“無罪評決”経緯とこれから トランプ大統領 弾劾裁判

“無罪評決”経緯とこれから トランプ大統領 弾劾裁判
アメリカ史上3回目となった大統領の弾劾裁判。大統領選挙をにらんだ与野党の対立の中、政治的な幕引きの色合いが濃く、ウクライナ疑惑の真相が解明されたのか疑問を残す結果となりました。
野党・民主党は大統領と共和党による事実の隠蔽だと反発。
ウクライナ疑惑をめぐる攻防は区切りを迎えましたが、選挙戦を舞台としたトランプ大統領と民主党の対立は今後、ますます激しさを増すことになります。

“ウクライナ疑惑”

トランプ大統領弾劾の動きの発端となったのは、去年7月のトランプ大統領とウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談でした。
この場でトランプ大統領がウクライナへの軍事支援と引き換えに、野党・民主党のバイデン前副大統領に関わる調査を要求したとして、翌8月、政府機関の職員が内部告発したことを機に疑惑が明るみになりました。

これを受けてトランプ政権は電話会談の記録を公表し、問題はなかったと主張しましたが、民主党主導の議会下院は「不正行為の疑いが強まった」として、主導権を握る議会下院で弾劾に向けた調査に入りました。

議会下院が弾劾訴追の決議可決

この調査で、関係する政府高官らが相次いで疑惑を認める内容の証言をしたことなどから、議会下院はトランプ大統領が、みずからの政治的利益のためにウクライナに圧力をかけた「権力乱用」と、疑惑をめぐる議会の調査を妨害した「議会妨害」が認められるとして弾劾訴追の決議案をまとめ、去年12月、下院の過半数を握る民主党の賛成多数で可決しました。

1:『権力乱用』

議会下院で可決された弾劾訴追決議によりますと、このうち「権力乱用」では「トランプ大統領がウクライナ政府に対し、政敵であるバイデン前副大統領に関する捜査の公表を不当に要求した」と認定しています。

また2016年のアメリカ大統領選挙にロシアが介入したとされる疑惑を巡り、ロシア側が「介入したのはウクライナだ」と主張していることに関しても、調査するよう求めたとしています。

さらにトランプ大統領はこれらの調査を公表することが
▽アメリカによる3億9100万ドル分の軍事支援と
▽ホワイトハウスでのゼレンスキー大統領との首脳会談の条件だと、
ウクライナ政府に伝えたと指摘しています。

またトランプ大統領はこれらの行為が明らかになったあと、最終的にウクライナへの軍事支援をしたものの、ウクライナには調査を実行するよう公然と要求し続けたともしています。

こうしたことからトランプ大統領はこれらのすべてにおいて、大統領の権限を悪用し「国家安全保障をはじめ重要な国益を損ね、政治的利益を不当に得た。そして、民主的な選挙に外国勢力の介入を許し、国家を裏切った」として、「権力乱用」にあたるとしていました。

2:『議会妨害』

また「議会妨害」については「トランプ大統領は唯一、議会下院に与えられている弾劾の調査権限による召喚を、いまだかつてない形で完全に無視するよう指示した」と認定しています。

具体的には、ホワイトハウスの職員に対し、法的強制力のある議会の召喚状を無視するよう指示し、議会の委員会が要求した文書の作成を拒んだとしています。

また政府機関に対しても、召喚状を無視するよう指示した結果、国務省、行政管理予算局、エネルギー省、国防総省が文書の提出を一切拒否したと指摘しています。

さらに行政機関の職員や元職員に議会の調査に協力しないよう指示した結果、9人の政権幹部が証言を求める議会の召喚状を無視したとして、「アメリカ史上、大統領の弾劾に向けた議会下院の調査権限をこれほどまでに妨害した大統領はいない」として、『議会妨害』にあたると認定していました。

“大統領職解任 いかなる公的な地位からも追放”

こうしたことから弾劾訴追決議では、
「トランプ大統領はアメリカ大統領や行政の信頼、それに法と正義の理念を損ねる行動を取り、アメリカ国民を傷つけた」としたうえで、
「トランプ大統領が在任し続けた場合、憲法に対する脅威であり続けることが明らかになった」と厳しく非難しています。

そして「トランプ大統領は弾劾裁判を経て大統領職から解任され、いかなる公的な地位からも追放されなければならない」として、大統領の罷免を求めていました。

弾劾裁判の流れ

弾劾裁判は、先月16日に議会下院から議会上院に弾劾訴追決議が送られたことを受けて始まり、5日後の21日から実質的な審理に入りました。

弾劾裁判の構成

弾劾裁判では、
▽議会上院が、裁判所の役割を果たし、
▽ロバーツ連邦最高裁判所長官が、弾劾裁判の裁判長役、
▽100人の上院議員全員が、陪審員役を務めました。
▽トランプ大統領を追及する検察官の役割は、今回の弾劾訴追に向けた調査を主導した議会下院のシフ情報委員長など民主党の7人の下院議員、
▽大統領の弁護は、ホワイトハウスのシポローネ法律顧問らが率いる弁護団が担い、この弁護団にはクリントン元大統領の弾劾訴追の際に疑惑の捜査を指揮したスター元独立検察官ら著名な弁護士も加わりました。
検察側、弁護側双方は翌22日からそれぞれ3日間、「冒頭陳述」を行い、その後、2日間をかけて陪審員役の上院議員による質疑が行われました。

裁判では、疑惑の核心を知る立場にあったボルトン前大統領補佐官などを証人として呼ぶかどうかが大きな焦点となりました。
ボルトン氏は近く出版する予定の本で、トランプ大統領が政治的な利益のためウクライナ政府への軍事支援を凍結したという趣旨の内容を記していると報じられ、自身も証言の用意があることを明らかにしていました。

検察側は証言を強く求めて新たな証人の召喚を求める動議を提出し、採決では53人の共和党議員のうち穏健派のロムニー議員とコリンズ議員の2人が造反して賛成に回りましたが、この2人以外の共和党議員51人は反対票を投じ、動議は賛成49、反対51で否決されました。

これを受けて今月3日には検察側、弁護側がそれぞれ最終弁論を行い、実質11日間にわたった審理を締めくくりました。

有罪か無罪か

弾劾裁判では、検察側の野党・民主党が有罪を主張したのに対し、弁護側の与党・共和党は無罪を主張して、真っ向から対立しました。

『権力乱用』について それぞれの主張は

「権力乱用」に関しての主張です。
検察官役を務めた民主党のシフ下院議員は「みずからの再選のために外国からの支援を得ようと数億ドルの軍事支援を凍結した」として、トランプ大統領がウクライナへの軍事支援を取り引き材料に、大統領選挙に向けた民主党の有力候補のバイデン前副大統領に不利な情報を得るために権力を乱用したと主張しました。
そして「私たちの選挙をおとしめ、個人的な利益のためにアメリカの安全保障を危険にさらす権利はトランプ大統領には絶対にない」と厳しく非難しました。
これに対しトランプ大統領の弁護団は、弾劾訴追決議の「権力乱用」の条項には、トランプ大統領の行為が具体的にどの法律に違反するかが示されておらず、弾劾の対象となる「反逆罪や収賄罪、その他の重大な罪または軽罪」にもあたらないと主張しました。
さらに弁護団のセクロウ弁護士は「大統領はいかなる時にも憲法や法律に基づき、アメリカの国家としての利益に従って行動してきた」と述べ、ウクライナの軍事支援の凍結は、あくまでも外交・安全保障政策上の駆け引きの一環だとして、無罪を主張しました。

『議会妨害』について それぞれの主張は

「議会妨害」に関しての主張です。
検察官役を務めた民主党のシフ下院議員は「トランプ大統領は前例のないやり方でアメリカのすべての政府機関に対して議会下院の弾劾調査を断固として拒否し、完全に妨害するよう命じた」と指摘しました。
そのうえで「これらの行為が弾劾に値しないのであれば、弾劾できるものなど何もない。トランプ大統領を罷免しなければ、今後も大統領が自分は法と議会の監視を超えた存在のようにふるまうことを許し、権力のバランスを永久に変えてしまう」と述べ、大統領を罷免しなければ民主主義の根幹が失われると訴えました。

一方、弁護側と共和党は「大統領には意思決定の機密性を守る特権を主張する権利がある」として、あくまで機密を守る必要があるためだとして「議会妨害」にはあたらないと主張しました。
そのうえで弁護団を率いるホワイトハウスのシポローネ法律顧問が「民主党はアメリカの歴史で最大の選挙妨害をやらかそうとしているが、われわれはそれを許すことはできない」と述べて、民主党が弾劾手続きを政治的に利用していると訴えました。
そして「われわれの憲法や歴史を侵害し、次世代への責任を放棄することになる。真実を聞けば、大統領は悪いことは何もしていないと分かるはずだ」と述べて、無罪を主張しました。

ボルトン氏の証人尋問は実現せず

弾劾裁判では、先月31日、疑惑の核心を知るとされるボルトン前大統領補佐官を召喚するかどうかが議論されました。

この日、新たな証人の召喚を求める動議が採決されましたが、共和党のほとんどの議員が反対し、賛成49、反対51で否決されました。
ボルトン氏の召喚をめぐっては共和党の穏健派議員らが理解を示していましたが、ホワイトハウスや党指導部らが説得を重ねたとみられ、採決で造反した議員は2人だけ。証人尋問が実現しないまま審理は終了しました。

最終弁論 それぞれの主張は…

3日、検察側・弁護側双方の最終弁論が行われ、まず、検察官役を務める民主党のシフ下院議員は「トランプ大統領の有罪を示す圧倒的な証拠があり、大統領職にとどまれば、次の選挙でも外国の干渉を求め続けることを踏まえ、評決では有罪を支持し、罷免するよう陪審員役の皆さんに強く求める」などと述べ、トランプ大統領を罷免すべきだと主張しました。
これに対しトランプ大統領の弁護団を率いるホワイトハウスのシポローネ法律顧問は、証拠に基づいて判断すれば大統領の無罪は明らかだと主張したうえで「結局、この弾劾手続きは前回の大統領選挙の結果を覆し、きょうアイオワで始まる次の選挙に干渉しようとする試みだ」と述べ、民主党を批判しました。

評決の結果は…

5日、陪審員役の上院議員が「権力乱用」と「議会妨害」のそれぞれについて有罪か無罪かの判断を表明する手続きを行いました。

その結果、「権力乱用」については、有罪が48、無罪が52。
「議会妨害」については、有罪が47、無罪が53となり、いずれも大統領を
有罪とするのに必要な出席議員の3分の2以上に達せず、裁判長役を務めるロバーツ連邦最高裁判所長官はトランプ大統領に無罪評決を下しました。

これにより裁判は終結。トランプ大統領は罷免されず、大統領職にとどまることになりました。

“無罪評決”受け止めは?

無罪評決はどう受け止められているのか。
評価は真っ二つに分かれています。

トランプ大統領の支持者の多くは、「疑惑は政治的に作り出されたものでうそだ」という大統領の主張を受け入れているとみられます。
一方で評決は「政治的な幕引きにすぎない」という声も少なくありません。

弾劾裁判は終始、トランプ大統領と密接な関係にある共和党指導部の主導で進められ、疑惑の核心を握るとされるボルトン前大統領補佐官らの証人尋問も退けられました。
大統領選挙をにらんだ政治的な思惑のなか、大統領の権限を監視するという議会の役割が機能し、真相が解明されたかというと、疑問が残る結果となりました。
一方、民主党は大統領と共和党による事実の隠蔽だと反発していて、今後も追及を続ける方針を示しています。
民主党全国委員会のペレス委員長は声明で「証人も呼ばず公正な裁判ではなかったが、トランプ大統領が有罪だという事実は明白だ」と述べ、無罪評決は政治的に下された結論で、トランプ大統領の不正は明らかだと主張しました。

トランプ大統領は最大の懸案だった弾劾裁判を乗り切り、再選に向けた運動を加速させるとみられます。

無罪評決でウクライナ疑惑をめぐる攻防は区切りを迎えましたが、選挙戦を舞台としたトランプ大統領と民主党の対立は今後、ますます激しさを増すことになります。

専門家「非協力の勝利」

トランプ大統領に無罪の評決が下されたことについてアメリカの司法制度に詳しい駿河台大学の島伸一名誉教授は「無罪を支持する与党が議会で過半数を占めるため、当初から無罪評決は予想されていたが、権力乱用そのものは犯罪に当たらないことや、疑惑を裏付ける音声テープなどの直接的な証拠もなかったことも無罪の大きな原因になった」と分析しています。

また裁判が疑惑の核心を知るとされるボルトン前大統領補佐官らの証言が実現しないまま終わったことに言及し、「ボルトン氏が証言したところで有罪へのハードルは高かった」としたうえで、「裁判は証拠がないと審理ができず、重要な証人は議会に呼んで、真実を明らかにするべきだった。トランプ大統領やホワイトハウスが徹底して調査に非協力的な態度を取っていたことで結果的には勝利を収めた」と指摘しました。

そして「十分な証言も行われないまま、大統領が協力しなければ無罪になるというのでは、弾劾裁判自体が骨抜きになってしまう危険性がある。ただ今回の結果が、最終的に正しいかどうかを判断するのはアメリカ国民であり、11月の大統領選挙が注目される」と話しています。

世論も真っ二つに

今回の弾劾裁判はトランプ大統領への賛否を巡って、大きく割れるアメリカの世論を改めて浮き彫りにしました。

アメリカの政治情報サイト「リアル・クリア・ポリティクス」がまとめた今月5日時点の各種世論調査の平均値では、トランプ大統領の弾劾や罷免に「賛成」が47.8%、「反対」が48.1%と、世論が真っ二つに割れていました。

これを支持政党別に見てみますと、
▽共和党支持者では「賛成」が9.2%、「反対」が88.7%
▽民主党支持者では「賛成」が85.3%、「反対」が10.9%となり、
政党の見解に大きく左右されていることがわかります。
さらに無党派層では、「賛成」が45.3%、「反対」が46.8%となっていて、特定の政党を支持していない人たちの間でも弾劾や罷免をめぐる意見は分かれていたとみられています。

一方、トランプ大統領の支持率は「支持する」が45.0%、「支持しない」が51.9%となっています。

弾劾への賛否やトランプ大統領の支持率の傾向は、弾劾裁判を通した議論にかかわらず、大きく変わることはなく、アメリカ社会の分断が固定化している現状がうかがえます。

過去の弾劾裁判

アメリカの大統領が弾劾裁判にかけらたのは、1868年のアンドリュー・ジョンソン第17代大統領と1999年のビル・クリントン第42代大統領1868年のジョンソン大統領、1999年のクリントン大統領に続いて、トランプ大統領が史上3人目です。

弾劾は、大統領を裁く手段としてアメリカの憲法で規定された制度です。
連邦議会下院の調査で、大統領の行為が弾劾の対象となる罪に当たると判断された場合は本会議で採決が行われ、過半数の議員が同意すれば大統領は弾劾訴追されます。

そして議会上院で開かれる弾劾裁判の評決で出席議員の3分の2以上が有罪の判断を下せば、大統領は罷免されます。

弾劾裁判にかけられたジョンソン大統領は1868年、南北戦争後の南部の再建をめぐり、対立していた当時の陸軍長官を解任したことが法律違反に当たるとされました。

またクリントン大統領は1998年、ホワイトハウスの元研修生との不倫疑惑でうその証言をした偽証の罪に問われました。

しかし、ともに上院での評決の結果、弾劾に必要な出席議員の3分の2以上の同意には至らず、罷免は免れて大統領職にとどまりました。

一方、リチャード・ニクソン第37代大統領は、民主党本部の盗聴未遂などへの関与が取り沙汰された「ウォーターゲート事件」で、弾劾裁判にはかけられなかったものの、議会で弾劾の流れが強まったため、訴追される前に辞任に追い込まれました。

トランプ大統領とクリントン大統領 裁判の違い

アメリカの大統領の弾劾裁判が開かれるのは、1999年の当時のクリントン大統領以来、21年ぶり、3回目となります。
トランプ大統領とクリントン大統領の弾劾裁判では、訴追内容の性質や証拠、裁判の進め方で違いが指摘されています。
(訴追内容)
クリントン大統領は、ホワイトハウスの研修生との不倫問題を巡り、大陪審での証言でウソをついた「偽証」で訴追されました。「偽証」はアメリカの連邦法で重い罪に規定されています。
これに対し、トランプ大統領の訴追内容の「権力乱用」は弾劾制度を定めた条文には明記されておらず、連邦法でも犯罪の条項はありません。このため共和党側は「犯罪でも法律違反でもなく、憲法が定める弾劾の要件にあたらない」と主張しています。
議会による調査を妨害したとする「議会妨害」に関しては、クリントン大統領も同様の内容で訴追されていますが、無罪の評決が示されています。
今回、共和党側は「大統領には意思決定の機密性を保持する権限がある」と主張しています。
(証人)
証人の証言に関しては、クリントン大統領の弾劾裁判では重要な証人3人の証言をビデオで撮影し、裁判で上映する方法で行われました。この時は与野党ともに証人の証言に関しては大きな争点にはならず、裁判の進め方も全会一致で決められていました。

(証拠)
一方、今回の弾劾裁判では、クリントン大統領の時に比べ直接の証拠が少ないという指摘があります。
クリントン大統領の裁判では、元研修生との不倫が物証で裏付けられ、大統領自身も大陪審の聴取に応じるなど捜査に協力していました。
また議会下院の司法委員会で訴追のために取り調べられた証拠も認められました。
これに対して今回はトランプ大統領の聴取などは実現しなかった上、疑惑の直接的な証拠となる音声テープなどは明らかになっていません。

(期間)
クリントン大統領の弾劾裁判では、1999年1月7日に始まり、1か月余りあとの2月12日に無罪評決が出されていました。