変えたっていい 学校のルール

変えたっていい 学校のルール
「黒タイツがダメなワケ」と題した、校則の見直しを求めた高校生の記事は大きな反響がありました。その後も学校のルールをめぐるさまざまな声がよせられ、議論が続いています。取材の中で私たちは「校則ってこういうことだよね」と思わせてくれる、あることばと出会いました。わずか126文字が問いかけるものとは?(ネットワーク報道部 記者 秋元宏美)

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そのことばは東京 小金井市の中央大学附属高校にあります。
早速、学校を訪ねてみることにしました。
目に飛び込んできたのは茶色やオレンジのカラフルな髪の色をした生徒たち。
制服姿もいれば、流行のファッションやラフなパーカーなど私服を自由に着こなしている生徒もいます。

実は、この学校には校則がありません。
メイクやネイル、ピアスだってOK。
スマートフォンも、一部の授業を除いて制限はありません。

126文字のことばについて聞く前に校則のことが気になったので、3年生のクラスで話を聞いてみました。

「見た目で判断されないよう気をつけてます」

記者
「校則が無いってどんな感じ?」
生徒
「私服で登校できるのはめっちゃうれしい」
「体育祭の時期は髪を染めたりするので、『えっ』ていう顔で見られちゃったりとか。それがあるので逆に見た目だけで判断されないようふだん以上に気をつけて行動しています」
見た目で判断されないように、とはずいぶん大人な生徒たちです。

学生時代に教師から言われたことを思い出し、こんな質問もしてみました。
記者
「校則はルールを守るために必要、という意見もあるよね?」
生徒
「校則がないとルールが守れないと言われるのもわかる。でも、社会に反せず自分の個性を出す自由をしてるだけだから人に迷惑をかける自由は許されてないし、しません」
「『校則がなくても自分でできるよね』って任せてくれる先生が多いので、それに応えられるように自分も頑張ろうって思います」

“126文字の理念” とは?

校則がないこの学校では、どうやってルール決めているのでしょうか。

答えは『生徒と教職員がとにかく話し合う』です。
服装や持ち物に限らず、自動販売機の飲み物の値段や校内を土足で歩けるエリアなんて細かなことまで、生徒会が全校生徒にアンケートしたり先生と話し合ったりして決めています。

古澤康久教頭に聞くと、生徒と教職員が一緒に決めることで、それぞれがルールを守る文化ができているんだとか。
そして、その考え方を示したのが「126文字の理念」でした。
「真の自由は、自己を律することによって得られる。集団の中にあっては、他者の自由と権利とを自己のそれと等しく認め互いにその義務を果すことによって個人の存立が保たれる。個人が集団の規範に従うことは、この意味において個人の自由と権利とを守ることに外ならない。」
これって、いったいどういう意味なんですか?

「生徒が自分の行為を判断できる学校に」

古澤教頭
「社会では箇条書きのルールから漏れることが出てきますよね。禁止されてるとか認められてるとかではなくて、公共性などを考えた時にこの抽象的な126文字から連想する。生徒が自分の行為は望ましいかどうかを状況によって判断できる学校を作っていきたいという思いです」
古澤教頭によると、110年以上の歴史があるこの学校でも、かつてはほかの学校と同じように校則がありました。
古澤教頭
「本校でも服装だったり生活態度であったりを “~してはならぬ、~すべし” という形で事細かに縛る、今でいうブラック校則ともいうべき厳しい校則がありました」

きっかけは昭和40年代のムーブメント

確かに、以前の校則には「社会有用の人材となるよう努める」とか「登下校の途次又は校外において教職員及び長上に出会った時は敬礼を行う」など、今の時代ではすぐに受け入れられそうにない記載があります。

しかし昭和40年代に校則を撤廃するきっかけとなったムーブメントがあったそうです。
その背景を整理するため、ちょっとだけ校則の歴史を振り返ります。
私たちの取材では、校則の歴史は少なくとも近代的な学校制度、『学制』がスタートした明治5年にさかのぼります。

学制の実施後、当時の文部省が学習態度や学校生活のあり方をまとめた「小学生徒心得」を作成し、全国に広がりました。
複数の専門家によると、これが校則のルーツとみられています。

その後、高度経済成長を遂げる中で進学率も上昇した1960年代から70年代には、学生運動が全国に波及して反体制の機運が高まり、学校のあり方に対しても反発が巻き起こりました。

校内暴力で校則が “復権”

中大附属高校でも生徒たちが校内のルールなどに反発を強めました。
学校と生徒 双方は討論会などで議論を重ね、校則にあたる「生徒心得」を撤廃します。

代わりに共同で作り上げたのが「126文字の理念」。
ただ全国的には、80年代になると、社会問題化した校内暴力を鎮圧するための “手段” として校則が大きな役割を担うようになります。
内容も管理的な側面がより強くなり、校則のあり方が問われました。

そして、個性や多様性が重視されるようになった今、若者たちが理不尽と感じる校則などをSNSで発信するようになり、各地で再び議論が起こっています。

令和の校則 そのあり方は

いじめの調査や研究を行うNPO法人の副代表で、校則の実態を調査している「ブラック校則をなくそう!プロジェクト」の発起人の1人、須永祐慈さんは、現代の校則では事細かなルールが明文化され、それを徹底させるための指導も細かく行われる傾向があると指摘します。

一方で、ネットの普及や世論の後押しもあって、理不尽と感じる校則に声を上げるムーブメントが少しずつ広がっていると分析しています。
須永祐慈さん
「文科省の校則に関するガイドラインでは、生徒・教員・保護者が内容について常に話し合うように、と記されています。いわゆる “ブラック校則” などは学校側が一方的に決めたものが多く、不満が出てきています。生徒と教員が議論して決めたものなら、子どもたちも納得するし、結果、ルールを守りやすい。両者が一緒にルールを模索する中大附属高校の取り組みは、これからの校則のあり方のヒントを与えてくれるのものだと思います」
今回の取材で感じたのは、校則はただ一方的に守る・守らせるものではなく、時代に合わせて変わってもいいんだということでした。

変だな、おかしいなと思った時に生徒が声を上げられることと、それに大人がきちんと向き合うことが、これからの校則を考える第一歩ではないでしょうか。