手話通訳が足りない!

手話通訳が足りない!
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最近テレビやネットを見ていると、画面の片隅に身ぶり手ぶりをしている人の姿をよく見かけるようになりました。そう、この方たちの職業は「手話通訳」。聴覚障害者には欠かせない存在です。さらには各地で手話を広めようという動きもあり、手話通訳のニーズは高まる一方です。しかし取材を進めてみると通訳にとっては、いいことばかりでもないようで…。(ネットワーク報道部記者 郡義之)

大学では…

去年12月、東京 日野市にある首都大学東京の研究室。
10人ほどの学生が学ぶ中に、聴覚に障害のある男子学生の姿がありました。

傍らには手話通訳の女性。
教員やほかの学生たちの会話を、素早く身ぶり手ぶりで伝えていきます。
この大学では聴覚障害者が授業を受けやすい環境を整えようと、パソコンや筆記による文字情報の伝達も行っていますが、男子学生は「手話通訳は人の話し声とほぼ同時に情報を伝えてくれるので、グループディスカッションなどでとても助かっています」と話します。

実は聴覚障害者の大学などへの進学は、年々増加傾向にあります。

日本学生支援機構によると、おととし5月の時点で、大学などに進学した聴覚障害者は1900人余りと、10年前に比べて1.4倍に増えました。
それに伴い、手話通訳もどんどん必要になっていたのです。

こうした状況もあり、大学の中には手話通訳の確保に苦労するところもあるといいます。
首都大学東京ダイバーシティ推進室 横山正見さん
「急に手話通訳が必要になった時に対応が難しかったこともあり、手話通訳が足りていないと感じています」

手話通訳は “引く手あまた”

近年、手話の認知度は少しずつ高まっています。
手話を言語として広めようと、「手話言語条例」が各地で相次いで制定。

全日本ろうあ連盟によると、その数は今月23日現在、300の自治体に上っています。
さらに、各地の主要空港には手話で利用できる公衆電話が設けられているほか、去年からは気象庁の緊急会見に手話通訳がつくようになりました。

手話通訳は、今や “引く手あまた” の状態です。
私が取材するようになったのも、最近、地方議会で聴覚に障害のある議員が誕生し、手話通訳が議会の場でも頻繁に見られるようになったことがきっかけでした。

そして、こんな素朴な思いもありました。
「ニーズが高いのはいいことだけど、本当に足りているの?」

「手話通訳 足りないんです」

私は状況を知ろうと、東京 新宿にある手話通訳の派遣元を訪ねました。

この団体に寄せられる依頼は年間延べ3万人。
この3年間で5000人増えたそうです。
派遣されるのは、官庁や企業だけでなく学校や個人など多岐にわたります。

私が訪ねたこの日も事務所には依頼の電話がひっきりなしにかかってきていました。
「手話通訳が足りないんです」
開口一番、切り出したのは東京手話通訳等派遣センターの高岡正センター長です。

高岡さんによると、この団体に登録されている手話通訳は160人余り。
5年前と比べ、わずか30人ほどしか増えておらず、依頼に対応しきれていないというのです。
東京手話通訳等派遣センター 高岡正さん
「緊急の依頼については、本当に申し訳ないのですが受けられないのが現状。のどから手が出るほど、手話通訳がほしい」

結構ハードなんです

なぜ手話通訳が増えないのか徹底的に探りたい。
そう考え、手話通訳の仕事がどのようなものなのか密着させてもらうことにしました。
「おはようございまーす!」

待ち合わせ場所にさっそうと登場したのは手話通訳の萩埜友美さん(37)。
最近は政府の記者会見などでも活躍する通訳歴12年のベテランです。
この日訪れたのは、都内の大手旅行会社。
社内研修の一環として行われる講演会で手話通訳をします。

講師の話に合わせ、素早く身ぶり手ぶりで手話を繰り出す萩埜さん。
「手話は体全体で表現する言語」というだけあって、内容に応じて表情も豊かに出席者へ伝えます。
その様子に見入っていたのもつかの間、開始からわずか15分で萩埜さんは別の通訳と交代してしまいます。
待機場所へ戻る萩埜さん。
あらら、どうして?

実は手話通訳の仕事は体力勝負。
常に腕などを動かすため、長時間の通訳が難しいのです。

このため、萩埜さんの職場では必ず2人1組で15~20分ほど通訳すると交代がルールになっていて、これを繰り返しているのです。
手話通訳の中には手や首、肩の痛みなどを訴えるケースは毎年多くあり、「けい肩腕障害」として社会問題にもなっています。
中には重い症状を患い、精神的な病気になった人もいるといいます。

実際、待機中の萩埜さんも首や肩をさする場面が見られ、「脳の疲労がすごいので、仕事が終わったあとはもう何もしたくない時があります」と話します。

養成も楽じゃない

さらに、手話通訳の養成にも課題があります。

都道府県認定の手話通訳になるには、厚生労働省認可のカリキュラムにのっとって技術を身につけていく必要があります。
養成期間は各自治体によって異なりますが、講習会に3~6年ほど通って、「全国統一試験」と、自治体の「手話通訳者認定試験」を受けなければなりません。

時間がかかるだけでなく、国内の養成機関も限られ、プロの通訳が育ちにくい環境にあるのです。

“救世主” 登場!?

手話通訳の不足にどう対処するか。
その解決に一役買おうと登場したのが、AIを活用した手話通訳です。

北海道大学や民間企業などが連携して開発したこのシステム。
どのようなものか、訪ねてみました。
大学の研究室に置かれていたのはカメラが付いた2台のディスプレー。
薬局で薬を買い求めるシーンを想定し、店員役と聴覚に障害のある客役に分かれて、デモンストレーションをしてもらいました。

「きょうはどうしましたか?」
店員役の男性がそう話し出すと、AIが瞬時に手話に変換。
画面を通して伝えます。

続いて客役が症状を手話で伝えると、画面には文字が表示されます。
このシステム、AIが約1000パターンの手話を学んでいて、現在も学習は続いているということです。

実用化にはまだ課題がありますが、将来的にはスマートフォンで手軽に通訳できるシステムの開発を目指しています。

開発に携わっている北海道大学大学院の山本雅人教授が目指すのは、手話通訳者とAIの共生です。
北海道大学大学院 山本雅人教授
「AIが代替できるところは代替し、手話通訳の方を支援するシステムとして普及させていきたいです。そして将来は、手話通訳ができる方が増えるようになればいいと思っています」

もっと支える仕組みを

「手話は大事だ」
「手話をもっと広めよう」
「多様性のある社会を」
そんな思いが広がる世の中。

ただ、私が今回、厚生労働省や障害者団体などを取材したかぎりでは、全国に手話通訳のできる人がどれほどいるのか正確に把握しているところが無く、驚きました。

背景の1つには「手話通訳になりたい」と思っても、その道筋が全国一律ではなく、バラバラになっていることもあるのではないでしょうか。

人手は確かに足りていません。
でも、いったいどの程度必要なのか。

手話に対して広がる理解を大事にしながら、障害の有無に関係なく安心して過ごせる社会を目指し、一刻も早い全体像の把握と、さらなる支援の充実が必要だと感じました。