フジコ・ヘミングに救われたのり漁師

フジコ・ヘミングに救われたのり漁師
全国一の養殖のりの産地、佐賀県。ここに地元ではちょっと知られた異色ののり漁師がいます。プロのピアニストでも演奏するのが難しいとされる“超難曲”を華麗にひきこなすんです。練習を始めたのは50歳をすぎてから。“奇跡のピアニスト”と呼ばれるまでになった足跡をたどります。(佐賀放送局記者 本田光)

“異色”のピアニスト

まずはこちらの動画をご覧ください。
鍵盤の上を高速で飛び跳ねる太い指。佐賀市の徳永義昭さん(59)。何から何まで異色の“ピアニスト”です。
徳永さんの本業はのり漁師。生産枚数、生産額ともに16年連続で日本一を誇るのりの産地、佐賀で、高校卒業後、家業ののり養殖を継ぎました。
のりの収穫は、水温が低い今の時期が最盛期です。取材に向かった1月中旬も徳永さんは、小舟で沖合に出て、夜遅くまでのりを摘み取る作業に追われていました。

しかし、この日も帰ってからピアノに向かうというのです。手がかじかんで動かないのではないかと尋ねると…
徳永義昭さん
「冷たいです。帰ってからお湯に30分ぐらいつけて、それから練習しないと(手が)動かないんですよ」
ピアノに向かう気力は全く衰えていませんでした。

ギャンブルに明け暮れた日々

実は徳永さんがピアノを始めたのは、50歳をすぎてからです。
それまでは、これといった趣味もなく仕事が終わるとパチンコ店に向かうのが日課でした。30年以上、のり養殖で稼いだお金を湯水のようにつぎ込み、2か月で70万円失ったこともありました。ついには、妻が管理していた生活費にまで手をつけるようになります。

そんなある日、大きな転機が訪れます。いつものように、妻の財布からお金をとろうとした時、中に一枚のメモが入っていたのです。

書いてあったのは「とるな」のひと言。徳永さんのギャンブル好きに愛想を尽かした妻、千恵子さんが入れたものでした。
徳永さん
「ショックでしたね。そこまで自分も落ちてしまったかと自分自身がっかりしました。それからはパチンコをやめました」

きっかけは世界的ピアニスト

時間を持て余すようになったある日、何気なく見ていたテレビ番組が、大きなきっかけとなりました。
映っていたのは、世界的ピアニスト フジコ・ヘミングさん。演奏する姿に強い感銘を受け、生まれてはじめてピアノ演奏に対する強い欲求が湧いたといいます。
徳永さん
「演奏を聴いて、いい曲だなと思って、これを飲み屋のおねえちゃんたちの前で弾いたらモテるだろうなって(笑)。それに子どもたちに聞かせたら、あのおじさんすごいって言われるだろうなって」
フジコ・ヘミングさんが演奏していたのは、リストの「ラ・カンパネラ」。プロのピアニストでも難しいとされている“超難曲”です。

ピアノ講師でもある妻の千恵子さんは、当時をこう振り返ります。
妻 千恵子さん
「何言ってんのって感じで。本気とは思えない、絶対無理って思いました。自分でさえ弾けないのに全くの素人の夫に弾けるわけがない」
意地になった徳永さんは、独学で練習を始めます。このとき52歳でした。

先生は動画投稿サイト!?

楽譜が読めない徳永さんの練習方法は独特です。動画投稿サイトの練習動画を見ながら、4~5秒でワンフレーズに区切り、右手で2時間、左手で2時間、両手で4時間。合計で1日8時間をかけて、繰り返しピアノを弾き続け、指に覚えさせていきました。
徳永さん
「最初は指が黒鍵と黒鍵の間に挟まってしまって、自分流の押さえ方でやってました。途中、けんしょう炎になって、もう痛くてたまらなくて、毎晩湿布をしていました」
気の遠くなるような練習方法ですが、徳永さんにとって、毎日、少しずつでも前に進んでいることが楽しみになっていきました。

練習を始めて1年たったころ、徳永さんはゆっくりで、たどたどしくはありますが、「ラ・カンパネラ」を最初から最後まで弾ききることができました。“奇跡のピアニスト”誕生の瞬間でした。
徳永さん
「最後まで覚えて、弾ききったときにはうれしかったです。本当にうれしかった」

信じられない出来事が

徳永さんのうわさは各地に広がり、今では、全国から依頼を受けて、イベントなどで演奏を披露しています。

そんな徳永さんにとって、信じられない出来事が。
去年、フジコさんの前で「ラ・カンパネラ」を演奏する機会が与えられたのです。
徳永さん
「感激ですね、夢のような感じで。緊張マックスだったですよ。でもフジコさんが演奏後に『ブラボー』と言ってくれて、とてもうれしかった」

新たな挑戦に年齢は関係ない

徳永さんが弾ける曲は今のところ「ラ・カンパネラ」だけ。さらに活動の場を広げていこうと、現在、ショパンの「革命」なども練習しています。
徳永義昭さん
「チャレンジして、最後までできるようになって、それを聞いてもらって感動したって言われて、めちゃくちゃうれしい。同じ世代の人にはいっぱいチャレンジしてほしいですね。今が人生で1番輝いていますよ」
50歳をすぎてから新たな世界を見いだした、のり漁師のピアニスト。“奇跡”と呼ばれるその音色は、新たな挑戦に年齢は関係ないと教えてくれます。
佐賀放送局記者
本田光
平成25年入局
学生時代にバンド活動
今も休日にはギターを演奏する音楽好き