済は10%に届かず、暮らし向きと地域のつながりはいずれも20%以下にとどまりました。

専門家「衝撃的な結果」

アンケートの分析にあたった社会心理学が専門の兵庫県立大学の木村玲欧教授は「半数が『思い描いていたより悪い』と回答したのは、非常に衝撃的な結果だ。全体の復興のスピードが遅いのか、それとも特定の分野が自分が思い描いていたよりも悪いということなのか、被災者が『悪い』と考える原因を探っていかなければならない」と話しました。

さらに、「若い世代の方が『思い描いていたより悪い』と回答している割合が高い傾向にあることは、深刻に受け止めるべきだ。将来的に自分たちが地域で暮らしていけるのか、その地域を盛り上げていくことができるのかといった地域経済の状況や地域の存続自体への疑問が影響しているとみられる」と述べました。

そのうえで、今後の復興の進め方について、「復興というのは人によって違うもので、ある人にとっては住宅や建物が建ち心のつながりが元に戻ることかもしれないし、またある人にとっては経済的な再建のことなのかもしれないので、1つのことで復興が完成するわけではなく、一人ひとりが何が復興だと思っているのかを丁寧に聞いていくことが必要だ。それぞれの人に合った復興の支援策をこれからもしっかりと続けていかなければ、大きな災害からの復興にはなかなかつながらない」と話しました。

「震災直後は夢があったけれど…」 老舗菓子店 田中さんの9年

岩手県宮古市の田老地区で老舗の菓子店を営む田中和氣子さん(63)は、今回のアンケートの自由記述に「思い描いていた未来のようにはなっていない」とつづりました。

田中さんは東日本大震災の津波で自宅と店舗、そして工場を流されましたが、それでも震災の直後は前向きな気持ちになれたと言います。

田中さんは、当時の心境について、「すべてを失いましたが、家族で住宅フェアや見学会に行って再建するならどんな家がいいかと考えたりして、不謹慎かもしれないけど、楽しい、夢が持てた時期でした。店の再建もできない訳がない、お菓子屋さんをまたやるんだと、当然のように思っていました」と振り返りました。

しかし、再建は当初思い描いたようには進みませんでした。仮設住宅で不自由な生活を送りながら仮設店舗で営業を続け、震災の2年後には工場を再建。しかし、売り上げは震災前の10分の1にも届かず、不安材料だけが増えていく日々が続きました。

田中さんは震災2年のアンケートに、▽「震災1年頃までは明るい夢を持てたが、それが2年たっても実現出来ない。むなしさを感じる時が多々ある」と書き、震災3年のアンケートには「仮設3度目の冬はマイナスイメージの言葉しか思い浮かばない。全てを失った震災直後は、それでも立ち直るという強い意志と希望が芽吹いていた。当時の思いは3年で日に日にやせ細り、しおれかけている」と記しています。

当時の胸の内について田中さんは「復興のつち音が響きたくさんの人が来て復旧復興に尽力してくれていることが励みになって自分も明るい気持ちになれたが、そういう人たちが去っていくと人が減り静かでさみしくなった。売り上げがゼロの日もあり、切なくて、自分たちでお菓子を買ってレジにお金を入れたこともあった」と語りました。

それでも「完全復旧する」と意気込み、店の再建という夢に向かって進んでいた田中さんに「建設費の高騰」が追い打ちをかけました。復興需要の増大などで震災前1坪あたり50万円程度だった工事費用が、2.5倍近い120万円程度にまで上がったのです。

工場に加え震災から5年後に自宅を再建し、すでに多額のローンを組んでいた田中さんは、震災6年のアンケートに「歩みが減速して、1度勢いを失うと、強い気持ちを持続させるのは難しいと実感している。借金を増やしてでも店舗再建を目指すことは正しいことなのだろうか?」などと、自分が選んだ道は正しかったのかと自問自答を繰り返していた当時の心境を記していました。

震災から6年半近くたった2017年の夏、仮設店舗の退去期限が迫る中、田中さんは店の大きさを当初の計画の半分程度に縮小してようやく再建を果たすことができました。

田中さんは「店と工場が離れてしまうなど当初考えていなかったことが重なった。行政の方針が二転三転して読めないのでその時その時で対処していたら借金が1億を超えてしまった」と話しました。

ところが、ようやく戻ることができた街は思い描いた姿とは変わっていました。住宅が高台に移転し商店街もなくなったため店の周囲ににぎわいはなく、震災前は大勢いた自転車や徒歩で店に来る客は今はほとんどいません。

田中さんは「元の場所に戻ったら悪くても震災前の半分は売り上げがあるだろう」と思っていたと言いますが、震災の影響で商品の卸し先が廃業したこともあって、売り上げは震災前の3分の1程度にとどまっています。

「元の街ではなく、別の街で商売していると気持ちを切り替えた」という田中さんは、震災9年を前に「最初のころは夢があったけど、現実の壁に阻まれ、紆余曲折しながら、あきらめるでもなく折り合いをつけながらここまで来た感じがします。リュックサック1つで逃げて助かってから、工場は建てたし、家は建てたし、店も建てたし、よく頑張ったなと思います。でも、まだこれから死ぬまで借金返さないといけないから頑張らないといけないなって自分に言い聞かせています」と語りました。

福島 復興実感の低さ目立つ

今回のアンケートでは岩手・宮城と比べて福島では被災者の「復興している」という実感が低いことを示すデータが目立ちました。

当初思い描いていた復興と比べて今の復興の姿をどう考えるか尋ねる設問で、「思い描いていたより良い」と回答した割合は、岩手が21%、宮城が28%だったのに対し、福島は12%でした。

また、「思い描いていたより悪い」と回答した割合は岩手が48%、宮城が40%だったのに対し、福島は63%で、いずれも岩手・宮城と福島の間に大きな差がありました。

さらに、暮らしていた地域のこれまでの復興状況をどのように感じているか尋ねる設問でも、「まったく進んでいない」と回答した割合が岩手では1.5%、宮城では1.6%だったのに対し、福島は16%で、10倍の開きがありました。

アンケートの分析にあたった社会心理学が専門の兵庫県立大学の木村玲欧教授は「岩手・宮城は、津波の被害のあとどうやって新しい地域を作っていくかが課題となっているので、復興は遅れながらも着実に進んでいると考えられる。一方、原発事故の影響が残る福島は何をしたらその地域が安全・安心になるのか、何をしたらその地域で住み続けることができるのかがわからず、復旧や復興の進捗が見えづらい状態が今も続いてることが福島の被災者の回答に影響を与えているのではないか」と話しています。

自由記述 さまざまな思い

アンケートの自由記述には復興や被災地の未来について多くのメッセージが寄せられました。

今の復興の姿が「思い描いていたより悪い」と回答した人のうち、岩手県宮古市の60代の女性は「震災後、思い描いていた未来のようにはなっていない。復旧、復興が遅れている。もう一度、原点に立ち返り、何を目指して、どこへ行き着きたいのか、見つめ直す時なのかもしれない」とつづりました。

宮城県南三陸町の30代の女性は「一歩一歩復興に向け進んではいますが、震災の傷あとはまだ深く残っているような気がします。地元で残る人も少ないからか、若い人たちや子どもたちを見ると、めずらしいと感じる日々です。これも震災がなかったら違っていたのかなと思わない日はありません」と記しました。

震災当時、福島県浪江町に住んでいたいわき市の80代の女性は「被災地の未来といっても若い人が帰っていない現状では何も進まない」と書き、震災当時、福島県富岡町に住んでいた白河市の50代の男性は「子どもたちがいない町に未来はあるのか?」と記しました。

震災当時、福島県浪江町に住んでいた福島市の70代の男性は「変わったのは、空き家になって家がどんどん雨風により壊れ、くもの巣がはり、動物の住みかとなってしまいました。周囲もまた雑木があちこちにおい茂り荒れ放題でひっそりとゴーストタウンとなったことです。足腰が悪くならないうちに、もう一度我が家で休みたい。今も帰還困難区域の我が家は復興のめどがたたず、残念です」とつづりました。

一方、今の復興の姿が「思い描いた通り」とか「思い描いていたより良い」と回答した人のうち、宮城県岩沼市の80代の女性は「他よりも早く集団移転先に決まりました。震災前のように持ち家の方、公営住宅入居の方と地区ごとに町をつくって頂いたので隣近所知り合いの方なので安心感があります」と書きました。

宮城県南三陸町の50代の男性は「新たに災害による被災地が各地に発生している…。助けられた人間としてではなく助けられる人間に変わる事が本当の意味での復興ではないのかな?」と記しました。

岩手県陸前高田市の80代の女性は「足かけ9年、復興が早い、遅いの問題より、ここまで復興が出来たことに市民一丸となり感謝の祈りを忘れることなく自助努力して過ごすことが大切ではないかと思います」とつづりました。

津波で自宅や地域全体が流出してしまったという福島県相馬市の60代の男性は「相馬市から用意してもらった高台に家を建てることができ、行政の方々には大変感謝してます」と書きました。

福島県いわき市の60代の女性は「念願だった家が建ちました。当時は3年くらいで建てられるかと思っていました。8年は長かったです。途中、挫折しそうに何度もなりました。復興は迅速が一番です。痛切に感じました」と記しました。

このほか、「心の復興」の難しさを訴えるメッセージも目立ちました。このうち、震災前と同じ場所に自宅を再建した宮城県石巻市の80代の男性は「仮設団地での生活と比べて、人との交流が極端に少なくなっている。被災のダメージをいくらかでも薄れさせてきたあとに、また虚脱感が生まれている。心の復興には相当の時間が必要だと思う」と書きました。

岩手県宮古市の50代の女性は「ぱっと見は復興したとうつるけれど…人の心の中の復興はどうなのか。本当の意味での復興って何ですか? あの日から何年たっても心の中は変化していないように感じています」とつづりました。