そして”西側”は没落した パラダイムシフトをどう乗り越える

そして”西側”は没落した パラダイムシフトをどう乗り越える
東西冷戦が終わって30年。ソビエト連邦は崩壊し、アメリカを中心とした”西側”が世界を主導して平和と安定を支える時代は盤石と思われてきたが…。雲行きが怪しい。「西側」は没落したのか?その背景は?ある会議を舞台に、実相が見えてきた。(ヨーロッパ総局長 高尾潤)

歴史ある安全保障会議

先月、ドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議。安全保障について議論する世界最大規模の会合だ。

ことしも、アメリカ、フランス、日本など、”西側”から100人を超える首脳や閣僚が出席。一方かつての”東側”からもロシアや中国の外相らが顔をそろえ世界が直面する最新の安全保障問題について議論を交わした。

会議が始まったのは1962年。東西対立が頂点に達した“キューバ危機”の年だ。“ベルリンの壁”が建設され、東西ドイツの分断が決定的となるなかで、“西側”の結束を図る目的で発足。冷戦の終結後は、東西の境を超えて、世界規模の安全保障を議論する場として再スタートを切り、ことしで56回目を迎えた。

なぜ「西側」同盟が必要なのか

その歴史ある会議がことしのテーマに選んだのは、“Westlessness”。Westness(西側らしさ)とWestless(西側の喪失)を合わせた造語で、「消えゆく西側らしさ」とでも訳すのだろうか。

冷戦が終わって30年。なぜいま“西側”の本質を問い直す必要があるのか。実はそこにかつての“西側”の苦悩がにじむ。

少し歴史のおさらいをしよう。第2次世界大戦後の世界は、ソビエト連邦を中心とする「東側陣営」と、アメリカを中心とする「西側陣営」に分かれ、本格的な戦争を伴わない“冷たい戦争”を繰り広げた。
40年余り続いた冷戦時代は、1989年の“ベルリンの壁”の崩壊で“西側”の勝利で終わった。ソビエトは崩壊し、ロシアなど15の国に分裂した。”東側”がなくなった以上、それに対抗する“西側”も役割を終えたはずだった。

しかし、自由、民主主義、平等という普遍的な価値観を共有する国家の連合体としてEU=ヨーロッパ連合が発足し統合を推進。また“西側”の軍事同盟だったNATOも東へと拡大を続けた。

冷戦が終わったのになぜ「西側」同盟が必要なのか、というロシアなどからの本質的な問いが顧みられることはなかった。

NATOは“脳死”状態 最大の脅威は…

去年70周年を迎えたNATO。”西側”が勝利をかみしめるはずだったが、”西側”を取り巻く現実はそれとは程遠かった。
アメリカとヨーロッパの足並みの乱れが次々と露呈し、中核をなすフランスのマクロン大統領が「NATOは脳死状態」と表現する事態に陥っていた。

折しも、イギリスがEUからの離脱を決め、冷戦に勝利した”西側”の象徴が相次いで没落を印象づけた。
いまヨーロッパで安全保障上の最大の脅威はアメリカだという。

自国第一主義を掲げるトランプ大統領が、NATOの集団安全保障の原則に基づいて、本当に加盟国を守ってくれるのか。第2次世界大戦で勝利をもたらし、戦後も一貫して”西側”の経済、安全保障を支えてきたアメリカへの信頼が大きく揺らぎ、平和と安定の礎が根底から崩れかねない事態が進行している。

中国、中国、中国!

もう1つの脅威が中国だ。有力紙ワシントンポストは、「ポピュリズムの台頭」に代わって「中国の脅威」が、今回の会議の大きな焦点だったと伝えた。

“一帯一路”政策の下、ヨーロッパで港湾施設などの主要インフラやハイテク企業の買収を続ける中国。もはやその覇権主義を隠すこともなくなったという。

「20世紀の日本」とは根本的に異なる、圧倒的な影響力の中国に気付いたヨーロッパの警戒感の高まりを今回の会議で強く感じた。

中国脅威論を裏付けているのが軍事力だ。今回の会議に合わせて発表された2020年の「ミリタリー・バランス」によると、去年の世界の軍事費は過去10年間で最も高い伸びを記録。とりわけ中国は、前年比6.6%とアメリカと並ぶ世界最高の伸びを示し、復活を遂げるロシアとともに急速に存在感を増している。

中国がくしゃみをすると世界がかぜをひく

経済面でも、アメリカと激しい貿易戦争を続ける超大国、中国。世界は再び、アメリカを中心とする「西側」と、中国・ロシアとの間の「新たな冷戦」時代に入ったのではないか?そんな認識も示された。

しかし、グローバル化が進む中で、中国と“西側”との相互依存関係は、もはや逃れようがない。新型コロナウイルスの感染拡大で明らかになったのは、「中国がくしゃみをすると世界がかぜをひく」世界経済の実態だ。

このため、中国への警戒感が共有されても、にわかに”西側”が対中国で一枚岩になることは難しい。ここにかつての東西冷戦の時代との根本的な違いがある。

パラダイムシフト

アメリカの国際社会へのコミットメントが低下し、その同盟関係が大きく揺らぐ中、戦後75年、世界の平和と安定を支えてきた国連などの国際機関や、NATOやWTOなどの多国間の枠組みが軒並み機能不全に陥っている。世界はいま大きなパラダイムシフトに直面しているのだ。

しかし、冷戦の勝利とその後の安定にあぐらをかいてきた”西側”は、有効な出口を見つけられない。

第1次世界大戦直後のベストセラー、シュペングラーの「西洋の没落」がいよいよ進行しているのではないか、そんな危機感と焦りが広まっている。

翻って日本は

冷戦時代から、ミュンヘン安全保障会議に出席しているイギリスの国際戦略研究所のフランソワ・エイスブール氏は、このパラダイムシフトでもっとも厳しい対応を求められているのは日本だと指摘する。
フランソワ・エイスブール氏
「ヨーロッパの状況は、東アジアのアメリカの同盟国が直面している課題に比べればまだ恵まれたものです。安全保障面では、一義的にロシアの脅威と対じすればいい。ところが、東アジアでは、台頭する中国、その戦略的パートナーのロシア、そして核保有国となった北朝鮮と向き合わなければならないのですから」
アジア唯一のG7メンバーで“西側”の経済大国を自任してきた日本。迫りくるパラダイムシフトをどう乗り越えるか。日本もまた”西側”の本質を厳しく問い直す必要に迫られているのではないか。

今回の会議に参加して、こうした印象を強くした。
ヨーロッパ総局長
高尾潤
昭和62年入局
国際部、モスクワ支局、ワシントン支局長、国際部長をへて現職