2人の医師がみた被告 そして法廷に立った遺族たち

2人の医師がみた被告 そして法廷に立った遺族たち
取材を続けて14回目の傍聴。
遺族のことばが法廷に響くとき、被告は決まって表情を崩すまいとしているように見えました。それを、より顕著に感じたこの日。
「あなたのご両親に謝りたい。
大事な1人息子に死刑を望むことを」
みずから直接法廷に立って、そのことばを弁護士に託して、犠牲となった5人の遺族が、この3年半抱えてきた思いを伝えました。

「やんちゃなお調子者」大麻で変貌したのか

相模原市の知的障害者施設で入所者19人が殺害されるなどした事件で、元職員の植松聖被告(30)が殺人などの罪に問われている裁判。
初公判からおよそ1か月となる2月7日と10日の裁判では、2人の精神科医が法廷に立ちました。

1人は裁判所が行った精神鑑定を担当し「病的な精神状態ではなかった」と指摘した大澤達哉医師。
もう1人は「責任能力がなかった」と無罪を主張している被告の弁護士が分析を依頼した工藤行夫医師。
まず被告の人格についての2人の指摘です。
裁判所の精神鑑定を担当した大澤医師
・被告は明るく社交的である一方で、頑固で自己主張が強い傾向がある。
・大学入学後に次第に生活態度が変化し、特定の人の影響を受けやすくなり、快楽的で反社会的な傾向もみられる。
被告の弁護士の依頼で分析した工藤医師
・明るく社交的で目立ちたがりな一方、周囲の影響を受けやすく、真剣に悩まず場当たり的な行動をとる。
・問題行動はあっても明らかな反社会的逸脱行動はなく「若気の至り」の範囲。やんちゃなお調子者。
一方、争点の責任能力に関わる部分では。
裁判所の精神鑑定を担当した大澤医師
・「意思疎通ができない障害者を殺す」という考えは、被告個人の強い考えによるもので、病気によって生じたものではない。
・計画どおりの犯行で合理的な判断ができている。
・事件後は出頭していて違法性を認識している。
・逮捕後の供述では容疑を認めていて一貫している。
こうした点をあげて「大麻中毒などはあったが、犯行に与えた影響はなかったか、あっても小さかったと考えられる」と指摘しました。
一方で…。
被告の弁護士の依頼で分析した工藤医師
・大麻の使用頻度も週4~5回と増加し、粗暴な行動を取ったり、SNSを介して過激な主張を精力的に発信するようになる。
・それまでの人格と事件を起こすまでの1年ほどの間の人格に連続性はなく、「人の変わった状態」になっていて、自然に生じた変化とは考えられない。
こうしたことから「被告は大麻精神病だと考えるべきで、大麻が犯行に与えた影響を低く評価すべきではない」と説明しました。

1人の医師は“大学時代から徐々に反社会的な傾向が出始めた”と指摘し、1人の医師は“大麻の影響で事件の1年前から人が変わった”と指摘しました。

今回の裁判で唯一の争点となっている“責任能力”
その有無が、どのような刑を言い渡すかどうかに直結します。
耳慣れない難解な言葉も飛び交いましたが、その判断は市民から選ばれた裁判員も含めて裁判所が下すことになります。

“息子は幸せをつくっていました”

そして14回目の審理が行われた2月12日。
犠牲となった5人の遺族が心情を伝えました。
このうち法廷で「甲Sさん」と呼ばれる43歳の男性の母親は、思いを記した文書を代理人の弁護士に託しました。

弁護士が読み上げた母親の言葉です。
43歳男性「甲Sさん」の母親
「私の時間は、息子が亡くなってから止まったままです。
息子が亡くなってから、私は年賀状が書けません。
『明けましておめでとうございます』が書けないのです。
息子はお正月には毎年自宅に戻ってきていて、息子と一緒に笑いながら過ごす時間はとても幸せでした。
私は被告に息子を奪われ同時に幸せも奪われたのです」
母親は、遮蔽された傍聴席からこの日までの13回の裁判でやり取りのすべてを聞いてきたといいます。
43歳男性「甲Sさん」の母親
「なんで息子がいらないと思われてしまったのか、この事件は分からないことばかりでした。
それを知りたいと毎回裁判所に足を運びました。
けれど分かったのは被告が、息子が誰なのか、どんな子なのかも分からないのに刺してしまったということだけでした」。
そして、こう続けました。
43歳男性「甲Sさん」の母親
「障害者だって1人の人間なのに、自分が理解できないと勝手に思い込んだだけで、命を取るなんてただただ悔しいです。
被告は『障害者は不幸をつくる』と言っていますが、不幸をつくったのは被告です。
息子はいつも幸せをつくっていました。
大変なときもありましたが、苦労と不幸は違うのです。
私は息子を返してほしい。
息子にもう1度会いたいです」
愛らしい瞳で周囲を癒やしていたという「甲Cさん」と呼ばれる26歳の女性。これまで母親は命日にあわせ毎年娘への思いを手記で寄せてくれました。
しかし初公判を控えた去年12月ごろになると「裁判のことを考えると具合が悪くなり、ことばが出なくなってしまう」とつらい心情を語っていました。
それだけにこの日、みずから法廷に立って「私はどうしても娘の思いを伝えたいのです」と語り始めたとき、胸を締めつけられる思いがしました。
母親は周囲から見えないように遮蔽された証言台の前で亡くなった娘に語りかけるように話しました。
26歳女性「甲Cさん」の母親
「私は娘をいとおしく大切に思っていました。
かわいくてかわいくて大好きでした。
プールや川が大好きで、気持ちよさそうにほほえんでいたわね。
ひなあられを私に食べさせてくれてうれしかった。
毎朝、笑っている娘の遺影を見つめると、ずっと話しかけていたいけどもう会えない思いに涙が込み上げてしまいます」
そして、こう続けました。
26歳女性「甲Cさん」の母親
「娘はいろんな表情で自分を表していました。
娘の笑顔はたくさんの人を幸せにしてくれました。
大事な心もありました。私の人生で欠かせない存在でした。
障害があっても大切な命です」
裁判でも、障害者は不幸をつくると言い続けた被告。
「息子は幸せをつくっていた」
「娘の笑顔はたくさんの人を幸せにした」
という母親たちの言葉をどう受け止めたのでしょうか。

『あなたのご両親に謝りたい。死刑を望むことを』

「甲Eさん」と呼ばれる60歳の女性の弟は、遮蔽を設けず被告に向かって深く頭を下げたあと、冒頭に「私は被告に死刑を求めます」と述べました。
そして、時折声を詰まらせながらはっきりした大きな声で伝えました。
60歳女性「甲Eさん」の弟
「人が亡くなり、刃物で重傷を負い、職員が、家族が、世の中の人が心に大きな忘れられない傷を背負って生きていくのです。
現実は残酷です。
そろそろ人のことはいいから、自分の人生、そして起こした事件に真剣に向き合うときです。
植松聖さん、あなたは若く、あまりにも幼い。
いずれ判決が下った時、受け入れるのか控訴するのか、人生は1度です。しっかり考え決めてください」
そしてこう語りかけました。
60歳女性「甲Eさん」の弟
「一つお願いがあります。
ご両親に私の連絡先を教えてください。
たぶん、私と同世代でしょう。
大事なひとり息子に私は死刑をお願いしました。
ひと言おわびを言いたいのです」
女性の弟はこう伝えた心情についてインタビューで次のように語っていました。
60歳女性「甲Eさん」の弟
「両親にしたら大事な一人息子であり、その人に死刑を求めるのでおわびはしたい。裁判で被告は現実の話をしておらず、何を語りかけてももうむだだと切なくなりました。何か一つでも正直に話してくれれば死刑を求める気持ちも変わったかもしれない」
死刑を求めずに済むならそうしたかったと無念そうに語っていた姿が強く心に残っています。

「心があるんだよ」と叫んで止めた職員も法廷に

その被告と同じ「津久井やまゆり園」で職員として働いた立場から法廷に立った人がいます。
「丙Bさん」と呼ばれる事件当日に夜勤をしていて被告に拘束されけがをした女性です。
この職員の女性は入所者を襲う被告を「心があるんだよ」と叫んで止めようとしていました。
遮蔽板に囲まれ姿は見えませんでしたが、時折声を震わせながら担当していたホームで犠牲となった人たちとの思い出を語りました。
事件で被害にあった職員の女性「丙Bさん」
「いつも明るく話しかけてくれた甲Gさん(46歳女性)。
寝付けない夜は、一緒に過ごしたこともあった甲Jさん(55歳女性)…。
被害にあった利用者の方々は、就寝中に突然刃物で刺されどれほど痛かったでしょうか。
どれほどの苦しみだったでしょうか。
ご遺族はどれだけつらく悲しいでしょうか。
その気持ちを一生抱えて生きていかれると思うと、私も苦しく悔しい気持ちがおさまりません」
「意思疎通ができない人は生きている価値がない」と主張を続ける被告を前に、施設で働く職員としての思いも語りました。
事件で被害にあった職員の女性「丙Bさん」
「言葉での意思疎通ができない方がいますが、表情やジェスチャーなど言葉ではない方法で伝えてくれることもあります。
バイタルチェック、食事、排せつの様子が何かのサインであることもあります。
私たち職員はそういったサインを見逃さないよう意識して支援をしていました」
なぜ事件が起きたのかを知りたいと、裁判で被告の発言を聞いてきたといいます。
事件で被害にあった職員の女性「丙Bさん」
「裁判ではいろいろな方から命の尊さや、利用者の方々の存在に喜びを感じていた遺族の思いについて問いかけがなされましたが、被告は一貫して『自分の考えは間違っていない』というばかりで、悲しく、切なくなりました。
せめて被告には、自分の命を失う最後の瞬間まで人の命の尊さ大切さと向き合ってほしいと思います」

遺族の、被害者のことばが届く日はー

この日、植松被告は黒いスーツ姿にマスクをつけ、遺族などから頭を下げられると同じように頭を下げましたが、表情を変えることはありませんでした。

私たちはここまでの14回の裁判をすべて傍聴してきましたが、被告は遺族や被害者、その家族のことばが法廷に響くとき、決まって表情を崩すまいとしているように見えました。

奪った命の重さを知ったとしても、自分の過ちを認めるわけにはいかない、そう思っているのではないかと感じました。

法廷ではどんな表情であったとしても、拘置所に戻り1人になったとき、それぞれのことばを思い出してほしい。
例え今すぐでなかったとしても、何度でも何度でも思い返してほしい、そう感じた1日でした。