呉製鉄所 全面閉鎖の衝撃~冬の時代に入った鉄鋼業界~

呉製鉄所 全面閉鎖の衝撃~冬の時代に入った鉄鋼業界~
東京ドーム30個分に及ぶ面積を持ち、協力会社を含めると3300人が働く呉製鉄所の全面閉鎖。日本の鉄鋼業界の歴史の中でも極めて異例の決断を、業界最大手の日本製鉄が下した。なぜいま業界のトップ企業が大規模な合理化に踏み出したのか。その背景に迫った。(経済部記者 白石明大)

日本最大の鉄鋼メーカー 日本製鉄

日本最大の鉄鋼メーカー、「日本製鉄」。全国に16の生産拠点を持ち、鉄鋼メーカーの規模を示す「粗鋼生産量」は、おととしの時点で世界3位だ。従業員はおよそ10万6000人で、過去には経団連の会長も輩出している日本の素材産業を代表するメーカーの1つだ。その日本製鉄が、近々大規模な合理化策を打ち出すかもしれない。関係者への取材の過程でそんな情報を得たのは、去年11月ごろの事だった。

“中途半端なものにはしない”

どこの製鉄所のどんな設備が合理化策の対象なのか。そしてその規模は。真相に迫るべく取材を重ねたが関係者の口は一様に重い。というのも、全国にある製鉄所がその地域で果たす影響力は大きいからだ。製鉄所で働く人は日本製鉄の社員だけではない。製鉄所の設備の維持管理や製品の輸送を担う会社など多くの協力会社の社員が関わっている。そればかりか、製鉄所の周囲の商店街の売り上げにも関わってくる。ひとたび合理化の対象ということになれば、こうした関係者すべてに影響が及ぶ。

取材を続ける中で、関係者からは“中途半端なものにはしない”ということばを耳にした。全体像は見えないものの、そのことばから、2月に発表される合理化策は、かなり踏み込んだ内容になると予想し取材を深めることにした。

合理化に踏み切る背景は

ではなぜ日本製鉄が大規模な合理化に踏み切る必要があるのか。鉄鋼業界を取り巻く経営環境がこれまでにない厳しい状況になっているからだ。要因の1つが、中国の鉄鋼メーカーによる過剰生産と、それに伴う市況の悪化だ。中国は、アメリカとの貿易摩擦の影響に対応するための景気刺激策としてインフラ投資を増やしており、粗鋼生産量の増加は4年連続で過去最高を更新。これに伴い鉄鋼製品の価格が低迷。その一方で鉄の原料である鉄鉱石と石炭の価格が高止まりしてコストが上昇し鉄鋼メーカーの利益を圧迫している。

また、アメリカと中国の貿易摩擦の影響で海外向けの鉄鋼製品の輸出が落ち込んでいる上、国内も今後、需要の伸びは見込めない。にもかかわらず、国内の鉄鋼メーカーの生産能力は過剰な状態にあり、日本製鉄にかぎらず、生産設備の削減に踏み切らないかぎり収益の改善は見込めない状況になっているのだ。

過去最大の赤字

こうした背景もあって、2月7日に発表された内容はかなり踏み込んだものとなった。まず、子会社の「日鉄日新製鋼」が持つ広島県呉市の「呉製鉄所」を2023年9月末をめどに閉鎖。さらに和歌山県の和歌山製鉄所にある2基の高炉のうち1基を2022年の9月までをめどに休止することなどが柱だ。

あわせて日本製鉄は、今回の一連の合理化と各製鉄所の資産価値の見直しなどを行い、およそ4900億円の損失を計上。ことし3月期の決算で、最終損益の見通しをこれまで400億円の黒字から一転して過去最大の4400億円の赤字に転落すると公表した。

呉製鉄所 閉鎖の衝撃

今回の発表に、閉鎖が打ち出された呉製鉄所の地元は大きな衝撃が走った。呉製鉄所は「戦艦大和」が建造されたことで知られる旧日本海軍の工場、「呉海軍工廠」の跡地に昭和26年に建設された。面積は東京ドーム30個分にあたるおよそ143万平方メートル。関係会社も含めるとおよそ3300人の従業員が働いている。周辺を歩くと、製鉄所で働く人がよく利用する飲食店やタクシー、ガソリンスタンドなどがあり、地域の経済を支える存在になっているのがよく分かる。

日本製鉄は、希望退職は募集せず雇用の場の確保に最大限の取り組みを行うとしているが、会社の長い歴史の中でも例のない“製鉄所の全面閉鎖”となれば、地域に与える影響は避けられない。今回の発表に、関係会社で働く20代の男性従業員は「まだ何も会社から説明を受けていない。どうなるか不安だ。簡単に転勤なんてできない」と不安そうに話した。
広島県は呉市などと緊急対策本部を設置し、10日、初会合を開いた。湯崎知事は、地域経済に与える影響は計り知れないとして、迅速な対策を講じていきたいという考えを示した。

始まりの始まり

鉄鋼業界の大規模な設備の削減は今後も続くのか。専門家は、今回の日本製鉄の発表は“始まりの始まりにすぎない”と指摘する。
(山口 シニアアナリスト)
「世界的に見ても鉄鋼業界を取り巻く環境は非常に厳しいものがある。日本国内の鉄鋼の需要と各社の生産体制の規模のギャップはまだ大きい。国内で呉製鉄所の閉鎖は始まりの始まりにすぎない。呉だけで打ち止めということはないのではないか」

日本の鉄鋼メーカーの行方は

鉄鋼業界に従事する人はいまでも全国でおよそ19万6000人に上り、地方の雇用の受け皿としても重要な役割を担ってきた。その役割が担えないほど鉄鋼業界はいま厳しい状況に置かれている。一連の取材の過程で、日本製鉄の関係者は次のように話した。「強い反発を受けるのは覚悟している。しかしこのタイミングで大規模な再編を行わないと日本の鉄鋼業は国際競争力がなくなり、日本から鉄鋼業そのものがなくなってしまう」。反発は覚悟の上で、今手を打たなければ日本から鉄鋼業が消えてしまうという強い危機感がにじむ。

日本製鉄の今回の決断は、ほかの鉄鋼メーカーにも波及すると見られる。別の鉄鋼メーカーの幹部は、「全面閉鎖は驚いたが、当然の流れだ。需要に見合った生産規模はわれわれも考えないといけない」として再編の可能性を示唆した。

冬の時代に入った日本の鉄鋼業界で始まった生産設備の削減の動き。今回の日本製鉄の発表は、ほんの序章にすぎない。
経済部記者
白石 明大
平成27年入局。松江局を経て現所属。
現在、鉄鋼など素材産業を中心に取材。