原発事故9年 住民の帰還はどこまで進んでいるのか?

原発事故9年 住民の帰還はどこまで進んでいるのか?
“原発事故が起きた場所”。多くの人にとって、福島はそう記憶されてしまっているのではないでしょうか。「とても危険な場所なのではないか」とか、逆に「事故はもう昔の出来事なのでは」と考える人もいるかもしれません。本当はどうなのでしょうか。比較的放射線量が高いとして立ち入りが制限されている地域は、県全体の面積の2.5%程度です。福島県内のほとんどの地域では、ほかの都道府県と変わらない日常の風景が戻っています。ただ福島県は広いので、2.5%といっても東京23区の半分以上にもなります。また、避難指示が解除された地域でも、実際に住んでいる人は3割にも満たないのが現状です。「危ないの?」「安全なの?」「復興したの?」「していないの?」。シリーズ「原発事故9年 福島第一原発7つの疑問」。5回目の今回は福島県のこれまでとこれからについて気になる疑問にお答えします。(福島放送局記者 林泰 樽野章)

福島県内の「放射線量」 いまの状況は?

まず、この2枚の地図を見比べてください。原発事故からおよそ7か月後の2011年11月に上空から測定した放射線量をマッピングしたのが左。右は最新の去年9月に測定したデータです。

※2011年の地図で赤く示されているのは、ここで1年間暮らした場合に100ミリシーベルトを上回る被ばくをするとされるエリア(1時間当たり19マイクロシーベルト超)です。去年9月の測定ではこうしたエリアはなくなりました。また年間50ミリシーベルトを上回るエリア(1時間あたり9.5マイクロシーベルト超)は福島第一原発の北西方向の一部にせばまっています。※

避難指示を解除する目安となる年間20ミリシーベルトを上回る黄色のエリア(1時間当たり3.8マイクロシーベルト超)は※※原発周辺から葛尾村近辺まで広がっていますが※※、地表付近の放射線量は平均で78%低下しています。(シーベルトというのは、放射線が人体に与える影響を示す被ばく量の単位です。一般的に100ミリシーベルト被ばくすると、一生のうちにがんで死亡するリスクが0.5%上乗せされるとされています。※※※)
なぜこれだけ下がったのでしょうか。それをひもとくキーワードは「半減期」です。放射性物質の量が半分に減るまでの時間のことですが、その時間は放射性物質の種類によって違います。

たとえば事故直後に多く見つかったヨウ素131という放射性物質の場合、半減期は8日と短いため、数か月で大幅に減りました。

一方、今も土や建物などに沈着して放射線を出し続けているのは主にセシウムという放射性物質です。このセシウムにもいくつかの種類があり、中でも多くを占めていたのは「セシウム134」と「セシウム137」です。

このうち「セシウム134」の半減期はおよそ2年なのに対し、「セシウム137」の半減期はおよそ30年と大きな違いがあります。2種類の放射性セシウムは、原発事故の直後にはだいたい同じくらいの量が検出されていました。

しかし、「セシウム134」は2年で半分、4年で4分の1と減ってきたため、この9年の間に放射線量は大きく下がってきたのです。逆に言えば、「セシウム134」の影響が小さくなったあとも、半減期の長い「セシウム137」が急に減ることは考えにくいため、今後は放射線量が下がるペースはゆっくりになっていくと予想されます。
また放射線量が下がったのには、土を剥いだり水で流したりして放射性物質を取り除く「除染」を行ったことや、放射性物質が移動して海などへ流れていった影響もあるとされています。

福島県内の「避難指示」 いまの状況は?

福島県内での「避難指示」は、今も続いてはいますが、その範囲は徐々にせばまっています。原発事故が起きてからおよそ1か月後、避難指示が出された範囲は福島県内の11市町村にまたがる1150平方キロメートルにまで広がりました。福島県全体の面積は1万3783平方キロメートルなので、8%余りに相当する範囲です。

それが、ことし3月4日には、最後まで全域での避難指示が続いていた双葉町の一部でも避難指示の解除が予定され、避難指示区域の面積は337平方キロメートルと最も広かった時期の30%程度にまで小さくなりました。ただ、縮小したとは言え、その面積はやはり広大で、東京23区の面積の半分以上に相当します。

事故から9年がたっても、それだけの範囲に人が住むことが認められていないというのが福島の実情です。
ではこれから先はどうなっていくのでしょうか。いま残るのは避難指示区域の中でも、比較的放射線量が高く立ち入りが厳しく制限されてきた「帰還困難区域」だけです。

政府はこの帰還困難区域の中に、除染やインフラ整備を進めて住民が戻れるようにする「特定復興再生拠点区域」を設定しています。双葉町、大熊町、富岡町、浪江町、葛尾村、飯舘村の6つの町と村では、この区域について2022年から23年までに避難指示を解除することを目指しています。

では帰還困難区域の解除も順調に進むのかというと、そうはなっていません。解除の見通しがたっているのは、面積にすると帰還困難区域全体の8%程度にすぎないんです。

政府は「たとえ長い年月を要するとしても、将来的に帰還困難区域のすべてを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組むとの決意」だとしています。「将来的」と言ってもいったいどれだけ待てばよいのか、具体的にはなにも決まっていません。

避難指示が解除された地域に住民は?

避難指示が解除された地域に住民は戻ってきていますが、そのスピードは自治体によって大きな差が出ています。

これまでに一部または全域で避難指示が解除された10の市町村(3月4日に解除された双葉町を除きます)に取材したところ、避難指示が解除された地域に住民票を登録しているのは合わせて4万6529人(2020年2月1日現在)で、このうち実際に住んでいる人は最大で1万3248人でした。

住民登録の数に占める住んでいる人の割合「居住率」は28.5%と、半年前に比べて1.4ポイントほど増えました。
これを自治体別に見たのが上の図です。この中では、田村市の都路地区(2014年4月解除)が84.5%、楢葉町(2015年9月解除)が57.7%などと比較的早い時期に解除された自治体が、高くなっている傾向が見えます。

一方で、富岡町(2017年4月に大部分で解除)は13.2%、浪江町(2017年3月に中心部など解除)は8.6%ととりわけ低い状況です。特に浪江町は住民登録の有無によらず居住者を集計しているため、住民登録に占める居住率はさらに低い可能性があります。

また、2019年4月に解除されたばかりの大熊町(大川原地区・中屋敷地区)では36.2%となり、半年前よりも12ポイント余り増加していますが、解除された地域がもともとの中心部からは離れていて住民登録自体が少ない(423人)ところに、ほかの地域からも住民が移り住んでいることが居住率を押し上げているとみられます。

避難指示が解除された地域は、これからどうなるのか?

居住率が比較的高い自治体でも、住民が増加するペースは次第にゆるやかになっています。そのため今後は、従来からの住民の「帰還」だけでなく、新しく移り住む「移住」をどれだけ増やしていけるかが鍵になります。
こうした「移住」への期待が大きいのには、居住率の低さに加えてもう1つの背景があります。避難指示が解除された地域で進む「高齢化」です。

居住者のうち65歳以上の人が占める割合は、集計しているすべての自治体で3割を超え、川俣町の山木屋地区では61%、飯舘村では55.8%と、一般に「限界集落」と呼ばれるほどの数字になっています。このため、農地の保全管理や、防犯、防災、伝統行事など、コミュニティの維持に欠かせない担い手が不足しているのです。

ただ希望がないわけではありません。実は、大熊町や富岡町など福島第一原発の周辺には、廃炉に関連した研究施設や、企業などが進出していて、住民登録をせずに住み続けている人が増えています。

また川内村では、村で暮らす人のなんと4分の1近くが震災と原発事故の後に、村の外から移り住んできた人たちで、村の自然環境を生かした農業や、復興関連の補助金を活用した起業などに取り組んでいます。

こうした人たちが安心して暮らせる環境を整備し、新たな地域の担い手となってもらえるか。「地域の復興」にむけた地道な取り組みが続いています。


(おことわり)
※100ミリシーベルトを上回る被ばくをするとされるエリア(1時間当たり19マイクロシーベルト超)について、当初の原稿では、「8年半ほどの間に大幅に減少し、福島第一原発の近辺や北西付近に一部が残るのみになりました」としていましたが、こうしたエリアは去年9月時点ではなくなっていることが確認されたため、記事を修正しました。失礼いたしました。

※※年間20ミリシーベルトを上回る黄色のエリア(1時間当たり3.8マイクロシーベルト超)について、当初の原稿では、「浪江町や葛尾村などの一部にとどまり」としていましたが、範囲をよりわかりやすく示す意味で「原発周辺から葛尾村近辺まで広がっています」と改めました。

※※※ICRP=国際放射線防護委員会は、放射線防護に用いるための仮定として妥当としています。

シリーズ 原発事故9年 福島第一原発7つの疑問

1「海か大気に放出を」ほかに選択肢は? 2月13日掲載
2廃炉作業はどこまで進んだ?進んでいない? 2月19日掲載
3廃炉作業、残り約30年で終えられるのか? 3月2日掲載
4原子力のチェック機関は機能しているのか? 3月9日掲載
福島放送局記者
林泰
福島放送局記者
樽野章