“東南アジアのデトロイト”に異変

“東南アジアのデトロイト”に異変
“東南アジアのデトロイト”とも言われ、自動車産業が発展している国があるって知っていますか?日系メーカーだけでもトヨタ自動車やホンダ、いすゞ自動車など大手8社が生産拠点を置き、部品メーカーも数多く進出しているタイです。年間200万台もの車がタイ国内と海外向けに生産される東南アジア最大の自動車生産国で、ここ数年、生産台数は着実に伸びていました。しかし、去年はアメリカと中国の貿易摩擦、さらにことしに入って、新型コロナウイルスの感染拡大という難題に直面しています。(アジア総局記者 岩間宏毅)

米中貿易摩擦で打撃

足立社長
「タイの自動車生産が落ちている状況にあわせて、私たちの会社も去年10月くらいから受注に急ブレーキがかかっています」
こう話すのは、タイに工場がある日本メーカーの現地法人の足立琢哉社長です。足立さんの会社はエンジンなどの自動車部品の製造に使われる金型用の部品を生産していますが、去年の秋以降、需要の冷え込みを肌で感じています。
好調だった去年の前半と比べると、最近の売り上げは10%余り減少。新規の受注が厳しいなか、製品のメンテナンス事業に力を入れたり、海外で新たな顧客を開拓したりして、しのごうとしていますが、業績が回復する兆しはなかなか見えないといいます。
タイの自動車産業が厳しい環境に直面しているのはデータからも明らかです。去年1年間にタイで生産された自動車の台数は201万台余りと、前の年と比べて7%減少し、5年ぶりの減少となりました。

米中の貿易摩擦による世界経済の減速を受け、輸出先のアジアやオセアニア、ヨーロッパといった市場が振るわず、輸出が低迷したことが大きく響きました。タイの通貨・バーツの高騰も逆風となり、自動車をはじめ、タイの輸出産業はダメージを受けました。

新車販売に影を落としたのは

輸出だけでなく、好調だったタイ国内の新車販売にも影を落としたのが、米中の貿易摩擦です。おととし5年ぶりに100万台の大台を超えた新車販売も、去年の下半期に失速。

現地で最大のシェアを持つトヨタ自動車はことしの新車販売の見通しを94万台と2年連続のマイナスと予測。記者会見でタイトヨタの菅田道信社長は険しい表情でこう話しました。
菅田社長
「現場感覚としていちばん感じるのが、タイのお客様の消費マインドが冷えてしまったことだ」

さらに追い打ちが…

さらに追い打ちをかけているのが新型コロナウイルスの感染拡大です。自動車などの輸出産業と並んで、タイ経済の成長エンジンとなっているのが観光産業で、年間4000万人近くにのぼる外国人旅行者のうち、中国人はおよそ1100万人と3割近くを占めます。
旅行シーズンとなっている中国の旧正月と感染拡大が重なったことで、タイでも旅行のキャンセルが相次ぎ、観光産業に大打撃を与えました。新型コロナウイルスによる観光産業の損失はことし、3000億バーツ、日本円にして1兆円を超えるという予測もあり、タイ経済がさらに冷え込むのは避けられない情勢です。

トヨタ系の自動車販売店の社長は「新型コロナウイルスの問題は消費者に不安を抱かせ、新車市場をさらに減速させてしまう」と話し、米中の貿易摩擦に続く、さらなる苦境に頭を抱えています。

サプライチェーンにもリスク

新型コロナウイルスの脅威は、自動車産業など製造業のサプライチェーンにも及ぶおそれがあります。感染拡大が長期化すれば、中国からの部品や原材料の調達が滞るというのです。

ジェトロ=日本貿易振興機構の調査によりますと、タイの日系自動車メーカーの部品の調達先は66%がタイ国内で、中国からの調達は4%余りです。比率を見ると少ないようにも見えますが、数万点と言われる自動車の部品の一部でも調達が滞れば、たちまち完成車の生産に影響が出る可能性があります。
今回、取材したタイの自動車部品メーカーは生産に必要な部品のほとんどをタイで調達しているものの、10%近くは中国から輸入しています。中国にある取引先の工場はひとまず生産を再開したものの、フル生産には戻っていないということで、自社の部品調達はもちろん、取引先の自動車メーカーの生産がこの先どうなるか、不安を抱いています。

自動車業界に詳しいタイの銀行系シンクタンクのハタイワンさんもこう警鐘を鳴らしています。
ハタイワンさん
「生産への影響は中国国内にとどまらず、中国へ製品や部品を輸出・輸入する国々に波及するでしょう。中国の工場で問題が起きれば、ほかの国々の工場でも生産が止まりかねないのです」

感染拡大の影響、どこまで広がるか?

タイの自動車産業における日系メーカーの存在感は極めて高く、タイの国内販売で見ても日本車のシェアは9割近くにのぼります。また、ピックアップトラックなどの車種の生産・輸出拠点ともなっているまさに「日本の自動車メーカーの牙城」とも言える国です。

また、自動車を含めて、2300社余りの日系メーカーが拠点を置く東南アジアの製造業のハブでもあります。それだけに、新型コロナウイルスの感染拡大の影響がこの先、タイをはじめ、東南アジアの経済にどこまで波及していくのか、引き続き注視していきたいと思います。
アジア総局記者
岩間宏毅

平成12年入局
経済部で自動車、金融・証券、
経産省などを取材