続 “もん絶”のボーイング 世界経済を揺るがす?

続 “もん絶”のボーイング 世界経済を揺るがす?
先日(1月中旬)、ニューヨーク株式市場の主要株価指数「ダウ平均株価」を構成する30の銘柄のうち、アップルの株価が終値でボーイングを上回り、構成銘柄のトップになった。ダウ平均株価は単純平均で算出されるため、アップルの寄与度が「最も大きく」なったことになる。象徴的とも言えるニュースだと業界では語られた。

多くの雇用を生み出す「製造業」は苦戦を強いられている。その代表格とも言える航空機大手のボーイングは、2度の墜落事故を起こし、主力の737MAXの生産停止に追い込まれた。結果、去年の業績は前年の最高益から急転直下し、22年ぶりの最終赤字。前回の赤字(1997年)は、あのライバル、マクドネル・ダグラス社の買収にともなうものと考えると、今回の赤字はひどいと言わざるをえない。

すそ野の広い航空機産業の影響は甚大とされ、ことしの第1四半期だけで、アメリカの経済成長率に「0.5%」の下押し圧力があるとの予測も出ている。IMF=国際通貨基金の最新の経済見通しでは、アメリカの成長率はことし2%。巨艦企業ボーイングのつまずきは、アメリカ経済のみならず、世界経済にまで打撃を与えかねない…。(アメリカ総局記者 野口修司)

「航空機産業の街」を訪ねた

アメリカ中西部カンザス州。ここに「ウィチタ」という街がある。グーグルマップででも確認してみてほしい。その場所は、北米大陸のほぼ真ん中。1月14日、「暖冬と言いながら氷点下」の街を訪ねた。
空港近くに『カンザス航空博物館』がある。ほぼ100年前から航空産業が根づき、セスナやビーチクラフト社が工場を構えたのが始まりとされている。あのB-29爆撃機の主力工場があったことでも知られ、軍事・商業両面でウィチタは“航空機産業の首都”だという。迎えてくれた館長のティム・ノートンさんも、誇らしく語ってくれた。

そこで見た異様な風景

この博物館は、第2次世界大戦ごろまで空港のターミナルビルだった。だから、管制塔が最上階にある。そこまで上って見えたのは、まるで墓標のように、いや干物にでもするかのように並ぶ、おびただしい数の「胴体」だった。そう、ボーイング737MAXの胴体だ。
ここに本拠を置くのが『スピリット・エアロシステムズ』。ボーイングの最大の取り引き企業の1つで、ホームページによると「737MAXの機体の70%」は、スピリット社が手がけている。年明け1月から生産停止になったことで、作られた胴体は行き場をなくしているようだ。製造は、一時見合わせ。スピリット社ではここで働く従業員の2割にあたる2800人の「一時解雇」を1月10日に発表した。

街を覆う“暗雲”

小さな工場(こうば)でも、技術があればボーイングとも取り引きできる…。そんな部品メーカーを訪ねた。「ミニ・マック」社。2代前の創業者が小柄だったことから、こんな社名になった、という。ここでは「スペーサー」と呼ばれる機体内の空間を維持するための部品を作っている。従業員は8人。ボーイングとの取り引きは19年前に正式に始まったという。「737MAXには、このスペーサーが5000個必要なんだ」と、アメリカ一の企業との取り引きを誇らしげに語る副社長のポールは、今回の生産停止について、こんな表現をした。
(ポール・エンバーソン副社長)
「間違いなく、影響はウィチタ全体に及ぶよ。『ボーイングが大変だ』といううわさだけで、街全体が重い雲に覆われたようさ」
部品が小さいということもあって、まだ予定どおり納品しているし、生産調整などの依頼もないという。ただ、「重い雲」という表現に込められているのは、これから大雨や雷雨になるのではという不安だ。街の雰囲気が暗くなれば、お金の回りも悪くなるだろう。地元自治体やカンザス州が支援に乗り出す方針だが、「晴れ間」はまだ見えない。

いつまで続く運航見あわせ

以前ここに書いた記事「ボーイング“もん絶”する巨大企業」(12月17日掲載)から事態は好転していない。
特に深刻なのが、737MAXの運航再開がいつになるかわからないこと、だ。安全規制当局のFAA(アメリカ連邦航空局)は、ボーイングを突き放している(ように見える)。比較的楽観的だったマレンバーグCEOは、去年末“電撃解任”され、新CEOのカルフーン氏の下、ボーイングは「ことし半ばには運航再開できるよう」見通しを示した。夏の繁忙期には間に合わない公算ではあるが、それでも「737MAXを捨てることはない」(カルフーンCEO)として、ソフトウェアの改修や操縦訓練を重ねている。

それでも737MAXに乗りたいか

自動車はディーラーで選べるが、旅客機はそう簡単には選べない。今回の出張、私はユナイテッド航空を使い、ボーイング本社のあるシカゴにも行ったのだが、ユナイテッドの機種は「エアバスA320」。(今回は特に)ホッとしながら乗った覚えがある。「完璧な改修」を施し、FAAが運航再開を認めたとしても、737MAXに乗りたいと思うだろうか。アメリカで再開されたとして、ヨーロッパやアジアの当局が、これにならって再開を認めるだろうか。(ボーイングには、『NMA(ニュー・ミッドサイズ・エアクラフト)計画』というのがあり、737MAXよりやや大きい新型旅客機の開発を数年前から始めている。先日、カルフーンCEOはこの計画の「微調整」に言及した。)

最初から掛け違っていたボタン

2度の墜落事故は、インドネシアとエチオピアで起きた。事故のあと、ウォール街のある金融マンがこんなことを言っていた。「途上国で起きた事故。パイロットの習熟不足という人もいて、ボーイングの経営を揺るがすようなことにはならないのでは…」。そうした認識が、当時の経営陣にもあったのではないだろうか。いまさらながら、こんなことを勘ぐってしまう。たしかに737MAXは、長い航空機技術の上にできた省エネ型の“最新鋭機”だし、そうした自負もあっただろう。でも、その自負がおごりにつながっていなかっただろうか。航空当局とのなぁなぁな関係ではなかったか。そうしたボタンの掛け違いをしたまま、2019年を過ごしてしまったように思えてならない。アメリカを代表する企業なのに、こんな感想を持ってしまう。

世界経済を揺るがす!?

日本企業も、ボーイングと取り引きがある。ボーイングが破綻するとは思わないが、レイオフ(一時解雇)が増え、ウィチタにたれこむ暗雲がアメリカ全土に広がれば、マインドが大切な消費にも影響があるだろう。取り引きがある日本企業が頑張っても、世界経済を支えるアメリカの景気が沈んでしまえば、影響は世界に及ぶ。今回の取材でインタビューした専門家は、こう話していた。
(マーク・ザンディ氏)
「もともとアメリカの製造業は疲弊していました。中国との貿易摩擦で、生産は減り、工場の閉鎖もあった。今回のボーイングの生産停止は、製造業の現場にさらに難題を投げかけるでしょう」
そういえば、去年、GM(ゼネラル=モーターズ)の「24時間スト×40日間打ち抜き」も取材したことを思い出す。製造業の“没落”は、世界的な潮流ではあるのだろうが、今回のボーイングがそうした流れを象徴するものにはなってほしくない、と感じたことも事実である。
アメリカ総局記者
野口 修司
平成4年入局
政治部、経済部、
ロンドン支局などをへて現職