中村哲医師のお別れ会 5000人が参列 福岡

中村哲医師のお別れ会 5000人が参列 福岡
先月、アフガニスタンで銃撃され亡くなった医師の中村哲さんの「お別れ会」が出身地の福岡市で開かれ、およそ5000人が別れを惜しみました。
医師の中村哲さんは、福岡市のNGO「ペシャワール会」の現地代表として、アフガニスタンで長年、人道支援と復興に力を尽くしてきましたが、先月4日、東部ナンガルハル州ジャララバードを車で移動中に何者かに銃撃され亡くなりました。

25日は、「お別れ会」が福岡市早良区の西南学院大学のチャペルで開かれ、遺族や全国各地の支援者など合わせておよそ5000人が参列しました。

黙とうのあと、ペシャワール会の村上優会長があいさつし、「中村先生の精神・魂は今でも私たちの心の中に強く大きく存在しています。先生の意志を共有し、継続してご支援いただけるようお願いいたします」と時折、声を震わせながら呼びかけました。

また、中村さんの長男の健さんは「『口だけでなく行動で示せ』という父のことばを心に刻み、一歩一歩、前に進んでいきたい」と述べました。

このあと、献花が行われ、参列した人たちが中村さんや中村さんとともに亡くなった運転手などの遺影に静かに花を手向けていました。

10年余り前、中村さんと一緒に現地で働いたという滋賀県の70代の男性は「安らかにと、祈りました。ペシャワール会の活動は今後も変わらず支援していきたい」と話していました。

事件後の「ペシャワール会」の対応

中村さんが現地代表を務めた福岡市のNGO「ペシャワール会」では、事件で中断したかんがい事業の本格的な再開を目指して事務局の担当者がほぼ毎日、電話かメールで現地スタッフの責任者と連絡を取り合い、治安の状況などを確認しています。

情報収集とともに安全確保に向けた取り組みも進めていて、先月下旬、現地の州政府に対して用水路の建設現場などでの警備の強化を要請したほか、今月22日には治安当局から事務所の警備態勢について助言を受けたということです。

ただ、中村さんたちが活動してきた地域には反政府武装勢力などの影響力が強いところもあることなどから、ペシャワール会はしばらく様子を見たいとしていて、村上優会長は「州政府の協力があるから100%安全と言えるわけではないので、安全を確認しながら一歩一歩、前に進めていく」と話しています。

犯人の特定には至らず

銃撃事件の背景について、地元当局の複数の関係者は、中村さんが建設を進めていた農業用水路の水の利権をめぐるトラブルが関係したのではないかという見方や、武装グループが中村さんをアフガニスタン政府の協力者とみなして犯行に及んだのではないかという見方を示していますが、依然、不透明なままです。

ナンガルハル州の警察は、地元の男2人から事情を聴くとともに、自宅から押収した武器や弾薬などを分析して調べを進めています。だだ、男らはこれまでのところ、事件との関連について一切、話していないということです。

また、この2人とは別に、政府の情報機関「国家保安局」も複数の男から事情を聴いていますが、事件との関連については話しておらず、犯人の特定には至っていないということです。

アフガニスタン 治安の悪化に歯止めかからず

アフガニスタンでは2001年、同時多発テロ事件の首謀者、オサマ・ビンラディン容疑者をかくまっていたとして、アメリカが軍事作戦に踏み切り、当時のタリバン政権を崩壊させました。

その後、治安は一時、回復傾向にありましたが、2014年にアメリカ軍を中心とする国際部隊の大部分が撤退して以降、タリバンが反政府武装勢力として盛り返しているほか、過激派組織IS=イスラミックステートの地域組織も台頭しています。

タリバンやISが軍の施設や政府機関などをねらったテロや襲撃を繰り返す中、多くの民間人が犠牲となっていて、国連によりますと、おととし、テロや襲撃に巻き込まれて死亡した民間人は3800人余りに上り、調査を始めた2009年以降、最悪となっています。

また、死者とけが人をあわせた数は、5年連続で1万人を超えています。

このうち、中村さんが銃撃された東部ナンガルハル州は、伝統的にタリバンの影響力の強い地域の1つでしたが、ここ数年は、パキスタンとの国境の山岳地帯にISが拠点を設けています。

こうした中、ナンガルハル州では、外国人などの援助関係者が、武装グループから襲撃されたり、誘拐されたりするケースが後を絶ちません。

ジャララバードでは、おととし1月に国際的なNGO「セーブ・ザ・チルドレン」の事務所が襲撃され6人が死亡したほか、首都カブールでも去年11月にUNDP=国連開発計画の車両が襲撃され、援助関係者1人が死亡するなど、治安の悪化に歯止めがかからない状態が続いています。

生まれた子の名は“ナカムラ”

アフガニスタンでは、中村さんの功績を忘れてはならないとして、生まれた子どもに「ナカムラ」と名付けた人がいます。首都カブールに住むサミウラ・マランさん(39)です。

サミウラさんは、中村さんが農業用水路の建設などかんがい事業を手がけた東部クナール州の出身で、以前から中村さんたちの活動に感謝の気持ちを抱いていたということです。

中村さんの銃撃事件を知り、「国の復興に力を尽くした中村さんの功績を忘れてはならない」として、事件2日後の先月6日に生まれた男の子を「ナカムラ・ムスリムヤール」と名付けました。

4人きょうだいの三男として生まれたナカムラちゃんには、「中村さんのように、アフガニスタンのために一生懸命に働く人物になってほしい」と願いを込めたといいます。

医療や農業支援は再開 灌漑事業は中断

中村さんは、現地に診療所を設立し、地元の人たちに医療支援を行ってきました。

こうした医療支援は、事件を受けて中断していましたが、先月中旬から少しずつ再開しています。

東部ナンガルハル州のダラエヌールに設けられた診療所では、アフガニスタン人の医師と看護師などが、ほぼ毎日24時間態勢で診療を行っています。

冬場のこの時期には、かぜの症状を訴える子どもや女性が後を絶たないほか、出産のため診療所を訪れる女性も多いということです。子どもを連れて訪れた20代の女性は、「診療所が再開して本当にうれしいです。これまで薬がもらえず、苦労したので、大変、助かります」と話していました。

さらに、中村さんは、地元の人たちの収入を安定させようと、農業支援も行ってきました。

こうした中村さんの遺志を受け継いだ人がいます。アジマル・スタネクザイさん(40)です。

18年前、中村さんと出会ったのをきっかけに、ペシャワール会が支援する現地のNGOの中心メンバーとして、数々のプロジェクトに関わってきました。

「途絶えかけた活動を再び軌道に乗せたい」として、今月に入ってから農作物の手入れや植林の現場などでの指導を再開しました。

アジマルさんが今、力をいれているのが、オレンジなどかんきつ類の栽培です。

従来の小麦や野菜のほかに栽培する作物を増やせば、地元の人たちの収入の増加につながるとして、生前、中村さんが重視していたといいます。

アジマルさんは、「中村さんの夢は、乾いた大地に水を引き、雇用をつくり、貧困をなくすことでした。彼の遺志をついで支援を続けていきます」と固い決意を話していました。

ただ、中村さんが活動の最大の柱としていた農業用水路の建設など、かんがい事業の再開は本格化していません。

中村さんは、用水路によって水を安定的に供給し、農業の生産性を高めてもらおうという目標を掲げていました。

しかし、銃撃事件をきっかけに事業は中断。用水路の建設現場などには、大型機械やトラックが残されたままとなっています。

今月に入り、護岸工事など比較的小規模な工事は一部で再開されたものの、用水路の建設など大がかりな工事には着手できていません。

最大の懸案は現地の治安です。中村さんたちが活動してきた地域には、タリバンやISなどの影響力が強いところもあり、安全を見極めるのが難しいのです。

現場の近くに住む50代の男性は、「事業が中断してとても残念です。プロジェクトが再開されることを期待しています」と話していました。

また、アジマルさんは、「私たちの最大の心配は、治安状況です。ナンガルハル州では特に悪くなっています。状況を見ながら、慎重に事業を進めていきます」と話していました。