“小さい地震”の大津波 120年前の教訓を語り継ぐ

“小さい地震”の大津波 120年前の教訓を語り継ぐ
『それでは問題です。震度2や3の地震でも、津波は来るでしょうか?』

東日本大震災の被災地の防災教育で、先生は小学生たちにこう問いかけました。

正解は「揺れが小さくても、津波が来ることはある」。
この答えは、どういうことか?東日本大震災の発生からまもなく9年。今こそ知ってほしい、120年以上前の津波の話です。(社会部 災害担当記者 内山裕幾)

「小さい地震の大津波」伝える学芸員

「揺れが小さくても津波が起こりうる」と伝えようとしているのは、熊谷賢さん(53)。
東日本大震災で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市で、学芸員を務めています。

熊谷さんが最近、防災教育などで伝えようとしているのが、過去に地元・陸前高田を襲った「“小さい地震”の大津波」。124年前、1896年に起きた「明治三陸津波」です。

「小さい地震」で2万人以上の死者が…

岩手県を中心とする三陸地方一帯を襲った「明治三陸津波」。最大30メートル以上の高さまで駆け上がり、およそ2万2000人が犠牲になりました。

「“小さい地震”の大津波」とはどういうことなのか。熊谷さんが見せてくれたのが、郷土史料に残された明治三陸津波の記録です。

そこには、地震が発生した当時の状況について、次のように記されていました。
「小さい地震が海岸の方から起つたが 人々常の事とて 心にも留めなかった。」(広田村郷土教育資料)

史料には「小さい地震」ということばとともに、人々がいつものことだと考えて、気にもしなかったという意味のことばが記されていました。そして、避難しなかった多くの人が、津波に巻き込まれたというのです。

明治三陸津波 震度は「2から3」

なぜ「小さい地震」で、「大きな津波」が起きたのか。津波研究の第一人者・東北大学の今村文彦教授を訪ねました。今村教授の部屋には、明治三陸津波の被害を記録した写真がありました。
今村教授によると、明治三陸津波のときの震度は「2から3」程度だったと考えられています。東日本大震災では、最大震度が「7」。その違いは、どこから来るのでしょうか。

「揺れの小さい津波」はなぜ?

今村教授は、明治三陸津波について、「津波地震」と呼ばれる特殊なメカニズムで発生したと言います。

通常、大きな津波が発生する時は、大きな揺れも伴います。しかし「津波地震」では、プレートの比較的やわらかい部分が、ゆっくりと大きく動くことで、大きな揺れが伴わずに、大きな津波が発生するというのです。

「津波地震」はまれな現象ですが、海外でも発生したことがあるそうです。

今村教授は、揺れが小さいため、現在の気象庁などの観測網でも迅速な津波警報を出すことが難しいことにも、注意が必要だと言います。
東北大学 今村文彦教授
「明治のときには小さい揺れが長く続いていたと報告されています。大きな揺れがなくても津波は起きうると知ったうえで、揺れが小さいから大丈夫だとか、そういう思い込みを持たないことが大切です。」

過去の伝承 原点は東日本大震災

陸前高田市の熊谷さんが明治三陸津波の伝承にこだわる理由。それは、やはり「東日本大震災」です。

熊谷さん自身、職場の親しい同僚を亡くし、自宅も流されました。

なぜ、繰り返し津波の被害を受けてきた三陸で、これほどの甚大な被害が出てしまったのか。
博物館の学芸員として地元の災害史を調べる中で、明治三陸津波のことも詳しく知りました。地元で十分に伝承されてこなかったと感じた熊谷さん。

「東日本大震災の記憶は残るかもしれないが、それ以前の津波の教訓が生かされない」と危機感を覚え、市民に伝える取り組みを始めようと考えたのです。
熊谷賢さん
「三陸を襲った津波は東日本大震災だけではありません。過去の津波の教訓を次の世代に伝えることが、悲しい思いを二度と繰り返さないためにも必要だと考えています」

石碑に記された「教訓」

熊谷さんは、市内に残された数多くの「石碑」から、過去の教訓を学ぼうとしています。

陸前高田市は、震災後に市内の19の石碑を市の文化財に登録。教訓を後世に伝え残す取り組みを始めました。
明治三陸津波の津波が到達した場所に建てられたという石碑には、4つの教訓が刻み込まれていました。

「津波と聞いたら欲捨てて逃げろ」
「低い所に住家を建てるな」
「それ津波 機敏に高所へ」
「地震があったら津波の用心」

どれも大切なメッセージですが、熊谷さんは、明治三陸津波の教訓を学ぶことで、「地震があったら津波の用心」という教訓の中に、大切な意味が込められていると考えるようになりました。
熊谷さん
「ここには「大きい」とも「小さい」とも書いていない。明治の時は小さな揺れで大津波が来た。大きい小さいにかかわらず、とにかく地震があったら逃げろという先人のメッセージと受け取っています」

“震災を知らない”子どもたちに

大事な教訓が記された石碑。

その前で、地元の小学生に過去の教訓を伝える取り組みも始まろうとしています。震災のことも、過去の津波のことも知らない子どもが、増えているからです。
その取り組みの一コマ。

熊谷さんが「津波の前には何が起きる?」と問いかけたのに対し、子どもたちは「大地震!」と答えました。普通のテストでは、もしかしたら、それで正解になるもしれません。

しかし、熊谷さんは、過去、陸前高田を襲った明治三陸津波のように、「小さく、長い揺れ」のあとに、津波が来ることがあることを知ってほしいと伝えました。
熊谷さん
「大きな揺れじゃなくても、津波は来るかもしれません。だから、地震があったらとにかく逃げるということが大事です。ここに書いてあることを、ぜひ明日みんな友達にも教えてください」

津波の多様性を知ってほしい

三陸地方は、1960年のチリ地震津波や1933年の昭和三陸津波、そして1896年の明治三陸津波と、東日本大震災の前にも繰り返し大津波に襲われています。

さらに、日本全国では、南海トラフ地震などによる津波でも被害が出ています。

熊谷さんは、明治三陸津波の調査を通じて、改めて過去の教訓を学ぶことの重要さを感じています。津波は、東日本大震災と同じように襲う場合ばかりではないからです。
熊谷さん
「津波の在り方は多様だということを知ってほしい。その知識があるかないかで避難行動も変わってくると思います。悲劇を繰り返さないためにも、これからも伝える活動をしていきたい」

過去の教訓を知り、命を守る

「小さい地震だから津波は来ない」という思い込みが、明治時代に多くの人の命を奪ったという事実を、一人でも多くの人に知ってほしいと思います。津波のメカニズムは多様で、前兆もさまざまです。

「過去の教訓を知ること」。

それが津波から、一人でも多くの命を守る手だてになるのだと思います。

「“小さい地震”の大津波」については、3月7日(土)午後9時から放送のNHKスペシャルでも詳しくお伝えします。
社会部 災害担当記者
内山裕幾